6、 コタロー驚く
「う〜ん、 最高! 『きなこもち』もいいけど、 これはこれで良いね〜 」
俺が渡した『みるくもち』味のチョコを頬張りながら、 今日もハナは目尻を下げて、 これ以上無いというような最上級の笑顔を見せる。
ーー うん、 可愛い。 昨日も頑張った甲斐があったな。
「それじゃ、 ご褒美ちょうだいよ」
「あっ…… うん」
俺が少し体を屈めて目をつぶると、 ゆっくりと近付いてくるハナの気配と甘ったるい香り。
唇にチュッと柔らかいものが触れて、 それはいつもと同じように一瞬で離れていく。
「オッケー、 今日の対価はいただきました」
「…… はい」
小4で始まって、 今はもう中2の春。
もう4年近くになるというのに、 ハナは今だにこの行為の後に照れたような顔をする。
ーー うん、 今日も照れてる、 照れてる。
「ハナ、 行くよ」
トントンと階段を3段ほど下りたところで振り返って名前を呼んだら、 頬を赤らめたまま、 黙ってついてきた。
うん、 やっぱり可愛い。
俺はこの瞬間のために、 毎日チョコを運び続けている。
***
それが始まったのは、 確か小4になってすぐの春。
直接のきっかけはハナが虫歯になったことだったけれど、 本当の始まりはその前に、 ハナと俺のクラスが別々になった事からだった。
「そう言えば私さ、 学級副委員長に選ばれたわ」
塾の時間の前に俺の部屋で一緒に宿題を済ませてたら、 ハナが唐突に、 そう切り出した。
「はあ?! なんでハナが? お前そんなに成績良くないだろう? 」
「違うんだってば。 みんなで委員会決めしてた時に後ろの京ちゃんと喋ってたらさ、 先生が『花井さん、 そんなに話すのが好きなら学級委員をやってもらおうか』って」
「お前、 お喋りは得意でも、 人をまとめるキャラじゃないじゃん! 」
「うん。 だから委員長は優等生の熊井くんだよ。 私は『副』」
「副でも何でも、 お前には無理だろ。 断る勇気を持てよ! 」
「『私には絶対ムリ!』って言ったってば。 そしたら熊井くんが、『僕に任せて』とか『一緒に頑張ろう』とか爽やかに言うからさ。 たぶん熊井くんがどうにかしてくれるから、 私は何もしなくてもお任せで大丈夫だよ」
「大丈夫って…… お前…… 」
なんで後ろ向いてお喋りなんかしてんだよ。
なに勝手にクラス副委員なんかになってんだよ。
なんで熊井にお任せなんかするんだよ。
なんで勝手に…… 俺以外のやつに頼ってんだよ、 バカヤロウ。
午後4時25分、 塾に移動する時間だ。
俺はハナが立候補するって言ってた放送委員になった事を言い出せないまま、 カバンを持って立ち上がった。
ハナのくせに…… 俺の知らないとこで、 俺のいない世界を楽しんでんじゃねえよ。