3、 対価交換
へっ? なに言ってんの? どういうこと?
唐突に耳に飛び込んできた『キス』の2文字に、 我が耳を疑った。
「…… えっ? もう一度言ってもらえる? 聞き間違えたかもしんない」
「キスだよ…… キスしろって言ったの」
「へっ?! 」
「さっきから、『へっ? 』とか『えっ? 』とかうるさいよ、 お前。 チョコを渡したら代わりに欲しいものをくれるんだろ? だったらキスがいいって言ってんの」
「…… 私の? 」
「うん、 お前の」
「私が? …… あんたに? 」
「うん、 お前が俺に」
「そしたらチョコをくれるの? 」
「うん、 やる。 毎日好きなのをやる」
「なんか、 おかしくない? 」
「おかしくなんかないよ。 アメリカじゃ朝晩のキスが当たり前なんだぜ」
「そっか…… そんなもんか」
「そんなもんだよ」
「そんじゃ、 いいのか」
「いいんだよ」
そっか〜……。
いやいやいやいや!!!!
私は思わず立ち上がり、 自分の頭を抱え込む。
「ちょっと待って! もう一度整理するよ。 もしもあんたが毎日チョコをくれるなら、 私もあんたに欲しいものを与える、そう言った。 ここまでは分かってるよね? 」
「……おう」
「あんた、 私が持ってる折り畳み式のハンディー扇風機を欲しがってなかった? アレあげようか?! 乾電池もつけるし」
「そんなんノリで『ちょっといいな』って言っただけだよ。 あんなガラクタいらねえ〜わ」
「マジかっ! 私、 次のコタローの誕生日プレゼントはアレにしようって決めてたのに! 」
「全力でお断りだわ! 絶対にやめてくれ」
「…… それじゃ、 物じゃなくてもいいんだよ。例えば勉強を教えるとか、 掃除当番を変わるとか…… 」
コタローは呆れたようにフ〜ッと深い溜息をつくと、 ギシッと椅子から立ち上がって来て、 私の前に仁王立ちになった。
さっきまでと違う真剣な表情に気圧されて、 思わずまたベッドにポスッと腰を下ろす。
それを見届けてから、 コタローは私の前でヤンキー座りして、 硬い表情のまま見上げてきた。
「…… それ、 さっきも言ったよな。 勉強を教えるったって、 お前より俺の方が成績いいじゃん。 大体さ、 お前、 往生際が悪いよ。 欲しいものをくれるって言ったの、 お前じゃん」
「言ったけど…… 」
するとコタローは、 目をニコッと三日月のように細めて、 こともなげに言う。
「だからさ、 キスなんてアメリカじゃ挨拶がわりなんだって。 深く考えんなよ、 キスとチョコの対価交換ってだけだ。 お前が好きなゲームでも錬金術士が対価交換してんじゃん」
その時の私は、 なんでかコタローの言う『キスとチョコの対価交換』という言葉に納得してしまって、 気付くとコクリと頷いていた。
たぶんコタローは、 テレビでアメリカのホームドラマでも見て影響されたんだろう。
…… だけど、 本当にいいのか? そんなものなのか?
キスってそんな簡単にするものなのか?
だってここはアメリカじゃないし、 日本だし!
やっぱり未だ腑に落ちないような気がするけれど、 とりあえずこれでチョコはゲット出来る事になったんだ…… よね?
なんか面倒になったんで、 私は深く考えるのをやめた。