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77、 勇往邁進 (ゆうおうまいしん)


「ありがとうございました」


碁盤(ごばん)の前で頭を下げて挨拶を終えると、 じいちゃんが碁石(ごいし)を片付けながら、 満足げに頷いた。



「今日はなかなか粘ったな。 いい勝負だった。 試合の前に集中出来てるようだな」

「うん、 自分でもそう思った」


「このまま行くと、 コタローに負ける日が近いかもな」

「そうなるように頑張るけど、 俺が黒石(くろいし)で負けてるうちは、 まだまだだよ」



「いいや、 お隣の陽介くんよりは実力が上だな」

「そうなんだ、 じいちゃんも忙しいのに付き合ってくれてありがとう」



じいちゃんは最近ハナのお父さんの陽介さんに囲碁を教えていて、 週に2日は俺との勝負を休むようになっていた。


だけど、 全国大会に出発する前日の今日は、 いつものように囲碁に付き合ってもらったのだ。





「虎太朗、 教室に『(しょ)』を見に行くか」

「うん」


2人で碁盤(ごばん)を片付けて立ち上がると、 塾の1階に下りて、 玄関側の教室に入る。



1階に3つある教室のうち、 一番広いのが玄関に近い部屋で、 正面の黒板の上には、 じいちゃんが(すみ)で書いた(しょ)が、 額縁(がくぶち)に入れて飾られている。



勇往邁進(ゆうおうまいしん)


それは、『どんな困難にも負けず、自分の目的、目標に向かってひたすら前へ突き進む』という意味があって、 幼い頃からじいちゃんに繰り返し聞かされてきた言葉でもある。



中1で初めての剣道の試合で負けた時、 じいちゃんが俺をここに連れて来て、 こう言った。



虎太朗(こたろう)、 勝負をする時にはちゃんとした目標を持て。『勝ちたい』が目標になってるようじゃ、 勝負に負けるぞ。 『何のために勝ちたいのか』、 そのためには『どうしたら勝てるのか』を考えろ。 それで負けたら、 もう一度『どうしたら勝てるのか』を、 何度でも何度でも、 繰り返し考えるんだ」



「じいちゃん、 俺は誰にも負けないような強くてカッコいい男になりたいんだけど…… そんな曖昧(あいまい)な目標じゃダメかな? 」


「いや、『強くてカッコいい男』、 いいじゃないか。 虎太朗の考える『カッコいい男』とは何だ」


「『美味しん坊将軍』以上の男。 いざという時に颯爽(さっそう)と現れて、 大切な人を必ず守りきる強さ」



「そうか…… 『美味しん坊将軍』はなかなか手強(てごわ)いぞ。 将軍様は、 お千代(ちよ)ちゃんがピンチの時は必ず駆け付けて、 必ず悪人をやっつける」


「うん、 だから俺は、 どんなヤツが現れても負けないだけの強さを身につけたい」



「ならば、 どうしたら強くなれるのかをひたすら考えろ。 考えて実行して、 自分の身につくまで繰り返せ。 (つら)い時には守りたい人のことを思い浮かべるんだ」


「…… うん」



それ以来、 初心(しょしん)を忘れないためにも、 自分に気合いを入れるためにも、 剣道の試合の前には、 必ずここに来て書を(なが)めることにしている。




毛筆で書かれた四字熟語を見上げながら、 あの日の自分への誓いを思い出す。



ーー どんな事からもハナを守りきるだけの強さと、 どんなヤツが立ち向かって来ても追い払えるだけの力を身につける。


そして、 誰よりも自分が強い男だと思えた時には…… ハナを俺の彼女にする、 絶対に。





じいちゃんが、 書を見ながら穏やかな口調で言った。


「虎太朗、 じいちゃんはお前には、 自分の目標に向かって真っ直ぐ突き進んで欲しいと思っている」


「ああ、勇往邁進(ゆうおうまいしん)だね」

「うん、 その通りだ」



「虎太朗、 去年の試合で、 どうしてお前が負けたか分かるか? 」

「それは、 実力不足だったから」


「いや、 違うな」

「えっ? 」


じいちゃんは、 腰の後ろで手を組んだまま俺に向き直り、 今度は厳しい表情になった。



「虎太朗、 お前は自分に自信がつくまでハナちゃんを試合に呼ばないって言ってただろう? 」

「うん」


「そして去年の全国大会にもハナちゃんを呼ばなかった」

「まだ早いと思ったんだ。 あいつに初めて見てもらう試合では、 絶対に負けたくなかったから」



「だからお前は負けたんだ」

「えっ? 」



「あのレベルまで行くとな、 実力伯仲(じつりょくはくちゅう)で、 誰が勝ってもおかしくないんだ。 そういう場面になった時、 何で差がつくかというと、 それは運と精神力だ」

「運と精神力?! 」


「そうだ」


じいちゃんはウンと頷いて話を続ける。



「俺は絶対に勝つんだという強い気持ちが体を動かし、 運を呼び込む。 お前の気迫(きはく)で審判が思わず旗を上げてしまうくらいの勢いが無きゃいけないんだ」


「それじゃあ、 俺には気迫が足りなかったってこと? 」



「『試合に勝ちたい』という気持ちはあったんだろうな。 だがな、 お前は『自分が勝てる』とは思っていなかった。 自分で負けると思ってるようなヤツは試合に勝てない。 自分の実力を信じていないヤツは、 勝負に迷いが出るんだ。 その一瞬を突かれてお前は負けた」



じいちゃんの言ってることが(まと)()すぎていて、 何の反論も出来ない。


確かに俺は、『負けたらカッコ悪い』と思ってハナを呼ばなかった。 勝負する前から既に負けてたんだ……。



「いいか、 虎太朗、『無心(むしん)』だ。 あれこれ考えず、 目標のド真ん中目指して打ち込むんだ。 自分が打ち込まれる事を恐れずに、 (てき)の真ん前から打ち込んで行く『面』が基本で王道なんだ。


小手先(こてさき)でチマチマやってるのではなく、 真っ正面から無心(むしん)で打ち込んだ渾身(こんしん)の一撃がパシッとキマったら、 気分がいいもんだろう? 」



「そうだね…… じいちゃんの言う通りだ」



「だけどな、 虎太朗。 今年のお前は違うぞ。 今のお前には、 自信と風格が(みなぎ)っている」


「今の俺に? 」



「そうだ。 『俺は勝つんだ』と言う強い気迫が見える。 だからな、 虎太朗、 大丈夫だ。 お前は絶対に勝てる。 思い切って戦って来なさい」


「じいちゃん…… ありがとう」



じいちゃんの言葉が素直に胸に()み込んでくる。

それは俺の血となり肉となって全身に行き渡り、 大きな自信となっていく。




ーー そうだね、 じいちゃん。

恋にも剣道にも俺は勝ってみせるよ。


世界一の男になって、 必ず勝利を手に入れる!

ここまで読んでいただきありがとうございます。

いよいよ第1部クライマックスに突入して行きます。

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