47、 ペンケースとシュシュ
カチッ、 カチッ、、、
私を勉強机のイスに座らせて、 コタローが後ろからパソコンのマウスを動かし、 クリックする。
お目当てのページでサイトの写真が拡大され、 マウスがクリックされるたびにペンケースの向きが変わっていく。
「わあ、 革製なんだね。 カッコいい! 」
私が椅子に座ったまま顔だけ振り返ると、「うん、 そうだろ」と微笑む顔が間近にあって、 思わずドキッとトキめいた。
慌てて前を向いて、 画面を凝視する。
ーー うわっ、 近っ!
大丈夫かな? 顔…… 赤くなってないよね?
買い物から帰ってきた私たちは、 一旦家の前で別れたあと、 それぞれ着替えを済ませてからコタローの部屋に再集合した。
今夜の焼肉パーティーは、 両家の親が仕事をある程度片付けてからということで、 午後7時半スタートになっている。
塾が終わったら宗次郎さんも合流予定だ。
という訳で、 私はまだ診療中の親を置いて、 一足先にコタローの部屋に来て、 誕生日プレゼントの品を選んでいる。
もちろん、 今見ているのが誕生日プレゼントだという事は、 コタロー本人には秘密。
モールの雑貨店でさりげなく観察し、 なおかつ私の見事な話術で誘導した結果、 コタローが新しいペンケースを欲しがっていて、 更にもうお目当の品があることまで判明した。
しかもまだ検討中の段階で、 購入するには至っていないと言う。
なんたるナイスタイミング!
どうせならサプライズで贈って驚かせようと思っているけど、 ペンケースと言っても種類がいろいろあるし、 ハズしたら意味がない。
これなら100%コタローが欲しい品だ。
ーー ふふっ…… サプライズって……。
この私がコタローにサプライズするなんて、 生まれて初めてのことだ。
と言うか、 コタローのためにコタローの欲しいものをここまで真剣に考えるのも、 初めてかも知れない。
深く悩んだりリサーチしたりするのは、 私が最も苦手とする分野だ。 メンドクサイし疲れる。
だけど、 このメンドクサイ行為の先にコタローの笑顔があると思うと、 なんでか不思議と苦にならないのだ。
胸がムズムズするこの感覚や、 好きな人のために内緒で何かを選ぶって行為を、 思いのほか楽しんでいる自分がいる。
これが、『ただの幼馴染』と『好きな人』の差なのかも知れないな。
…… って、 こんな事を考えている自分が、 なんだか恥ずかしくて照れ臭い。
ーー 恐ろしい…… これが乙女脳というヤツか。
カチッ、 カチッ、、、
「ほら、 レビューの評価も高いし、 これなら長く使えるかな……って思ってさ」
気付くとコタローが、 レビューのページを開いて説明を続けている。
だけど正直、 その辺りはどうでもいい。
慎重派のコタローがイイと言うんだから、 きっと良い品に決まってるし、 私的にはコタローが欲しい品かどうかだけが重要なんだから。
どちらかと言うと、 私はレビューよりも、 その上の料金表が気になっていた。
参考価格4860円なのが、 このサイトだと2980円。 更に会員になってると、 39% offの1880円…… か。
「うん、 これなら予算的にもギリ大丈夫…… 」
マズい! 頭の中で考えてたことが、 そのまま口に出た。
ハッとして振り返ったけど、 幸いコタローの耳には届いていなかったみたいで、 黙ってカチカチとマウスを操っている…… けど……。
ーー んっ?!
「コタロー、 なんかイイことあった? 」
「えっ?! 」
「なんか、 す〜〜っごく! 嬉しそうな顔してる」
「えっ、 ええっ?! …… マジか…… 」
「うん、マジ。 すんごくニヤニヤしてる」
私がそう答えると、 コタローはマウスから右手を離して、 そのまま口元を覆って俯いた。
「うわっ…… やっば…… 」
なんだ、 なんだ? 耳まで真っ赤になってるよ。
まさか……。
「コタロー、 まさかあんた…… 」
「えっ?! 」
私がそこまで言うと、 コタローが目を見開き、 目に見えて動揺した。
「まさか、 改めてペンケースの写真を見たら、 今すぐ買いたくなっちゃったとかじゃないよね! 」
そんなの困る!
だってペンケースは、 私が今日、 家に帰ってからポチるのに!
「……んだよ、 そっちか…… 」
「えっ? 」
「いや…… こっちの話。 ペンケースはまだ検討中だから買わないよ」
「そっか…… 」
ーー良かった。 家に帰ったら速攻で注文しちゃおう。
「ああ、 でも、 今日イイことがあったのは本当だな…… 」
そう言いながら、 不意にコタローが両手でポニーテールに触れてきて、 思わずビクッと肩をすくめた。
「えっ? なっ、 何? 」
慌てて振り返ったら、 コタローが目を細めて私の頭を見ている。
「えっ、 何? いやだ、 虫?! 」
バッと頭に手をやったら、 なんか柔らかい物に指先が触れた。
ーー アレッ? これ……。
すぐに立ち上がって、 部屋のドアに取り付けられている鏡を覗き込む。
ーー これって……。
鏡に映る私の頭には、 さっきのお店で悩んだ末に買わなかった茶色いシュシュ。
振り返ったら、 コタローがニコニコしながら、 凄く嬉しそうに見つめてる。
「今日一緒に買い物出来て楽しかったし、 俺のペンケースを選ぶのを手伝ってくれてるから、 その御礼だよ。 ありがとなっ」
ーー 『ありがとな』って…… ありがとうを言いたいのはこっちだよ。
サプライズをしようと思ってたら、 先にサプライズされて分かった。
サプライズの威力…… ハンパない。
感想やレビューをありがとうございます。
ブックマークや評価ポイントを下さった方もありがとうございました。
私からは心からの感謝を。
コタローからはチョコレート色のシュシュを。
この作品は皆様の優しさと応援で出来ています。