57、 火のないところに煙は立たない
「ハナ、 あなた、 今年のクリスマスも塾のお手伝いに行くでしょ? 」
「えっ?! 今年は…… 行かなきゃダメ? 」
「当たり前でしょ。 毎年やってるんだから、 風子さんだってアテにしてるわよ。 一度引き受けたことは、 ちゃんと責任持ってやり遂げなさい」
出来ないなら自分の口から風子さんに断るようにと言われ、 観念した。
だって、 きっと風子さんのお説教は、 お母さんのよりも100倍厳しい。
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「どうしてハナは、 まいど毎度、 人の部活中に愚痴りに来るのかなあ? 」
調理室の調理台に突っ伏していたら、 ステンレスボウルの中身をヘラでかき混ぜながら、 京ちゃんが冷たい視線で見下ろしてきた。
12月に入ると、 お菓子部のメニューもクリスマス仕様になるらしい。
今日は『ブッシュドノエル』を作るそうで、 ボウルの中身がココア色だ。
「いいじゃない、 クリスマス会のお手伝い。 私は楽しみにしてるよ、 飾り付けるの楽しいし」
「そうだけどさ〜、 やっぱり気まずいしさ〜、 コタローが色葉先輩と現れたりしたら、 ショックが隠せないし…… 」
風子さんが経営している『天野学習塾』では、 毎年クリスマスになると生徒を招待してクリスマス会を催している。
私とコタロー、 そして京ちゃんの3人も毎年この行事に参加してきたのだけど、 小5の年からは風子さんに頼まれて、 お手伝いをするようになっていた。
主な仕事は、 事前準備として、 折り紙を縦長に切って繋いだチェーンの飾りと、 ティッシュで花を作ること。
当日は生徒が授業を受けている間に空いている隣の教室を飾り付け、 黒板に絵を描いたり、 紙皿や紙コップをテーブルに並べること。
そして最後の後片付け…… 等だ。
3人でお喋りしながらの作業はひたすら楽しくて全く苦ではないのに、 これだけで1人1000円ずつのバイト料を貰える。
だけど、 お小遣い欲しさに毎年楽しみにしていたこのお手伝いが、 今年は避けたい事案、 ナンバーワンになってしまった。
「大体さ、 その噂だって周りが勝手に騒いでるだけで、 コタロー本人から聞いたわけじゃないんでしょ? 」
「本人に聞けるわけないじゃん! 普通に喋ってもいないのに! 」
「ハナ、 声が大きい。 そして、 コタローと喋れてないのは自業自得」
京ちゃんの言う通りだ。
ぜんぶ私の自業自得、 こうなったのも、 コタローと気まずくなってしまったのも自分のせい。
京ちゃんに言われてコタローに謝ったものの、 根性ナシの私に出来たのはそこまでが限界だった。
コタローが部活の朝練を始めてしまったから朝は会わないし、 クラスも違う、 ランチも別々となると、 驚くほど顔を合わせる機会が無い。
私はと言うと、 教科書やコンパスなんかを忘れても借りに行けないし、 宿題で分からないところがあっても聞きにいけないという事態に陥って、 今更ながら、 自分がいかにコタローに助けられていたのか、 甘えていたのかを思い知らされている。
そして、 それに追い討ちをかけたのが、 秋から耳に飛び込んでくるようになった噂の数々だ。
曰く、 コタローが色葉先輩と2人で滝山高校の文化祭に行っていた。
曰く、 2人が登下校を一緒にしている。
朝練と称して2人で武道場で逢引している。
コタローが色葉先輩を追いかけて滝山高校を受験するらしい。
1年生に告られて、 色葉先輩のために『好きな人がいる』と断ったらしい。
腐れ縁だった幼馴染とは完全に別れて、 色葉先輩と付き合いだした…… らしい。
これらの出来事や噂話は、 私にいろんな面で大きなダメージを与え、 更にコタローに話し掛けることを拒否させた。
この状態で一緒にクリスマス会のお手伝いなんて、 なんの罰ゲーム? なんて種類の拷問ですか?
「『火のないところに煙は立たない』って言うしさ、 やっぱりコタローと色葉先輩の間には何かがあるんだよね…… 」
「『何か』…… ねえ。 私が見てる限り、 色葉先輩は絶対にコタローのタイプじゃないと思うけど」
「綺麗なお姉さんタイプで頭が良くて、 剣道という共通の道があって…… あれに勝てる人がいるとは思えないよ」
京ちゃんが四角い型にケーキ生地を流し込みながら、 「はぁ〜〜〜っ」と、 めちゃくちゃ深い溜息を吐くと、 ちろりと私を見て、 「コタローが不憫。 ハナは馬鹿」と低い声で言った。