14、 コタロー、 美味しん坊将軍に挑む
「ハナ、 今日も俺んちで宿題やるだろ? 」
「ダメ! 将軍様が待ってるから! 」
「…… はあ? 」
それは中学校に入ってすぐの春。
いつもの帰り道で、 いつものやり取りになるはずが、 今日は勝手が違った。
「昨日から『美味しん坊将軍』の再放送がやっててさ、 コレがめっちゃ面白いのよ。 …… あっ、 コタローがうちに来なよ。 将軍様を見てから宿題しようよ」
いつもより自転車を漕ぐスピードがやけに速いと思ったら、 再放送に間に合うためかよ……。
なんだ、 そりゃ…… と思いながらも、 ハナがそんなに夢中になるものが気になるので、 家に帰って勉強道具一式を持つと、 いそいそとお隣の桜井家に向かった。
***
パカラッ、 パカラッ!
馬のひずめの音と共に、 遠くから白馬にまたがった将軍様が走ってくる。
壮大な富士山をバックに立ち止まると、
『美味しん坊将軍』のタイトルバック。
ジャジャジャーン!
ジャ、 ジャ、 ジャ、 ジャーン!
「「 キャーーッ! 将軍様〜! 」」
ソファーに座りながらも、 母娘揃って思いっきり前のめり。
胸の前で指を組んで、 目にはハートが見えるようだ。
「ハナだけじゃなくて、 若葉さんもだったんですね」
ため息をつきながらそう言ったら、 若葉さんがキッと横を見て、「若葉さん『も』じゃなくって、 私が先に好きだったの! リアル放送時に見てて、 昨日再放送を見てたらハナがハマっちゃったのよ」と、 何言ってるんだ…… みたいな目で見てきた。
確かに将軍様は、 男の俺から見てもカッコよかった。
白馬にまたがってるってだけでも魅力が三割増しなのに、 色気のある切れ長な目にスッと通った鼻筋。 藍色の袴姿も似合っている。
「…… ハナはさ、 こういう和風な顔が好みなわけ? 」
「いや…… 顔って言うよりも、 あの袴姿とか…… あとは、 やっぱ刀でバッサバッサと切り倒してくのが痛快だよね。 やっぱ男は強くなくちゃでしょ! 」
ーー 袴姿ねぇ…… そして、 強くないと…… か。
そんなん平成生まれに再現しろったって無理じゃん!
刀なんて振り回したら捕まるしっ!
「…… あっ! 」
「何? コタロー」
「いや、 なんでもない」
あるじゃん! 袴を履いてチャンバラっぽい事が出来るやつ。
ーー 俺、 剣道始めます!
小4で対価交換のキスを始めて、 ハナが想像以上に危なっかしいと気付いた時、 俺はハナの理想の男になろうと決めた。
幼馴染なんて、 なんの約束もない。
むしろ近過ぎて意識されてない分、 不利なのかも知れない。
だったら、 いつどんなヤツが目の前に現れても、 その時にハナが俺の方を選ぶようにするしかないって思ったんだ。
勉強だってスポーツだって頑張った。
朝のジョギングも欠かさない。
泡の洗顔フォームで丁寧に顔を洗い、 ニキビ対策だってバッチリだ。
コレで剣道を始めて、 カッコいいところを見せたら惚れられるんじゃないか?
…… な〜んて、 甘い夢を見ていた俺が馬鹿だったと気付くのが、 この半年後。
剣道なんて大半が小学校3年生とか4年生で始めてて、 俺みたいに中学で始めて半年の経験者なんて、 まだド素人に毛が生えたようなもんだった。
試合では立ち位置から間違えて審判に注意されるし、 開始直後に2本取られてあっという間に敗退。
試合のテイをなしていなかった。
ちょっと器用で運動神経がいいからって、 武道を舐めてた自分を反省したし、 もっと上手くなりたいと思った。
そして何より…… こんなカッコ悪い姿をハナに見られなくて本当に良かった。
今度ハナを試合に誘うのは、 俺が勝つ実力と自信をつけてからだ。
もっと強く、 もっと魅力ある、 『美味しん坊将軍』以上の男に…… 俺はなりたい。