73、 2人の準備期間
「あっ、 また離れた」
掲示板に張り出されたクラス分けを見て、 思わず声が出た。
「えっ、 マジかよ。 俺、 今朝起きた時にばあちゃんの仏壇にお願いしてきたのに」
「おばあちゃんが『浮かれてんじゃないよ』って言ってるんじゃないの? 」
「マジか、 ばあちゃん厳しいな」
武道場でコタローの朝練を済ませてから掲示板の前にやって来た私たちは、 今年こそ同じにという願いも虚しく、 またもや別々のクラスになってしまった。
これで中学3年間ずっと一緒になれなかったという事になる。
「ちぇっ、 俺さ、 アレやりたかったのにな」
「アレって? 」
「隣の席で、『教科書忘れたから見せて』って2人で机をくっつけるやつ」
「同じクラスになったって隣の席にならなきゃ出来ないじゃん。 そもそも教科書を忘れちゃダメじゃん」
「でも、 どうせお前、 一度は忘れるだろ? 」
「忘れるのってコタローじゃなくて私の方の設定?! そんなの嫌だよ、 カッコ悪い」
「え〜っ、 今まで散々忘れてきたくせに」
コタローは『ちぇっ』とか言いながらも、 私のポニーテールを指先でプラプラ揺らして楽しそうに笑っている。 私の髪は猫じゃらしかっ!
「しょうがない、 そんじゃ高校生活でリベンジだな。 高校に行ったらアレやろうぜ、 屋上で彼女の手作りのお弁当を食べるってやつ」
「え〜っ! 私が同じ高校に行く前提? しかもお弁当まで作らされてる! 」
「そんじゃ俺が作るよ。 お前って卵焼き、 甘い派だったよな。 俺の好みでダシ風味でもいい? タコさんウインナーもオマケにつけてやるよ。 ほら、 同じ高校に通ったら絶対に楽しいぜ」
「コタロー、 何気に同じ高校に行く流れに持ってってない? 」
「うん、 さりげなく誘導してみたけど、 どう? 滝高に行く気になった? 」
「『どう?』ってね〜! 」
「私はタコさんウインナーよりもカニさん派です」
背後で急に声がしてビクッとしたら、 京ちゃんがぴょこんと顔を覗き込んできた。
「あっ、 京ちゃん、おはよう! 今年は同じクラスになれたねっ! 」
2人で『やったね!』と手を合わせる。
「なんだよ〜、 ズルいな。 京ちゃんは1年生の時もハナと一緒だっただろ。 俺と代わってくれ」
「絶対に変わりません!……てか、 あなたたち、 さっきから見てたら朝から甘いなっ! 甘々だわっ! コレが『両想いの魔力』ってヤツか。 ビックリだわ! 」
京ちゃんの言葉で私は真っ赤になって俯いたけれど、 コタローは何故か勝ち誇ったようにフフンと胸を張っている。
「いいだろ〜、 両想い。 京ちゃんにはいろいろ心配をかけたよな。 ホント感謝しかない。 お陰様でハナがようやくデレの扉を開いたぜ」
ーー でっ、 デレの扉ってどこだよっ! 何色でどんな形なんだっ?!
アホなことを言っているコタローは放置して、 私は京ちゃんに向き直る。
「京ちゃんにはご心配をお掛けしました。 お陰様で仲直り出来ました」
「本当に2人にはジレジレさせられたよ。 でも、 ようやく2人がくっついて私も嬉しいよ。 コタローもさ、 クラスが違ってたっていいじゃん。 これからはカレカノなんだから堂々とイチャイチャしちゃいなよ! 」
京ちゃんがコタローの背中をバンッ! と叩くと、 コタローはキョトンとした顔で答える。
「いや、 京ちゃん、 まだ彼氏じゃないし、 付き合ってない」
「はぁ? 何言ってるの? ハナから聞いてるよ、 コタローが告ったんでしょ? 」
「告ったけど付き合ってないんだよ。 でも両想いなんで、 そこんとこヨロシク」
「はぁ?! 」
京ちゃんは、 言葉のあとに(怒)マークが付いていそうな感じの低い声音で『はぁ?!』と言って、 続いて私に『どうなってるの? 』という視線を向けてきた。
京ちゃんにはコタローが部屋から帰った直後にメールして、『私が告りそうになったらコタローに告られて、 両想いになった』と伝えてある。
我ながらバカっぽい文面だと思うけれど、 実際、 私とコタローに起こった出来事を簡潔にまとめると、 やっぱりこういう事で間違ってないはずだ。
ちなみに、 その文章に続いて送った、『一緒に滝高に行こうって言われた』という文の返事は、『それはかなりハードル高いね』だった。
私もそう思う。 切実に。
A組のコタローと分かれて京ちゃんと3-Dの教室に入ると、 京ちゃんは不満げにプウッと頬を膨らませて唇を尖らせた。
「ハナ、 私はビックリです」
「えっ? 」
「ハナからの報告とさっきのイチャつきっぷりから、 2人はカレカノになったものだと思ってたんだけど」
「…… ああ。 だけど、 コタローが待ってくれるって言ったから…… 」
「ああ、 もう! コタローは相変わらずハナに甘いなっ! 勢いで押しちゃえば良かったのに! 」
「ハハッ、 私も勢いで告る直前まで行ったけど、 コタローにストップをかけられたんだ」
「コタローが?! 」
京ちゃんは怪訝な顔をしてるけど、 私は今ではコタローの考えが何となく分る気がする。
私の気持ちが固まるまで待ってくれているというのもあるだろうけど、 コタロー自身のケジメみたいのもあるんじゃないかな…… と思うんだ。
前にコタローが言っていた。
コタローの中には理想の形っていうのがあって、 自分はまだまだそこまで到達してないんだって。 自分への誓いがあるんだって。
『その時になったら試合にも呼ぶから待っていろ』と告げたコタローが、 とうとう私を試合に呼んでくれた。
それはきっと、 コタローの中で理想の形が完成しつつあるっていうことなんだ。
コタローにとっては8月の全国大会がその時なんだ。
だったら私はそれまでに自分で出来る限りのことをして、 コタローの大切な日を、最高なものにしたいって思う。
だから……。
「京ちゃん、 お願いがあるんだけど…… 」
これはコタローにとっても私にとっても、必要な準備期間なんだ。
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嬉しい時は文章も浮かれ気味になるみたいで、後から読み返したらコタローが馬鹿っぽくなっていて反省しています。