15、 ピリ辛い1日 (1)
「はい、 コレで合ってる? カレーパン味」
屋上に続く階段の踊り場で、 コタローがポケットから取り出したチョコレートを手に乗せて見せる。
「そう、 そう、 コレ! この前テレビで紹介されてるのを見て、 気になってたんだ〜 。よくこんなのあったね」
「なんか5年生の子の親がどっかで買ってきたらしい」
「5年生の親、 グッジョブ! だね」
「ハハッ、 そうだな、 グッジョブだな」
小4から始まった対価交換は、 中2の今もまだ現在進行形で継続中。
この踊り場でコタローと一緒にお昼を食べて、 それからチョコレートを受け取るのもルーティンワークとして自然なこととなっていた。
「でもさ、 チョコにカレーっておかしくね? 」
「おかしくね〜わ! それにコレは『カレー味』じゃなくて『カレーパン味』なんだからね! 」
「そんなん変わんないじゃん」
「変わります〜! ここの商品はね、 オリジナルの食品の味の再現度の高さが売りなの。 だからコレもきっと、『カレー』じゃなくてわざわざ『カレーパン』って書いてるとこに意味があるのよ」
「ふ〜ん、 そんなもんなの? ってか、 ハナは刺激物苦手じゃん。 大丈夫なのかよ」
「甘口カレーなら平気だし。 それにコレは『カレーパン味』だけど一応チョコなんだから大丈夫だよ。 ちょっと見てなよ、 私が抜群の食レポしてあげるから」
私はコタローの手からチョコを摘み上げると、 まずはその包装をマジマジと見つめて外観の説明から入る。
「おおっ、 黄色い包装に、 赤い『カレーパン』の文字。 そこにパカッと割れたカレーパンの写真! 裏を見ると、赤い字で『辛味注意』と書いてある! コレは辛味の宝石箱や〜! 」
途端にコタローがププッと吹き出す。
「んっ? 何か文句でも? 」
「いや、 ございません。 どうぞ続けてよ、 食レポ」
私の渾身の食レポの途中で吹き出したのはけしからんけど、 なんか嬉しそうにしてるので、 気にせず先に進む。
外観の次は中身の方だ。
包装紙をめくって中のチョコを取り出す。
「うわっ、 想像以上に黄色っ! コタロー見てよ、 めちゃくちゃ黄色い! 」
「ホントだな、 こんなのチョコじゃなくてカレールウじゃん。 お前コレ、 本当に大丈夫なの? 」
「大丈夫! 行くよっ! 」
私は黄色いチョコを半分だけ齧ってみる。 食レポ再開だ。
「うん、 美味しい! 思った以上に本気のカレー味! 甘口カレーっぽいカレーペーストに何かのサクサク食感、 んっ? このサクサクは何だろうな? このサクサクの部分がパンっぽい味を表現しております! そして、 後から追いかけてくる辛味! なんか全部食べ終わった後に喉に残る謎の辛味! うっ、 喉がピリピリする! コタロー、 水! 水をっ! 」
「おい、 お前大丈夫かよっ! 待ってろ、 水を汲んで…… いや、 ハナ、ウォータークーラーまで走るぞ! 」
コタローに手を引かれて階段を駆け下りてたら、 途中で一段踏み外して前のめりになった。
「ハナっ! 」
コタローが階段で足を踏ん張って抱き抱えてくれたお陰で、 危機一髪、 顔面から落ちるのを避けられた。
「ハナ、 大丈夫か? 」
「ビックリしたけど大丈夫。 それよりも、 のっ、 喉のピリピリがっ! 」
「ハハッ、 ほら、 急げ! 」
「うん」
ウォータークーラーの水をがぶ飲みしてたら、 後ろからコタローの大爆笑が聞こえてくる。
くそっ、 笑われた。 せっかくの食レポは中断するし、 喉がヒリヒリするしで最悪だ。
トイレに行くと言うコタローを置いて先に教室に戻ってから、 ふと気付いた。
ーー んっ、 そう言えば、 今日は対価を払ってないや。
キスをする前に水を求めて走り出してしまった。
コタローは何も言ってなかったけど、 キスはしなくてもいいのか?
私から聞いたほうがいいのかな。
どうやって?
『キスしなくてもいいの? 』…… って、 なんか私がしたいみたいじゃない?
『ごめん、 ごめん、うっかりしてキスを忘れてたわ』…… コレが正解?
でも、 やっぱり私から言い出した時点で私がしたいみたいに聞こえないか?
どうしよう…… でも、 しなきゃ対価交換にならないよね。 しなきゃ悪いよね。
「まっ、 いいか。 私を笑ったからムカつくし、 コタローが言ってくるまで放っておけば」
なんか分からなくなったので、 考えるのをやめた。