49、 コタロー、 レタスを使い切る
午後7時10分になって、 俺たちは1階のキッチンへと下りて行った。
「風子さん、 こんばんは。 何か手伝う? 」
「ああ、 ハナちゃん。 殆ど準備は出来てるんだけど…… あっ、 じゃあレタスをちぎって適当にサラダを作っといてくれる? 」
オードブルのカナッペを大皿に盛りながら母さんがそう言うと、 ハナは勝手知ったると言う感じで冷蔵庫を開け、 レタスを取り出す。
背伸びして上の棚に手を伸ばしていたから、 木製の大きなサラダボウルをヒョイと取って、「これだよな? 」と手渡したら、 「さすがコタロー! 以心伝心! 」とニカッと笑って受け取った。
ーー 以心伝心ならとっくに俺の気持ちに気付くだろっ!
と心の中でツッコミながら、 シンクの下からステンレスのボウルを取り出して、 ぬるま湯を貯めていく。
「コタロー、 何やってんの? 」
「えっ? レタスを浸すんだろ」
「お湯に? なんで? 」
「レタスをシャキシャキにするため。 常識じゃん? 」
「うっそ! 冷水じゃないの?! 」
「違うだろ」
「マジか〜っ! コタローずるいよ! 勉強もスポーツも出来るのに、 料理まで出来たら私なんて絶対に勝てないじゃん! 」
「そんなん勝ち負けじゃないだろ。 それに俺だって料理なんか出来ないよ。 これは母さんに手伝わされるから覚えただけで…… 」
俺がレタスをめくってポイポイぬるま湯に放り込んでいくと、 ハナもそれを真似て、 俺がめくったレタスをポイポイする。
口を尖らせて不満げだ。
「そんなのいいじゃん、 料理くらいそのうち覚えるよ」
「でもさ…… 」
「いいじゃん、 料理なんて夫婦のどちらかが出来れば事足りるだろ? いざとなれば俺が覚えるし」
「ああ、 そっか」
「そうだよ」
「そっか…… えっ? 」
「「 えっ?! 」」
2人して同時に顔を見合わせて、 同時に別々の方向を見て黙り込む。
カーーーーッ
一気に顔が火を吹いた。
ーー 俺、 今なんつった?! 夫婦とか、 夫婦とか、 夫婦とか!
横目でチラリとハナの様子を窺ってみたけど、 アイツは背中を向けていて、 どんな表情をしてるのか分からない。
だけど、 ピンク色に染まった首筋がいろいろ物語っていて、 もしかしたらコイツもちょっとは俺のことを意識してくれてるのかな? …… なんて期待してしまう。
ハナが黙ったままなので、 仕方なく俺がまたレタスをめくり始めると、 ハナが隣に立って、 ポイッとぬるま湯に放り込む。
放り込みながら、
「…… コタローのお嫁さんになる子ってシアワセだよね」
ポツリと呟くもんだから、 俺は思わず小さくなったレタスをコトリと床に落としてしまった。
「えっ? なんだよ」
そう言いながら慌ててしゃがみ込んで拾い上げたら、
「ん…… コタローが好きになるのってどんな子かな…… って思ってさ」
「えっ?! そんなの…… 」
ーー お前だよっ!
そう口に出しそうになって、 慌てて言葉を飲み込む。
「だって、 なんだかんだ言ってコタローは優しいしさ、 気がきくしさ、 そのうえ料理もしてくれるって言ったら、 そりゃあいい旦那さんになるよね」
「…… うん。 俺、 めっちゃいい旦那さんになるよ。 奥さんをすっごく大事にするし、 めちゃくちゃ甘やかすし、 可愛がるし…… マジでおススメ」
「そっか…… 」
「うん、 そう」
ーー だからハナ、 俺にしとけよ!
「そっか…… 私…… 幼馴染で良かった〜」
「えっ?! 」
「だってさ、 彼女でも奥さんでもないのに近くにいられるのって、 幼馴染の特権じゃん! レタスを一緒にめくったりとかさ、 あと、 ほら、 こうやってシュシュも買ってもらえるし」
そう言って、 茶色いシュシュをさわってみせる。
ーー くっそ…… なんだよ…… ざけんなよ!
「ハナっ、 お前っ! …… 俺はなぁ! 」
「あなたたち、 サラダは出来た? もう若葉さんたちが来たから始めるわよ。…… あらっ、 レタス1玉使い切っちゃったの? 多過ぎない? まあいいわ、 それを木のボウルに入れて、 ツナ缶とプチトマトを添えて持ってきてちょうだい」
様子を見に来た母親に遮られて、 俺の言葉は宙に浮いた。