38、 モテ期到来? (3)
私が急いで武道場に走っていくと、 まだ入口のあたりに下級生たちが群がっていた。
「あっ、 桜井先輩! 何処に行ってたんですか? 」
「さっき練習が終わって今は着替え中です!もうすぐ天野先輩が出てきますよ、 ラブレターお願いしますね! 」
「私を天野先輩に紹介してもらってもいいですか? 」
跳ねる息を整える間も与えず、 またしても一斉に、 喋る、 喋る。
私は皆に向き合って一つ深呼吸すると、
「ごめんなさい! 」
膝に手をついて頭を下げた。
「皆さんごめんなさい! 一度預かっておいて申し訳ないけれど…… 私からコタローに手紙を渡すことは出来ません! すいませんが自分の手で渡して下さい。 本当にごめん! 」
周囲がシーンとするなか、 頭を下げたまま、 両手で手紙の束を差し出した。
「何やってんだよ! 」
急に怒鳴り声がして顔を上げると、 そこには武道場から出てきたコタローが立っていた。
「あっ、 コタロー」
「ハナっ、 どうした?! 大丈夫か! 」
コタローは血相を変えて走ってくると、 私を背にして下級生の前に立ちはだかる。
「お前らっ、 寄ってたかって何やってんだよ! こんな大勢で取り囲むなんて卑怯だろ! 」
一気にまくし立てた。
「コタロー、 ちょっと…… 」
「いい、 ハナは黙ってろ。…… いいか、 今度またコイツにこんな事をしてみろ、 お前ら全員、 武道場に出入り禁止だ! 」
「コタロー、 違う」
「これからは文句があるなら俺に直接言ってくれ。 頼むから、 ハナには手を出すな…… 」
「コタロー! 違うってば! 聞いてよ! 」
私の大声でようやく話すのをやめ、 クルッと振り向いた。
「違う? 違うって…… 何が? 」
「彼女たちは何もしてない! ただ私が預かった手紙を返してただけなの! 」
「手紙を? 預かった? …… ナニソレ」
「いいの。 とにかく…… 私は何もされてないし、 コタローが怒るようなことは何もない」
するとコタローは、「はぁ……」と心底ホッとしたように息を吐いて、 私をガシッと抱きしめた。
「もう…… マジでビビったじゃん! なんだよお前、 早く言えよ…… 」
「言ってたけど聞いてなかったんじゃん! 」
「まあいいや、 無事ならそれでいいよ。 見学してたはずのお前が途中で消えちゃうしさ、 マジで心配してたんだからな」
「うん…… それは、 ごめん」
「集中できなくて、 先輩に面を打たれまくったわ! お前、 責任取って慰めろよな」
私の髪に頬をギュウッと押し付けているのが、 感覚で分かった。
「うん…… 悪かった」
コタローの背中に手を回して、 ポンポンと軽く叩いていたら、 視線を感じて手を止める。
コタローの肩越しにチラッと覗いてみたら……。
「「「 キャーーーーッ! 」」」
突然の叫び声にビクッとして、 コタローからパッと離れた。
「凄い! 先輩、 応援してます! 」
「いいモン見させてもらいましたっ! 」
「ナイスカップルです! 」
「お邪魔しました! あっ、 手紙は捨てといてください! 」
見るとさっきの女子がみんな顔を赤らめて、 口や頬に手をやっている。
そしてなんか口々に叫びながら、 一斉に走り去って行った。
「なんだ、 あいつら。 騒がしい…… 」
「コタローがそれだけ人気があるってことなんでしょ」
「別に人気なんてねーよ。 このまえ準優勝だったから、 ちょっとどんなヤツか顔が見たかったんじゃね? 」
そう言って、 歩き出す。
その背中を見て思った。
コタローは今までもこうやって、 自分がモテることもシレッと内緒にしちゃって、 私が何も気にせずにコタローのそばにいられるよう、 自然でいられるように、 気を配ってくれてたんだな…… って。
こんなヤツの近くに長い間一緒にいてさ、 今までずっと好きにならなかった私の目って、 すっごいフシ穴だよね。
バカだな…… 私。
好きって気付く前に先にキスしちゃったよ…… ホントにバカだ……。
コタローが立ち止まり、 私を振り返って不思議そうな顔をした。
「ハナ、 何? 買い物に行くんじゃないの? 」
「…… あっ…… うん…… そうだ! さっき京ちゃんがスイートポテトくれるって言ってた」
「はあ? お前、 俺の勇姿を見ないで京ちゃんとこに行っとったんかい! 」
「ハハハッ、 ごめ〜ん! スイートポテト1個あげるから」
「お前が作ったんちゃうやろ! 」
「ハハッ、 なんで関西弁?!」
「そんなもん知るか〜い! ほら、 早いとこスイートポテトを貰って買い物行くぞ! 」
「うん! ほな行こか」
一緒に並んで走り出した。