67、 コタロー告られる (2)
「先輩、 すいません、 俺には好きな子がいます」
自分でも驚くくらい躊躇なく、 キッパリさっぱりとした返事が、 口をついて出てきた。
こんなに必死で真剣な告白を受けたんだ。
もう少しくらいは申し訳なさそうにとか、 余韻を持たせてとか考えた方がいいんだろうけど…… 何せ俺は恋愛初心者で、 誰に何を言われたって、 ハナ以外への返事なんて決まりきっていて……。
「…… だよねぇ〜 」
色葉先輩は顔を上げて肩をすくめると、 ペロッと舌を出した。
「100パー無理なのは分かってたの。 それでも卒業式の今日に伝えておきたかった。 ちゃんと言えて良かったわ」
「先輩…… お気持ちありがとうございました」
体の横で手を真っ直ぐ伸ばし、 剣道の礼のようなお辞儀をしてから顔を上げると、 そこにはクシャッと歪んだ色葉先輩の顔があった。
瞳のふちギリギリで、 涙の粒が揺れている。
「あっ…… 」
慌ててポケットから白いハンカチを取り出して差し出すと、
「ああ、 そういうトコロ! そういう真面目で礼儀正しくて優しいところが…… もうっ! 私はまだ泣いてないわよっ! …… だけど…… このハンカチは貰って行くから! 」
色葉先輩は、 俺の手からバッとハンカチを奪いとって、 目元をそっと拭った。
「…… ねえ、 虎太郎くん、 来年は私と同じ高校においでよ。 待ってるから。 また一緒に剣道しようよ」
ハンカチを目元に当てたまま、 色葉先輩がおもむろにそう切り出した。
「まだ完全には決めてないですけど…… 俺、 たぶん滝高に行きますよ。 ハナと一緒に」
「ふふっ、 凄いなぁ、 君は。 フッた相手の目の前で、 この期に及んでもハナちゃんって……」
「…… すいません」
先輩は後ろで手を組みながら、 目の前の小石をポンッと蹴り飛ばす。
「でもね、 虎太郎くん、 正直に言わせてもらうと、 あの子じゃあなたのレベルに付いて来れないわよ。 学年トップ10にも入れないのに滝高なんて絶対に無理。 もっとハッキリ言わせて貰えば、 彼女はあなたの足手まといになるだけで、 一緒にいても何のメリットも無いと思う。 一緒に高め合える存在の方が君には相応しいんじゃないかしら? 」
ーー 俺のレベル…… 足手まとい…… 相応しい……。
「先輩…… もしも先輩が俺のレベルを高く評価して下さっているのなら…… それはハナのお陰です。 俺、 アイツのヒーローになりたくて必死でやって来たんですよ。 今でも、 アイツに相応しい男になりたくて頑張ってる最中で…… だから、 もしも俺を認めて下さっているのなら、 それは俺がハナから貰ったもんです。 今の俺はハナに作ってもらったようなもんなんです」
俺が一気に語ると、 色葉先輩は口をポカンと開けて、 呆れたような顔をした。
「なんだか…… 凄いわね。 あの子の何処にそこまでの魅力があるのか全ったく分からないけれど…… 」
「いいんですよ、 俺が分かってるんで」
先輩がはぁ〜っと溜息をつく。
「あの子はただの幼馴染なんでしょ? あの子は天野くんのことを姉弟みたいにしか思ってないよ。
ずっとそう思って来た相手を、 今更恋愛対象になんて見てくれないよ! 」
「いや、 たぶん…… 俺たちは変わってきてるし…… これから変えていきたいと思ってます。 いや、 変えます、 俺が」
「変える? 虎太郎くんが? 」
「はい。 もう腹を括ったんで」
「…… そうか」
色葉先輩が寂しそうに目を伏せる。
「もうそこまで行っちゃったら…… しょうがないよね。 そっか…… とうとう腹を括っちゃったのか」
「…… はい」
色葉先輩が一歩前に出て右手を差し出してきた。
俺もその手を握り返して、 ペコリと頭を下げた。
「もうしばらくは曖昧な幼馴染のままでグズグズやってて欲しかったけど…… まあ、 仕方ないわね。 さっきも宣言した通り、 私は諦める気は無いから…… 」
「えっ! 諦め?…… 」
「滝高で待ってるわ! じゃあね」
パッと手を離すと踵を返し、 颯爽と去っていった。
背筋の伸びた背中はどこまでも凛々しく美しく、 それは俺が入部当初から憧れていた、 強い女性剣士の姿そのままだった。