41、 コタロー後悔する (2)
それは夏休みのこと。
8月の全国中学校剣道大会が大阪の総合体育館で行われることになっていて、 俺たち剣道部のメンバーも前日からホテルに泊まって、 翌日の試合に備えていた。
「虎太朗君、 ちょっといいかな? 」
ホテルの近くのファミレスで夕食を済ませ、 みんなでホテルに戻ろうとガタガタ立ち上がりかけた時、 俺だけ色葉先輩に呼び止められた。
「あっ…… はい」
俺が浮かしかけた腰を再び椅子に戻すと、 他の部員たちは訳知り顔でニヤニヤしながら先に店を出て行く。
部長に至っては「頑張れよ! 」なんて、 俺の肩をポンと叩いて行った。
いやいやいや! 一体何を頑張れというんだ。
だけどこの流れ、 この先に起こりそうな事は…… なんとなく分かる。
ーー 速攻で断ろう。 俺にはハナがいるんだし。
そう考えながら身構えている俺に反して、 色葉先輩は目元に薄っすら笑みを浮かべながら、 テーブルで頬杖をついている。
アイスティーが入ったグラスの中の氷をストローでカランと掻き回しながら、 チラッと上目遣いで見上げ、 勿体ぶったように口を開いた。
「あのね、 虎太朗くん、 私とお友達になってくれないかな」
ーー えっ? アレッ?
別に期待していた訳ではないけど、 告白とセットで付き合いを求められると思っていた俺は、 変化球を食らったみたいで、 一瞬言葉に詰まってしまった。
「……えっ? 友達…… ですか? 」
「ふふっ、『付き合って下さい』とでも言われると思った? 」
「えっ、 いや、 そういう訳じゃ…… 」
イタズラっぽく猫のようなクリッとした目で見つめられて、 思わず顔が熱くなった。 変に勘ぐって緊張していた自分が恥ずかしい。
だけど、 たぶん色葉先輩は俺に好意を持ってくれている…… と思う。
相手はあの剣道部のマドンナだ。
知らない人が聞いたら何を自惚れてんだと言われるかも知れないけれど、 一応の判断材料は揃っているんだ。
前回の試合の後あたりから急に俺だけを名前呼びし始めた。
俺限定でボディタッチが多い…… 気がする。
極め付けは、 夏休みの朝練が始まってから、 待ち合わせしてるわけでもないのに、一緒に練習に通うようになったこと。
行きは道の途中で自転車を止めて待っていて、 俺が通り掛かったところで「おはよう」と並んで走り出す。
帰りは道着から着替えて自転車置き場に向かうと、 当然のように色葉先輩も一緒に並んで歩いてくる。
「それじゃ虎太朗くん、 また明日ね! 」
途中の分かれ道まで並んで自転車を漕ぎ、 そこからは1人で家路を急ぎながら、 考える。
ーー なんかさ…… コレ、 ちょっとまずいよなぁ……。
そんな俺たちを、 部員のみんなが生温かい目で見つめてくる。
なんだかマズイ雰囲気だな…… とは思うものの、 告白された訳でもないのに断るのも変な話だ。
相手は何と言っても剣道部の先輩で、 副部長で、 マネージャー業務も兼ねている。
避ける方が逆に不自然だし失礼にあたる。
そんな事を頭の中でグルグル考えていたら、
「虎太朗くんはさ、 あの幼馴染のハナちゃんと付き合ってる訳じゃないんだよね? 」
急にハナの名前が出てきてドキリとした。
ーー 何? なんだ? 急にハナちゃん…… って。
「あのね、 前にちょっとだけ、 彼女と話す機会があったのね。 その時に私が虎太朗くんと仲良くなりたいって言ったら、『私は関係ないんで御自由にどうぞ』って言ってくれたんだ」
「えっ? …… 」
ハナが色葉先輩と話した?
いつ、 どこで? どうして?!
ーー 関係ないって…… どういうことだよ。
「あの…… どうしてハナと…… 」
「ふふっ、 ナイショ。 そっか、 彼女、 そのこと虎太朗くんに内緒にしてたんだね。 それこそ関係ないと思って言わなかったのかな? 」
気付くと俺は膝の上で両手の拳を握りしめ、 背中には嫌な汗をかいていた。