18、 頬へのキス
「ほら、 信玄餅」
いつもの場所でコタローからチョコを受け取って、 包装紙をカサッとめくる。
今日のチョコは、 老舗の信玄餅と抹茶、 そして黒蜜という夢のコラボで、 コンビニ限定の1品だ。
抹茶チョコの表面が格子柄になっていて、 いかにも『和!』という雰囲気を醸し出している。
ポイッと1口で頬張ったら、 黒蜜ときな粉の程よい甘さが口いっぱいに広がって、 その後に残る抹茶のほろ苦さとのバランスが絶妙だ。
中に入ったグミが信玄餅の食感を上手く表現していて、 いつもながら見事な再現率。
「ハナ…… 美味しくなかった? 」
「えっ? 」
「いつもの感想が出てこないし、 それに…… いつもの満足そうな顔をしていない」
ーー うっ、 鋭いな!
昨日はコタローの足の件があったからチョコは必要ないって言っておいたのに、 帰ってしばらくしたら、 いつものようにチョコが入ったボウルの写真がメールで送られてきた。
『今日はいらないよ』と返信するつもりだったのに、 写真の中に『信玄餅 宇治抹茶』を発見して、 普通におねだりしてしまった。
だって大好きな和テイストだし!
1個48円の高級品だし!
メールを返信してから考えた。
コタローはいつもこうやって私のために無理してたんじゃないかって。
チョコにしても、 足の捻挫にしてもそう。
私が気付いていないだけで、 それ以外にも私が知らないところでいろいろ頑張ってくれてたんじゃないだろうか。
ずっと私の弟分みたいに思っていた。
だってコタローは私の言うことに従順で、 どんな命令だってうんうん言うことを聞いていた。
自分の方が5ヶ月お姉さんで、 私の方が偉くて、 アイツは忠犬ハチ公みたいにどこに行くにも付いてきて……。
私がコタローの面倒を見てるんだと思ってた。
だけど、 本当に面倒を見てもらってるのは私の方だったんじゃないかって思った途端、 急に恥ずかしさが込み上げてきて、 同時に悔しくなった。
こんなのに勝ち負けなんて無いけれど、『負けた』って思ってしまったのだ。
私がお山の大将で威張ってる間に、 コタローは勝手に剣道を始めてて、 一緒に帰らない日が出来て、 足を怪我したって内緒にしてて、 背もグンと伸びていて…… 私の知らないコタローがどんどん増えていく。
焦る。
私だけ成長してない。
ヤバイ、 コタローに置いてかれる。
そう思ったら頭の中がグルグルして、 コタローの前でどんな顔をすればいいのか分からなくなったのだった。
「コタロー、 悪かったね」
「えっ、 なんだよ」
「なんかいろいろ。 チョコだって無理して取ってこなくても良かったのにさ」
「無理なんてしてねえよ」
「だって、 足を捻挫してるのに塾まで写真を撮りに行って、 夜もチョコを取りに行って…… 今だってこんなとこまで階段を上がってさ。 絶対に無理してるじゃん」
「だから、 そんなの一晩寝たら殆ど痛みも無くなったし、 俺がいいって言ってるんだからいいじゃん」
「でもさ…… 」
「デモデモうるさいよ。 なに、 お前、 今チョコをもらって嬉しくなかったの? 美味しくなかった? 」
「いや…… めちゃくちゃ美味しかったデスヨ」
「じゃあいいだろ。 喜んで笑っとけよ」
「ハハハハハ…… 」
コタローがちょっと眉根を寄せて、 私の両頬をムニッとつまみ上げた。
「いつもの笑顔じゃない。…… 笑えよ、 ハナ。 お前は難しいことを考えずに、 いつも通りに笑ってればいいんだよ」
「でも…… 」
コタローが頬をつまむ指を離したと思うと、 すぐさま左頬にチュッとキスをした。
「今日の対価はコレでいいや。 いいか、 ハナ、 俺に悪いとかチョコはいらないとかもう絶対言うなよ」
「…… はい」
コタローはクルッと回れ右をして、 右足を軽く引きずりながら、 ゆっくり階段を下り始める。
3段ほど下りたところで振り向いて、 「ハナ、 行くぞ」と言われるまで、 私はコタローの真っ赤な耳を見つめてぼ〜っと突っ立っていた。