33、 コタロー胸が痛む
「俺はさ、 ほら、 幼馴染のノリで済むけどさ、 他のやつは…… 違うじゃん。 勘違いして、 その気になっちゃうかも知んないじゃん」
「いやいやいや、 私に対してそんな物好きな…… 」
「なるかも知んないだろっ! 」
壁にドンッと手をついてから気が付いた。
ーー ヤバっ、 ハナをビビらせた!
目の前で肩をすくめて小動物のように怯えているいるコイツを見て、 急速に後悔の気持ちが押し寄せる。
いつもの昼休みの踊り場。
屋上に続くドアの小窓から薄っすら射し込む光の中、 いつものようにハナがチョコレートを食べる姿を見て、 それで満足な筈だった。
そのつもりだった。
なのに……
人間の欲って凄まじいと思う。
その笑顔を見ていられるだけで、 側にいられるだけで、 頼られるだけで、 それで十分幸せだと思うのに、 いつの間にか、 もっと先を望む自分がいる。
もっと近づきたい、 意識して欲しい、 特別になりたい …… 俺のことを、 好きになれ!
だから、 目の前で何の警戒心も持たず、 無邪気にチョコレートを頬張っているコイツを見ていると、 愛しいけれど、 憎らしくもなるんだ。
満足げに下がりきった目尻も、 口の中のチョコを消費しきれずモゴモゴさせている頬っぺも、 ホワイトチョコの欠片がついたプクッとした唇も、全部カワイくて仕方がないんだよ。
そんな顔、 無防備に晒してんじゃねえよ。
目の前の男は、 腹ん中が邪な気持ちでいっぱいなんだぜ。
ーー あ〜っ、 もう! コイツはっ!
決壊寸前の溢れ出しそうな気持ちを誤魔化すように、 ハナの両頬をムニュッとつまんでやった。
ハハッ、 どうだ、 ザマアミロ! タコチューにしてやったわ!
…… って、 タコチューになってもカワイイなあ、 おい。
頬っぺたが柔らかいぞ、 チクショー!
なのにコイツが抱きついてきたりするから悪い。
警戒心ゼロ。
俺への配慮、 マイナス10万。
まさか俺の見てないところで同じクラスの奴らにもこうやって抱きついてないだろうな?
いや、コイツならやりかねない。
チョコレート欲しさにキスしちゃうヤツだから。
お前アメリカ人かよ!
大和撫子ならもうちょいスキンシップを控えろよ!
壁に背を預けたまま、 横目でチロッと横顔を盗み見る。
だけどコイツの考えてることがさっぱり分からない。
いや、 大したことは考えてないのかもな。
明日のチョコレートは何がいいかとか、 晩御飯のおかずは何かな…… とか、 そんな程度だろう。
俺がどんなことを考えてるかなんて知りもしないで……。
『幼馴染のノリ』
『勘違い』
『軽々しく』
溢した言葉がブーメランになって、 そのまま自分の心に突き刺さる。
痛い…… めちゃくちゃ痛い。
ハナにとってはそうなのかも知れないけど、 俺の気持ちはとっくにそのラインを超えちゃってんだよ。
キスだってハグだって、 するのは俺だけにして欲しいんだ。 俺だけじゃなきゃ嫌なんだよ。
ごめんな、 俺ばっかり意識してて。
ごめんな、 幼馴染なのに…… ずっとお前のことが好きで。
固く目を閉じ、 ふ〜〜っと深く息を吐いて呼吸を整える。
瞼を開いて、 両手でパシンと顔に気合いを入れてから、 暗い表情のハナに向き直った。
「そんじゃ、 さっきの話の続きな。 新しいルール、 ちゃんと決めようぜ」
「…… ルール? 」
「そう。 この前ハナが言っただろ? もう口にはキスしないって。 俺もその方がいいと思う。 恋人同士でもないんだしな」
言いながら、 胸がキリリと痛むのを感じた。
「そうだな…… 頬っぺたかオデコだな。 ハナはどっちがいい? 」
「どっちでも…… 」
「それじゃデコにしとくか。 どっちがする? 俺? お前? 」
「どっちでも…… 」
「それじゃ、 今までどおりハナからな。 オッケー? 」
「…… うん」
そう答えたハナの瞳が揺らいだような気がしたけれど、 その意味を深く考える前に授業のチャイムが鳴った。
慌ただしく対価のキスを額に受けて、 物足りなさと寂しさを感じながら、 さっさと立ち上がる。
いつもより少し距離をあけたまま、 2人とも無言で階段を下りていった。