61、 決戦の金曜日 (2)
顔を上げた途端、 いきなりコタローと目が合って、 慌てて視線を手元に戻した。
ーー うわっ、 目が合った! さっきから微妙に視線を逸らしてたのに、 思いっきり目が合った!
俯いていても、 前方からじっと注がれている視線をひしひしと感じて、 額の辺りが熱くなる。
「ハナはもういろいろ聞いてるんだろ? でも、 アレは全部、 嘘だから」
「ふっ…… ふ〜ん、 そう…… 」
「…… 信じてる? 」
「えっ? 」
「俺が言ったこと、 ちゃんと聞いてる? 俺は色葉先輩とは付き合ってないって言ってんの」
ーー 付き合ってない? 全部ウソ? …… 信じてるかって?
だって私は知ってるんだよ。 色葉先輩がコタローを好きなことも、 2人が最近、 多くの時間を2人で過ごしているということも。
コタローが嘘をつくようなヤツじゃないのは知っている。
だけど私は、 世の中には相手を悲しませないための『優しい嘘』があるというのも知っている。
私の気持ちを知っていて尚こんなことを言うのは、 可哀想な私に同情したから?
色葉先輩と付き合ってるって知ったら、『幼馴染』の私が離れて行くって思ってる?
私にはコタローの気持ちが分からない。
ただハッキリしているのは、 コタローが登下校でどんな会話をしているのかも、 朝練の内容も、 どの高校に行きたいのかも、 全部知っているのは私じゃなくて色葉先輩だということ。
今、 誰よりもコタローの近くにいる女の子は、 私じゃなくて色葉先輩だっていうこと……。
「馬鹿コタ…… せっかく人が普通にしようとしてるのに、 どうして今ここで、 その話題を持ち出すの? …… 」
「ハナに聞いて欲しかったから」
「そんなの、 イジワルだよ。 なんでわざわざ私に言うの? コタローが色葉先輩と付き合ったって、 一緒に学園祭に行ったって、 そんなの私には関係ないじゃん! 私は聞きたくない! 」
ーー 言い過ぎた。
ここまで言う必要はなかった。 思いっきりヤキモチだ。
だけど今日のコタローは、 前の時みたいに追求も怒鳴りもしなかった。
「関係ない…… か。 だけどハナ、 お前が聞きたくなくてもさ、 俺が聞いて欲しいんだよ」
コタローはそう言ってガタッと立ち上がると、 机を回り込んできて、 私の隣の椅子を引いた。
思わずビクッとした私を見て眉を寄せ、悲しそうな表情を浮かべる。
「頼むから、 そんなにビビんないで。 絶対に何もしないから」
そう言って席に座った。
わざわざ隣に来た意図が掴めず戸惑っていると、 コタローがスキニーパンツのポケットからスマホを取り出し、 何かのページを開いた。
「ハナ…… これを見て」
「えっ? これって…… 」
そこには、『# コタ色 スナップショット』の見出しが付いた写真がズラッと並んでいる。
「これはSNSの書き込みの数々。 俺が勝手に弁解してくから、 ハナが聞きたくなければ耳を塞いでていいよ。 だけど、 少しでも信じる気があるなら、 目をしっかり開けて、 耳を澄まして、 俺の言葉を聞いて」
私がイイともダメだとも言ってないのに、 コタローはそれに構わず写真について語り始める。
「まず一番上の『熱視線』って書かれてる写真。 これは今日の部活の時だな。 このとき色葉先輩が『お疲れ様』って言って、 俺は『お疲れ様でした』って返事した。 それだけ」
「この、『コタ色は今日もラブラブです!』って書かれてるヤツ、 色葉先輩が肩に触って俺が振り向いてるだろ? これは先輩が俺の面の紐がほどけてるって教えてくれて、 振り向いた瞬間」
コタローは画面をスクロールしながら、 時には「参るよな」とか「みんないい加減だよな」なんて言葉を交えながら、 全部の写真について事細かく説明していった。
「それでコレが、 滝高の学園祭だな。 この日は他の部員も一緒だった。 色葉先輩と2人になったのは、 剣道部の顧問に会ってからみんなと合流するまでの移動中だけ」
「自転車置き場。 これは2人で登校してるみたいに言われてるけど、 途中から道が一緒になるだけ。 並んで走ってもいないし会話もない。 そりゃあ、 同じ部活で先輩なんだ、 顔を合わせれば挨拶をするし、 言葉も交わすよ。 だけどそれは、 他の部員やクラスメイトに対するのと同じだよ」
最後の写真まで説明し終えると、 スマホの画面を閉じてポケットに戻す。
「ハナ、 とにかく俺は、 お前にだけは誤解されたくないんだ…… 分かれよ」
もう黙って頷くしかなかった。
私は本当に馬鹿だ。
1人でグルグル考えて、 拗ねて怒って酷い言葉をぶつけて。
コタローはこんなに誠意を尽くして私に真実を伝えようとしてくれた。
こんなにも私との関係を大切に思ってくれている。
それで充分、 それで満足じゃん。
「そっ、 それじゃ、 作業の続きをしようかな〜 」
私が折り紙を手に取ると、 コタローがそれをヒラッと横から取り上げて、 ニヤリと笑った。
「えっ? なっ、 何? 」
「あのさ…… 実を言うと、 鎖も花も、 今日までに京ちゃんが1人で殆ど作ってくれた」
「えっ? 」
「ハナには内緒にしとけって言われてたんだけど…… やっぱ黙ってらんないわ。 俺がハナとゆっくり話せるように協力してくれたんだ。 いいヤツだよな」
ーー 京ちゃん……。
京ちゃん、 ありがとう。
私、 ちゃんとコタローと話せたよ。
誤解だったって分かったよ。
今度ゆっくり、 今日のことをお礼させてね。
切り終わった分の折り紙をコタローと2人で繋げていたら、 瞼の裏がじんわりと熱くなった。