4、 ピンクのイチゴのやつ
午後4時25分にコタローと2人で塾に移動すると、 教室では既に風子先生が待っていた。
「おっ、 ちゃんと5分前行動だね。 偉い、 偉い」
風子先生はコタローのお母さんで4年生クラス担当。 隣の3年生クラスを教えているのは、 コタローのお祖父さんの宗次郎先生だ。
幼い頃からお互いの親が名前で呼び合っていたので、 私とコタローも相手の親を名前呼びしている。
だから普段は『風子さん』と呼んでいるのだけど、 ここでは勉強を教えてもらってるので『風子先生』だ。
国語の授業が終わって10分間の休憩時間になったところで、 私はコタローの手を引っ張って、 塾の玄関にスススと歩いて行った。
2世帯住宅になっているコタローの家は、 向かって左側、 つまり私の家の隣の1階が学習塾、 2階が宗次郎さんの住居になっている。
1階の廊下の途中にドアがあって、 その向こう側がコタロー達の住居のリビングルームに繋がっているのだけど、 私のお目当はコタロー側の家には無い。
塾に入ってすぐ右手に2階に上がる階段があり、 階段の下には飾り棚が設けられている。
そこには子供達が読めるような本が数冊並んでいて、 棚のてっぺんにはチョコレートが沢山入った透明なガラスボウルが置かれている。
私は棚の前でガラスボウルを見上げて中身を物色すると、 その中の1つを指差しながらコタローに目配せした。
「あれ! あのピンクのやつ! 」
「えっ、 どれ? ピンクいろいろあるじゃん」
「あれだよ、 あの薄いピンクのイチゴの絵のやつ! 」
「ああ…… あれか」
「コタローは甘いもんそんなに食べないでしょ? 先生がチョコを配る時にアレを取って、 後で私にちょうだい」
「俺はいつもチョコを取んないのに、 急に取ったら怪しまれるじゃん! 」
「そんなの他の子に紛れてササッと上手くやんなよ」
「そんなに言うならお前がササッと取ればいいじゃん」
「嫌だよ! バレたら絶対に叱られる。 風子さん怖いもん」
「俺だって母さん怖いし叱られたくねえわ! 」
「ちょっとあなた達、 もうすぐ授業が始まるわよ」
2人でギャーギャー言い争ってたら、 教室の方から風子さんが歩いてきた。
風子さんは棚の上のチョコレートを見上げると、
「花名ちゃん、 虫歯になっちゃったんだってね。 今日からあのチョコは無しね。 代わりに隣の箱から選びなさい」
そう言って教室に戻って行った。
「…… だってさ。 お前、 諦めてあの箱からエンピツでも選んどけよ」
ガラスボウルの隣に並んでる四角い箱には、 シールや鉛筆、 消しゴムなどの小物が入っている。
チョコを食べない子はそちらから1個貰うことが出来るのだ。
「私は…… チョコがいいんだもん」
そう言いながらとぼとぼ教室へと歩き出したら、
「…… 分かったよ」
後ろからコタローの声がした。
「…… えっ? 」
「分かったって言ったの。 俺がどうにかするから、 お前はイチゴチョコを楽しみに待ってろ」
「えっ、 いいの? 」
「だってお前がどうしても欲しいんだろ? 」
「そりゃあ、 欲しいけど…… 」
「だったら任せとけ。 明日には食べさせてやるから。 対価交換を忘れんなよ」
コタローはそう言うと、 スタスタと私を追い抜いて教室に入って行った。
ーー 対価交換?!
「……ああ、 そうだった…… どうするんだ、 私」