50、 コタロー衝撃の事実を知る
ーー くっそ〜、 人の気も知らないで……。
「ハナ、 お前は俺のことさ…… 」
「じゃっ、 私はサラダを持ってくね! 」
「おいっ、 ハナ! 」
俺の声を無視して、 ハナはそそくさとダイニングテーブルにサラダを運んでいく。
その後ろ姿を見送りながら、 俺は自分の頭をガシガシ両手で掻きむしって、 チッと短く舌打ちした。
ーー 俺、 今なんて言おうとした?
ゆっくりでいいから気持ちを育てていきたい?
ハナに強制したり押し付けたりするものじゃない?
報われなかったとしても、 それは俺の気持ちの問題でハナのせいじゃない?
一体どの口が言ったんだ。
俺は今、 思いっきりアイツに期待して、 答えが欲しくて報われたくて…… 思う通りの言葉が貰えないからって焦ってイラついて、 全部ぶちまけようとしたんだ。
幼い頃からゆっくり大切に育んできたはずの想いは、 お互いの成長に比例するようにどんどん大きくなって膨らんで、 膨張しすぎたシャボン玉みたいに、 脆くて危なっかしいものへと変わっていった。
今はもう、 あちこちに歪みが生じて、その形を保つのにも限界が来ているのかも知れない。
ーー ハナ、 俺はもう、 虹色に光るシャボン玉を割っちゃうかも知れないや。
俺の気持ちを知ったら、 お前はどうするのかな。
こうやって肩を並べてレタスをめくったり、 一緒に買い物に行ったりも出来なくなるのかな。
ハナ、 俺は怖いよ。
今の居心地のいい関係を壊すのも、 それを壊してでも関係を変えたいと思ってしまう自分も……。
肩を落として大きく一つ溜息を吐き出してから、 俺は両頬をピシャリと叩いて、 ダイニングテーブルへと向かった。
***
「ああ、 楽しいわ〜。 やっぱりこういうのっていいわね」
「私も久しぶりに風子さんたちと食事会が出来て嬉しいわ〜 」
俺のお祝いとは名ばかりで、 程々にアルコールが入った親たちは、上機嫌で雑談に興じている。
ついさっき塾の授業を終えたじいちゃんも加わって、 ホットプレートの上には茶色くなったタマネギの切れ端が残るだけになった。
「それじゃ一応、 今日のメインイベントをやっときましょうかね」
「よっ、 待ってました! 」
「虎太朗くん、 おめでとう! 」
「あなた、 まだ早いわよ! 」
みんなが茶化すなか、 母さんが部屋の電気を消して、 6号サイズのチョコレートケーキを仰々しく運んできた。
『一応』と言うわりには、 ちゃんと14本のロウソクが灯っているし、 『こたろうくん、 おたんじょうびおめでとう』と書かれた子供っぽいチョコレートのプレートも乗っている。
誕生日お約束の歌を合唱してから俺がロウソクの火を吹き消すと、 拍手とともに部屋の電気が点いた。
母さんがケーキを切り分けて皆に配る。
「ああ、 花名ちゃんは禁止令があるものね。 せめてフルーツでも食べる? 」
そうか、 可哀想だけど仕方ないな。
俺の誕生日ケーキがチョコレートなのは、 それがハナの大好物だからだ。
最初に母親から、 いちごショート、 チョコレートケーキ、 チーズケーキの3択を提示されて、 チョコレートを選んで以来、 毎年コレになっている。
俺は甘いものをあまり食べないから、 ハナが喜ぶものを選ぶ方が理にかなっている。
「若葉さん、 俺の誕生日に免じて、 せめて今日だけはハナに薄っぺらい1切くらい許可してもらえないかな」
俺が額の前で両手を合わせて頼んだら、 若葉さんがキョトンとした表情でハナを見た。
「あらっ、 花名、 あなたまだ禁止令を守ってたの? 」
ーー えっ?!
「あら若葉、 花名ちゃんの禁止令は解除になったの? 」
「ああ、 風子も花名から聞いてないの? あのね、 前にこの子が京ちゃんからロールケーキをもらって来てね、 自分は禁止令があって食べれないから、 お母さん達でどうぞって言うのよ。 私、 ビックリしちゃって。 だって、 そんな大昔の約束を今も守ってるなんて思わないじゃない? 」
ーー えええっ?!
それじゃあハナは、 しなくていい我慢を中学生になっても続けてて、 俺はそのためにコソコソとチョコレートを取りに塾に忍び込んでたのか……。
「もう虫歯にもなってないし、 さすがに中学生の食べるものを制限しようとは思わないわよ。 女の子のお喋りにはデザートが必須だしね。それに、 禁止しようたって、 親に内緒で買い食いなんていくらでも出来るじゃない? 」
「だからね、 私は花名に言ったのよ。 禁止令なんて解除するから、 好きになさい」って……。
「私っ! 」
若葉さんが言い終わらないうちに、 ハナがテーブルに両手をついて、 ガタッと立ち上がった。
そのまま数秒俯いていたけれど、 バッと上げた時にはその顔が紅潮していて、 なんだか今にも泣き出しそうに見えた。
「私…… お腹が痛い! 熱もあるっぽい! だから…… 帰る! 」
それだけ機関銃のようにまくし立てて、 勢いよく飛び出して行った。
「ハナっ、 おい!…… 若葉さん、 陽介さん、 ごゆっくり! 俺、 行ってきます! 」
ーー おいハナ、 一体どうなってるんだよ?!
どうしてお前は…… 内緒にしてたんだよ。
俺は混乱した頭のままで、 ハナの後を追いかけた。
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新しくブックマーク登録して下さった方やポイント評価を下さった方もありがとうございます。
これから少しの間、 ジレジレ&イライラの展開になっていくと思います。
コレはもうすぐ来る第1章ラストに向けての助走というか、ハナの成長に必要な過程なので、 どうしても省くわけにはいきません。
電車でニヤニヤしながら読んでくださっている方も、 職場や学校にいらっしゃる方、 家のソファーでゴロ寝している方も(それは私です)、 2人の糖度を高めるための試練だと思ってお付き合いいただければ幸いです。