55、 親友、 玉野京美の決意
「ええっ! 『甘いもの禁止令』が4ヶ月前から解除になってた?! 」
火曜日の放課後、 部活で作ったモンブランケーキを手土産にハナの家を訪問したら、 衝撃の事実を知らされた。
ーー ああ、 だからこうしてオヤツにケーキが堂々と出てきたわけね……。
いきなりの訪問は失礼だと承知のうえで今日ここに来たのは、 コタローとの間に起こったことをハナ本人の口からちゃんと聞きたかったから。
だから、 モンブランケーキを渡すなんていうのはもちろん口実。
玄関で、「これ、 早苗さんにどうぞ」と手渡した2個のモンブランケーキを見て、 ハナが「あっ、 私が食べてもいい? 」なんて言い出すから驚いたけれど、 そういう事だったのか……。
目の前の白い折り畳みテーブルには、 ほのかにイチゴの香りがする高級そうな紅茶と、 さっき自分が持ってきたモンブランケーキが2人分並んでいる。
「美味しいね、 このモンブラン。 作るの大変そう」
「栗の中身をスプーンで出すのが面倒なだけで、 あとは大したことないよ。 ケーキは市販のスポンジを使ってるし」
他愛のない会話を続けながら、 目の前でマロンクリームを口の端につけて頬張っている、どことなく元気のない親友の表情を窺う。
ーー やっぱり無理やり押しかけちゃって良くなかったかな……。
そう思っていた時に、 ハナがフォークをお皿に置いて、 姿勢を正して言った。
「京ちゃん、 わざわざ来てくれてありがとう。 心配かけてごめんね」
そして、 金曜日の顛末を、 涙ながらに語ったのだった。
「私ね…… 嘘をついていたことがバレて、 恥ずかしくて情けなくて、 とにかく逃げなきゃって思って……。 コタローに『ただの幼馴染』じゃなくて『普通の女の子』として見てることを気付かれて、 もう側にいられないって思って…… 」
何か問題が起こると、 とりあえず棚上げして逃げてやり過ごそうとするのは、 この親友の悪い癖だ。
人の言葉や態度を深く掘り下げて追求すれば、 そこに意見の相違が生まれるのは自然な事だ。
そして、 それを正面切ってぶつければ、 衝突が生まれて揉めごとになる場合もあるし、 自分の望まない結果になる事もある。
だから、 ハナのように人の言葉を深読みせずにふんわりと受け入れて、 トラブルになりそうになったらそそくさと背を向けて逃げてしまうのは、 ある意味賢い方法だと思うし、 それが彼女なりの処世術なのだろう。
だけど、 ハナには分かっていない。
そうやって会話を打ち切られ、 背を向けられた側の気持ちというものが。
「ハナはさ、 嘘がバレて恥ずかしかったって言うけれど、 それじゃあ、 嘘をついた事についてはどう思ってるわけ? 」
「そりゃあ、 騙してて悪かったな……って…… 」
「だったら、 まずはそう言うのが先なんじゃないの? 」
「えっ? 」
「コタローにちゃんと謝った? ハナはさ、 さっきからずっと、『恥ずかしい』とか『側にいられない』とか言ってるけど、 それって自分のことばっかじゃない。 そこにコタローの気持ちは全く配慮されてないよね」
「…………。 」
「コタローが一言でもハナのことを責めた? 馬鹿にした? 笑い者にした? 『側にいるな』なんて言った? …… そもそもハナが会話をする前に拒否して逃げちゃったら、 コタローがどう考えてるかも分からないよね。 私は、 嘘がバレたことよりも、 その後のハナの態度の方が恥ずかしいと思うんだけど」
私が一気にまくし立てると、 ハナは驚いた表情で、 口をぽかんと開けた。
「今日の京ちゃん…… かなり辛辣だね」
「そりゃあ怒ってるからね」
目を伏せて、 また泣きそうな顔になっているハナには悪いけど、 今日は説教せずにはいられない。
だって私は、 本当に辛そうに、『全部俺が悪い』と言ったコタローを知っている。
今にも泣きそうな表情をして、 肩を落として廊下を歩いていく後ろ姿を見てしまった。
そして何より、 2人の側にいたくせに、 何の力にもなってあげられなかった自分にも腹が立っているんだ。
何が『親友』だ。『モブとして2人の物語に参加できて嬉しい』だ。
結局のところ、 私はそうやって傍観者として高みの見物をして、 1人で勝手に盛り上がって楽しんでいただけなんだ。
漫画や小説の中だったらちゃんとシアワセなラストが用意されていて、 トラブルやすれ違いがあったって、 上手い具合に偶然が重なったり誰かの手助けがあって、 ハッピーエンディングに収まることができる。
だけど実際の恋は、 こんなに複雑で難しい。
『ジレジレがいい! 』なんて言ってニヤニヤしていた自分を殴りつけたいくらい、 こんなに痛くてみっともないんだ……。
だからね、 私は決めたんです。
『そっと背中を押して応援する』なんて甘っちょろい事を言ってないで、 背中を蹴り飛ばす』くらいの勢いで、 2人の想いを成就させる手伝いをしようって。
だって両想いの2人がこんな風に拗れて終わってしまうなんて、 悲しすぎるじゃないですか。
皆さんもそう思いませんか?
物語はやっぱり、 ハッピーエンドがいいんです。
だから私は、 ハナの手を取ってゆっくり語りかける。
「コタローの気持ちを知るのが怖いなら、 無理に話そうとしなくていい。 今すぐ元どおりになるのも難しいと思う。 だけど、 まずはちゃんと謝っておいで。 嘘をついてたことも、 この前の態度についても謝って、 その上で、 考える時間が欲しいってお願いしたら、 コタローはきっと分かってくれるよ」
「京ちゃん…… 分かった。 ありがとう」
子リスのようなつぶらな瞳でコクンと頷くハナを見て、 私はこの手の掛かる親友を、 全力で応援する決意を新たにしたのです。