75、 囲われた子リスの如く
コタローは小さなチョコレート1粒と共に、 毎日毎日、 好きという気持ちを届けてくれていた。
私はいつもコタローに守ってもらって、 コタローから沢山の気持ちを貰うばかりだった。
面倒くさがって怯えて逃げて、 自分のことしか考えていなかった私のことを、 コタローは待っていてくれると言った。
だからこれからは私も、 贈られるばかりじゃなくて、 自分から何かをしたいって思ったんだ。
だけど、 それを伝えるのは今じゃない……。
「…… ねえコタロー、 私たちの会話、 どこから聞いてた? 」
京ちゃんの質問に、 コタローはキョトンとした顔をする。
「えっ、 会話? ……『コタローがハナじゃなきゃ嫌だって言ってるんだもの!』って京ちゃんが語ってた辺り? 」
ーー ああ、 そこからなら大丈夫……
「…… って、 大丈夫じゃないじゃん! 」
最初から聞かれてたらいろいろバレて困るけど、 後半だけでも、 それはそれでかなり恥ずかしいじゃないか!
カーッと顔を火照らせた私を見て、 コタローが嬉しそうに覗き込んできた。
「うん、 ハナ。 俺はハナじゃなきゃ嫌だし、 ハナの魅力も十分わかってるんだけど…… なに? お前は自信がないの? なんなら俺が今ここでお前の魅力を存分に語ってやろうか? 」
「存分にって…… そんなに褒めるとこ無いって言うの! 」
「めちゃくちゃあるっちゅーの! 」
ほら来た!
ここのところ、 コタローは浮かれすぎだと思う。
そして、 人目も憚らず私に構い過ぎだと思う。
こんな風に、 好きだ好きだと、 瞳と言葉で甘々攻撃を仕掛けてくるから…… ハチミツみたいにベタベタなセリフを吐いてくるから…… 私もついつい乙女モードになってしまうんだ。
こんなの私らしくない。 恥ずかしい。 だからツンケンしてしまう。
「ばっ…… バッカじゃないの?! こんなとこで私に構ってないで、 早く自分の教室に戻りなよ! 」
「あ〜っ、 なんで俺はA組なんだよっ! 俺もD組に行きてぇ〜! 」
「教室の前までは一緒に行けばいいでしょ。 それに明日から夏休みなんだから、 いつでも好きな時に会えるじゃん」
途端にコタローがパアッと顔を明るくしてニヤニヤする。
「おっ、 ハナがデレた! 」
「うるさいっ! ほら、 早く行くよっ! 」
…… そして、 私のこんな部分も丸ごとコタローが受け止めてくれるから…… 私は安心して憎まれ口を叩いていられるんだ。
こうやって幼馴染と恋人のボーダーラインを行ったり来たりしながら、 でも確実に、 私たちはその向こう側へ進もうとしている…… のだと思う。
「ハナ、 今日家に帰ってから俺の部屋に来れる? 」
「行けるけど…… なんで? 」
「うん、 例の約束の確認」
「えっ? ああ、 試合の日の? 」
ーー 確認って…… 付き合うことと、 高校のことだよね?
「そう。 詳細を詰めとこうよ。 俺たちは言葉足らずで散々拗れてきたからな、 ここからは確実に囲い込むぜ」
「かっ…… 囲い?! 私は放牧された仔牛ですかっ?! 」
「いや、 仔牛って言うよりは可愛い子リスちゃんってとこだな。 そんじゃ今からHRが終わるまで、 しばしのお別れだな。 終わったら迎えに行くから教室で待ってろよ」
私のポニーテールを指先でピョンと揺らして、 コタローは軽い足取りでA組へと入って行った。
「コタローって両想いになってから、 かなり馬鹿になったよね」
私と一緒にコタローの背中を見送りながら、 京ちゃんがポツリと呟く。
「うん…… 私もそう思う」
そして、 それが嬉しいなんて思ってる私は、 既にコタローの言うところの子リスの如く、 すっかり囲われ捕らわれてしまっているんだろう。