13、 慰めてよ
「ハナ、 試合を観に来ない? 」
コタローが剣道を始めて半年ほど経った頃、 いつもの踊り場で、 いつものようにチョコを手渡しながら、 サラッと言われた。
「えっ、 試合って、 剣道の? 」
「他に何があるんだよ。 今度の日曜日、 うちの学校で隣の中学の剣道部と練習試合があるんだ」
「コタローも出るの? 」
「もちろん! カッコイイとこ見せてやる。 来る? 来ない? …… 絶対に来るよな! 」
返事をする前にグイッと頭を押さえこまれて頷かされた。
ーーそんな事されなくたって、 コタローの晴れ舞台を観に行くに決まってるじゃん!
***
日曜日は生憎の雨模様で、 どんよりと鉛色に曇った空から、 今にも雨粒が落ちてきそうな気配を見せていた。
そして窓の外の曇天をぼんやり眺めながら、 私の心もどんよりしていた。
「もうっ! 私の馬鹿! 」
風邪を引いた。
数日前から喉が痛いとは思っていたけれど、 熱もなかったし大丈夫だろうと油断していた。
昨夜から頭痛がして、 今朝になったら37.9度の熱が出ていた。
『風邪引いた。 試合に行けなくてごめん。家で応援しとくよ。頑張って! 』
『おう! 1位の賞状を持って見舞いに行ってやるよ』
メールで応援メッセージは送ったけれど、 出来れば目の前で試合を観て応援したかったな……。
仕方がないから、 ベッドの上で窓の外を眺めながら、 コタローの初勝利を祈った。
ウトウトしていたら、 ドアをノックする音で目が覚めた。
ガチャッとドアのレバーハンドルが下がり、 ちょっとだけ開いたドアの隙間から、 コタローの顔がひょっこり覗いた。
「コタロー…… 」
「起きてたのか。 入っていい? 」
「うん」
コタローがベッドの端にギシッと腰を下ろし、 右手を私の額に当てて熱を診る。
冷んやりして気持ちいい。
「まだちょっと熱いな…… 薬は飲んだ? 」
「うん…… 食欲は無いけど、 お母さんが作ってくれたお粥を少し食べて、 薬を飲んだ」
「そうか…… チョコ食べる? 」
階下を気にしながら声を潜めて聞いてきた。
私が頷くと、 ジーンズのポケットに手を突っ込んで、 小さな四角の塊を差し出す。
「やった〜、 『杏仁豆腐』味だ! 」
「ほら、 見つからないうちに早く食べろよ」
「うん」
パンダのイラストが描かれたかわいい包装を開き、 中からホワイトチョコレートを取り出し一口で頬張る。
「美味しい! 本当に杏仁豆腐みたいだよ。 グミがしっかりしてる」
「美味しい? 」
「うん! ありがとう! 」
コタローは、 私が食べてる顔を見るのが好きだと言う。
でも私も、 私の食べる姿を見ながらシアワセそうにしているコタローのフンワリした笑顔が好きだなぁ〜と思う。
なんか子犬っぽい。
「今日の試合、 行けなくてごめんね」
ヘッドボードに背中を預けながらそう言ったら、 コタローが視線を逸らして「別にいいよ…… 」とボソリと呟いた。
「試合、 どうだった? 」
「…… 負けちった」
唇を尖らせて目を伏せた。
「そっか…… 次はきっと勝てるよ…… 」
「ん…… 疲れた。 ハナ、 癒しが必要…… 」
顔を至近距離まで近づけて目を閉じた。
「風邪…… 移るじゃん」
「いいよ、 もう試合終わったから、 俺がお前の風邪をもらっちゃる。 それに…… 対価交換は決まりだからな」
私がそっとキスをして顔を離すと、 コタローはコロンと横になって、 布団の上から私の脚に頭を乗せた。
「勝ちたかったな……カッコ悪ぃ……俺」とボソリと言う。
コタローが弱音を吐くなんて珍しい。
よっぽど今日の試合に勝ちたかったんだろうな……。
「よしよし、 頑張った」
こういうのを『母性』って言うのかな。
目の前でふて腐れたような顔をして寝転んでいるコタローがなんだか愛しくて、 彼の少しクセのある柔らかい猫っ毛が気持ちよくて……。
このままずっと、 こうして触れていたいな…… なんて思ってしまったんだ。