35、 その時の心構え (2)
「ほらハナ、 コレ、 今日のチョコを食べて機嫌を直せ」
「ああっ?! アンタね、 こんなモノで私の機嫌を取ろうったって…… おおっ、『揚げバナナ』味! ありがとう! …… うんっ、 ねっとりしたバナナだ! 」
「ハハッ、 ハナの機嫌が直った! 」
「ハハッ、 直っちゃったね」
私がぼ〜っと考え込んでいたら、 コタローが最終手段とばかりにチョコレートを取り出してきた。
いつものノリとお約束のやり取り。 うん、 楽しい。
贅沢を言っちゃいけないのかも知れない。
何にせよ、 こうしてコタローが何年もずっと私だけのためにチョコを運び続けてくれているという事実は変わらないし、 こんな風にふざけ合っていられるのも幼馴染だからだ。
あれこれ考えずに、 この貴重な関係を大切にすべきなんだろうな……。
「美味しい? 」
「うん…… 美味しい」
コタローが、 うんと目を細めて、 まるで自分が食べてるみたいに満足げな表情で見ている。
ーー コイツ、 私が食べるのを見てる時って、 本当にこの上なく幸せそうな顔をするんだよね……。
妙に照れ臭くなって、 半分だけ齧ってモゾモゾと小さく口を動かしてみる。
「…… お前、 口の端っこにチョコのカケラがついてるぞ」
「えっ、 うそ! 恥ずっ! 」
慌てて右手を口元にやったら、
「違う、 こっちだよ」
そう言ってコタローが親指で私の口の左端を拭って、 そのままその指をペロッと舐めた
「ハハッ、 オマエ、 小っちゃい子みたいだな」
ーー うわっ、 うわっ、 うわっ!
コイツって、 今までもこんな甘い感じだったっけ? …… いや、 こんなの普通だったわ。
……ということは、 いつもと同じコタローの行動を特別に甘く感じちゃう私が変わったってことか…… 意識しすぎの挙動不審ヤロウだわ。
「あっ、 このレベルの甘さなら、 俺でもイケるかも。 バナナは好きだし」
「…… 食べてみる? 」
私がおずおずと差し出した残りの半分をコタローはジッと見つめて、 それから私をチラッと見つめてから、 無言でパクッと食いついた。
チョコレートを持っていた指先に一瞬だけ触れた唇。
この柔らかい唇に、 私は毎日キスしてたんだよね…… なんて考えている私は、 ふしだらでしょうか。
「うんっ! …… うわっ、 甘っ!…… やっぱチョコレートは甘いわ」
「…… ふふっ、 当然じゃん」
「そうだよな、 ハハッ」
「ほらっ、 コタロー、 食レポしてみなよ」
「えええっ、 マジかっ?! …… えっと…… バナナっぽい味に、 サクサク感と 小さいツブツブ…… 」
「食レポ下手すぎかっ! 」
「なんだよ、 いつものハナの食レポだって大概だっつーの! 」
「はあ?! 失礼なやつだな! 今まで散々食レポさせといて、 今さら駄目出しかっ! 」
「ハハハッ」
ーー うん、 めちゃくちゃ楽しい。
行き帰り一緒に登校して、 こうやって一緒にお昼休みを過ごして、 部活が無い日は帰ったら一緒に宿題をして…… 今のままで十分楽しいのに、 この時間を無理して失う必要はないんだよね。
…… だけど、 もしもコタローに、 幼馴染以上に大切な人が出来たら、 この関係は終わってしまうんだろうか。
例えば、 そう。
試合結果を真っ先に知らせたくて、 頭を撫でて褒めて欲しい…… そういう特別な『彼女』。
そんな彼女が出来た時、 コタローはそれをどんな顔で私に告げるんだろう。
嬉しそうに? 照れ臭そうに? それとも申し訳なさそうに?
そしてその時、 私はちゃんと笑顔で『おめでとう』って言ってあげられるのかな?
泣くのは嫌だな。 拗ねたり怒ったりもしたくない。
その時に向けて、 心構えをしておいた方がいいのかも知れない。
ちょっとずつ、 ちょっとずつ……。
「ヤバい! ハナ、 チャイムが鳴ったぞ。 ほれ、 対価をくれ」
コタローが膝を屈めて自分の前髪を上げた。
私が額に唇を当てると、 「よっしゃ、 行くぞ! 」と右手を差し出す。
差し出されたその手をキュッと握りながら、 こういうのもあと何回出来るのかな…… なんて考えて、 少し胸が苦しくなった。