48、 コタローとシュシュ
カチッ、 カチッ、、、
「ほら、 レビューの評価も高いし、 これなら長く使えるかな……って思ってさ」
俺がレビューのページを開いて説明をしても、 ハナはなんだかうわの空。
まあ、 そうだろうな。
コイツは俺が欲しいと言ってたペンケースを確認したかっただけだもんな。
買い物から帰ってきた俺たちは、 一旦家の前で別れたあと、 それぞれ着替えを済ませてから俺の部屋に再集合した。
ハナの目的はペンケース。
だけど俺には、 他にやりたい事がある。
『シュシュのプレゼント』。
さっきの雑貨店でハナが悩んでいた、 紺と茶色の2種類のシュシュ。
それを見た時、 瞬間的に、 茶色のシュシュは俺がプレゼントしてやりたいな…… って思ったんだ。
だってさ、 そのサテン地のツヤツヤした茶色いシュシュがさ、 なんだかチョコレートっぽく見えたんだよ。
それで、 チョコレートと言えば、 俺からハナへの贈り物って決まってるだろ?
そんなのさ、 男としてはやっぱ買ってやりたくなるじゃん?
まあ…… そういうことだ。
だから俺は、 ロッカーの荷物を取ってくるからと、 ハナを先に駐輪場に向かわせてから、 エスカレーターを全力疾走して雑貨店に戻り、 茶色いシュシュをコッソリ購入した。
そのシュシュは今、 値札を外した状態で、 俺の履いている黒いチノパンのポケットでスタンバイ中だ。
気付くとハナが、 目の前のパソコン画面を熱心に見つめている。
値段表が気になっているようだ。
会員価格1880円。
塾の資料作りや後片付けを手伝って、 お小遣いの他にバイト代も貰っている俺には余裕の値段だけど、 月5000円のお小遣いを貯金せずにすぐ使ってしまうハナにはちょっと厳しいかもしれない。
ーー 1000円のTシャツにしとけば良かったかな……。
だけど、 ハナが俺のために考えて買ってくれるというのなら、 長く大切に使える物が良かったんだ。
「うん、 これなら予算的にもギリ大丈夫…… 」
ハナがボソッと呟いた。
ーー おいおい、 心の声がダダ漏れてるぞ!
マジで本当に俺のために考えてくれてるじゃん……。
そんなん聞いて、 俺はどうリアクションすればいいんだよ。
こんなの嬉しすぎるだろっ!
とりあえず、 今のは聞かなかった事にして、 黙ってカチカチとマウスを動かしておく。
そしたら俺のニヤケ顔を見られて追求された。
「コタロー、 なんかイイことあった? 」
ーーうわっ…… やっば……
だけど鈍感なハナは、 俺がペンケースに惚れ込んでニヤけていたと勘違いしている。
誰がペンケースくらいで顔を赤らめるかよ。
俺が惚れ込んでるのはお前だっつーの!
全くさ…… コイツはさ……。
「ああ、 でも、 今日イイことがあったのは本当だな…… 」
右ポケットからシュシュを取り出すと、 目の前のポニーテールを左手で持ち、 茶色いそれをはめていく。
「えっ? なっ、 何? 」
鏡を覗き込んでから振り向いた顔は、 ちょっとだけ唇を尖らせて、 俺の不意打ちに怒っているようにも照れているようにも見えた。
「うん、 やっぱり似合うな。 チョコレート色だ」
「えっ? …… あっ、 チョコレート。 ホントだね! コタロー、 ありがとう! 」
途端にパアッと咲くような笑顔を見せて、 もう一度鏡を覗き込んでいる後ろ姿を見て、 また俺は思う。
ーー うん、 やっぱり可愛い。
なあハナ、 俺がもしも、『このチョコレートの対価をちょうだいよ』って今言ったら、 お前はどんな顔をするのかな。
『特別だから、 唇がいいな』って言ったら、 お前は『いいよ』って言うのかな、『嫌だ』って言うのかな。
聞いてみたい気がするけれど、 聞くのが怖いんだ。
だから臆病な俺はやっぱり何も言えずに、 ピョンピョン揺れるポニーテールと、 そのてっぺんでツヤツヤ光ってるチョコレート色のシュシュを、 黙って見つめてたんだ。