20、 ロールケーキは胸焼けを起こす
「それで、 なんでココに来ちゃったの? 」
調理室の机にうつ伏せている私を京ちゃんが呆れ顔で見てきたけど、 そんなの答えようがない。
だって私もなんでか分からないんだから。
京ちゃんは『お菓子部』に入っていて、 週に2日の活動日は調理室でお菓子作りをしている。
『お菓子禁止令』が出されている私には目の毒なので、 ここには滅多に立ち寄らないのだけど、 今日は真っ直ぐ家に帰る気になれなかった。
「いい匂いだね、 今日は何作ってるの? 」
「ロールケーキだよ。 抹茶とイチゴの2種類」
「美味しそう…… 」
「若葉さんに内緒で食べちゃう? 」
「ん〜、 いいや。 昼に信玄餅チョコ食べたし」
「コタローのチョコ一筋か。 ちゃんと操を立てて、 偉いエライ! 」
「なんじゃ、 そりゃ」
京ちゃんは私が昼にコタローからチョコレートを貰ってることを知っている。
だけどキスのことは知らない。
京ちゃんは抹茶色をした正方形の生地にホイップクリームを広げながら、 目だけ私の方にチロリと向け、 何でか楽しそうな口調で言った。
「それで、 相手の女は誰なの? どんな感じ? 美人? 」
「う〜ん、 先輩なのかなあ? 落ち着いた感じの美人? 」
ツヤツヤしたマロンブラウンの髪は、 ちゃんと手入れが行き届いている感じで、 近寄ったらきっといい香りがするんだと思う。
たぶん下ろしたら肩よりちょっと長いくらいであろうセミロングで、後ろで一つ結びにしていた。
色が白くて目はパッチリしていて…… タイプで言えばキレイなお姉さん系というんだろう。
「喋ってこれば良かったのに」
「ええっ、 嫌だよ! なんか邪魔しに行くみたいじゃん! 」
「何言ってるのよ、 コタローがハナを邪魔にしたことなんて一度だって無いでしょ」
「無いけど…… 剣道部に女子もいるって知らなかったから、 なんか驚いた」
「いるに決まってるじゃん! コタローの隣にいる女子はハナだけじゃないんだからね」
そう言われてはたと気付いた。
私の知ってるコタローはいつも私のそばにいて私と話してるから、 それが当然だと思っていたけれど…… 私が知らないコタローが私の知らない女の子と仲良くしていても全く不思議ではないんだ。
そう、 例えばさっきみたいに……。
また心臓のあたりがモヤッとしてきた。
ロールケーキの甘い香りに胸やけしたのかも知れない。
「あのさ…… ここでウダウダ考えてるくらいなら、 コタローのところに行きなよ。 急に逃げられて傷ついてると思うよ。 コタローは何も悪くないのに」
「勝手に部活に行くヤツが悪い」
知らない顔をしてるのが悪い。
女子部員に足を預けてニヤけてるのが悪い。
「そんなのコタローの勝手だし、 コタローはあんたのもんじゃないし。 とにかく、 まだ足も痛いんだろうし、 一緒に帰ってあげなよ」
シッシと片手で追い払われて、 仕方なく重い腰を上げる。
「これ、 コタローと若葉さんに」
京ちゃんが切り分けてくれたロールケーキはやっぱり甘い香りがして、 私の胸をモヤモヤさせた。
そのまま家に帰ってしまおうかと思ったけれど、 やっぱりコタローの足が心配だ。
一緒に帰った方がいいだろう。
武道場に行ったらちょうど稽古が終わったところだったらしく、 奥の更衣室から部員がゾロゾロ出て来ていた。
入り口の扉に背中を預けて立っていたら、 コタローが出て来た…… と思ったら、 他の部員とともにさっきの女子部員も出てきた。
コタローと肩を並べて楽しそうに喋っている。
下ろした髪は、 やっぱり肩より少し長いくらいくらいのセミロング。
サラサラしていて絹糸みたい。
今度も先に私に気付いたのは彼女の方だった。
彼女が立ち止まるとコタローも立ち止まり、 他の部員たちも足を止める。
そのまま全員が彼女の視線を追って私を見た。
注目されることに慣れてない私には、 みんなの視線が痛い。
「小夏…… こんなとこで何してんだよ」
「いや…… あの、 お邪魔しました、 サヨウナラ」
「いやって、 ちょい待てよ!…… すいません、 俺、 コイツと帰るんで」
コタローは立ち去ろうとする私の手を掴んで、 後ろの女子部員を振り返った。
「分かったわ、 天野くん、 お大事にね」
キレイなお姉さん系の女子部員は、 声も穏やかで柔らかくてキレイ系だった。
ーー あっ、 またモヤッとする。
もやもやムカムカしてるのは、 たぶん京ちゃんに持たされたロールケーキのせいなんだろう。
たぶん、 きっと、 そうに違いない。