32、 好きになってごめんね
いつもの昼休みの踊り場。
白い壁に背中を預け、 足を伸ばして座りながら、 今日の一粒…… 『プレミアムチーズケーキ』味を頬張っていたら、 コタローがおもむろに切り出した。
「なあ、 新しいルール、 ちゃんと決めた方がいいんじゃね? 」
「ゔっ…… あたら? ……むぐっ」
口の中のチョコを消費しきれずモゴモゴしていたら、 コタローがぷぷっと吹き出して、 私の両頬を片手でむにゅっとつまんでタコチューにした。
「ハハッ…… 食べてから喋ればいいって。 美味いか? 」
ーー タコチューにされたら余計に食べにくいって!
…… って言うにも口の中のチョコが邪魔してるので、 とりあえず濃厚なチーズ味を堪能して、 お茶を一口飲んでから、 まずは「美味い! 」と手短かに感想を述べる。
「よくコレがゲット出来たね。 まったりしたチーズ感と、 後に残るしょっぱさがマジでプレミアムだよ! 」
「実は結構苦労したんだぜ。 昨日久し振りに2人でガラスボウルを見に行っただろ? 実はあの後すぐにさ、 1人で塾に戻ってソレを取ってきたんだ」
「嘘っ! マジで?! 」
昨日私が昼のドタキャンを謝りに行ったとき、 ちょうどコタローは、 塾にガラスボウルの写真を撮りに行くところだった。
それならと、 久々に2人でチョコレートの物色に行ったら、 1個45円の貴重品を発見したと言うわけだ。
「マジマジ。 だってそれラスイチだったし、 塾が終わるの待ってたら、 絶対に生徒に取られると思ったもん。 授業中だったから足音忍ばせてさ、 めちゃくちゃ緊張したっての! 」
「キャー、 コタロー! 最高! 大好き! 」
ガバッと抱きついて感謝と喜びを示してみたけれど、 その瞬間、 はたと気付いた。
ーー あっ、 私…… 抱きついてる。
いやいやいや!
今までだってハグとか普通にしてたし。 なんならもうキスとか毎日だし。
アメリカ人なら挨拶がわりだし……
でも私は、 アメリカ人じゃない……。
急に恥ずかしくなった自分に戸惑って、 かと言って急に離れるのも意識してるのがバレバレな気がして、 石膏のように固まって身動きが取れなくなった。
ドキンドキンドキン……
不意に背中を優しくポンポンと叩かれて、 腕からゆっくり引き離される。
そのまま壁に押し戻されて、 再び元の横並びになった。
「お前さ…… そういうの、 軽々しくすんなよ」
「えっ?! 」
「簡単に抱きついたり、 その…… 好き…… だとかさ」
「…… ああ…… うん」
「俺はさ、 ほら、 幼馴染のノリで済むけどさ、 他のやつは…… 違うじゃん。 勘違いして、 その気になっちゃうかも知んないじゃん」
「いやいやいや、 私に対してそんな物好きな…… 」
「なるかも知んないだろっ! 」
コタローが身を乗り出し、 壁にドンッと勢いよく右手をついた。
急に声を荒げられて、 ビクッと肩をすくめる。
…… っていうか、 コレは俗に言う『壁ドン』と言うやつでは……。
「あっ、 いや、 ごめん! 」
パッと壁から手を離し、 すぐに元の位置に背中を戻すと、 正面を見たまま早口でまくしたてる。
「俺はいいんだよ! 俺にならいいんだけどさ…… 他の男には、 そういうの、 やめた方が…… って、 ごめん…… ウザいな、 俺」
ふ〜っ……と深いため息をついて、 そのまま黙り込んだ。
「いや、 別に…… 私もゴメン。 軽々しかった」
コタローは今、 どんな表情をしているんだろう。
すぐ隣にいるのに、 顔を覗き込む勇気もなくて、 2人揃って目の前の白い壁を見つめていた。
『幼馴染のノリ』
『勘違い』
『軽々しく』
そうなのかな?
コタローにとってはそうなのかも知れないけどさ、 たぶん私の持ってる気持ちは、 そのラインを超えちゃったような気がするんだ。
キスだってハグだってコタローだからするんだよ。コタローじゃなきゃ出来ないよ。
コタローにとっては違うのかな。
他の女の子にも、 そうやって、 挨拶がわりだよって笑うのかな。
ごめんね、 私ばっかり意識してて。
ごめんね、 幼馴染なのに…… 好きになって。
かすかに触れている右肩からは、 コタローに私の体温が伝わっているだろう。
だけど、 私の気持ちは伝わらない。 伝えられない…… 。
そう思うと、 ちゃんと息をしているはずなのに、 なんだか呼吸が上手く出来ていないような気がした。