11、 コタロー焦る
「なんか私ばっか食べてて悪いね」
「いいよ、 俺にはご褒美があるから」
「へえ〜っ、 なんかいいことでもあるの? 」
「うん、 ハナにキスしてもらうから」
待望のチョコを口にして満足してるアイツに、 不意打ちのセリフ攻撃。
案の定、 ハナは鼻からチョコレートを出しそうな勢いで目を見開いた。
ーー 困れ、 困れ。 ちょっとは俺のことを意識してみろよ。
チョコとキスの等価交換を約束してからというもの、 時々ハナがドギマギしたり狼狽えたりするようになった。
ずっと自分ばかりが振り回されてきたから、 この状況が少し楽しいと思っている自分がいる。
あれっ、 俺って忠犬ハチ公キャラだと思っていたけど、 まさかのSっ気もあったのか?!
だけど、 そこは流石ハナ。
「よしっ! 約束は守るよ。 キスしよう! さあ来い! 」
コイツ、 納得するの早過ぎね?
言い出した俺が言うのもなんだけど、 なんでそんな前向きに受け入れてんだ?
馬鹿者め。
どうせまたメンドくさくなって、 深く考えるのを投げ出したんだろう。
だけど、 俺だってこのチャンスを逃す気はない。
だって、 好きな子からのキスなんだぜ? そんなの欲しいに決まってるだろ?
「お前からしろよ、 ご褒美なんだから」
早鐘のように鳴り響く心臓をなだめながら、 努めて平静を装う。
目の前で腰を屈めて顔を突き出したら、 次の瞬間、 唇の左端に柔らかいものが触れた。
「あっ、 ズレた! 」
ああ、 ズレたのか、 別にそれくらいは…… って、
いやいやいやいや!!!
いま問題にするのはソコじゃないだろっ!
真ん中に命中したかズレたかなんて、 どうでもいいんだよ。
なんでコイツ、 ナチュラルに唇にキスしてんの?
キスっつったって、 そんなん普通はほっぺにチューくらいなもんだろう!
お前はチョコ1個のために口にキスしちゃうわけ?
対価交換って、 お前のキスはそんな安いのかよ!
それに…… コレってファーストキスだったんじゃないの?
俺はいいさ。 ハナが初めての相手で万々歳だ。
だけどハナ、 お前はこれでいいのか?
「お前、 ムードが無いな」
無理やり作り笑いをして言葉を絞り出したら、 ハナが「ムードが無くて悪かったね! 」と鼻にシワを寄せた。
ああ、 俺、 アホだ。
ムードが無いのは俺の方。
ハナの大事なファーストキスを奪ったっていうのに、 もっと優しい言い方は出来ないのかよ、 俺!
…… ん? でもさ、 これって奪ったって言うのか?
キスは対価交換なわけで、 俺は頬っぺただと思ってたのに、 アイツが勝手に勘違いして唇にしてきたわけで……。
動揺している俺を尻目に、 ハナが扉の方に歩き出した。
「コタロー、 塾に行こう」
「へっ? 」
へっ? コイツ動揺してないのか?
俺の方はめっちゃ動揺しまくりなんですけどっ!
「塾って…… 今日は俺たちの授業ないだろ」
ハナと俺が塾でクラスを取ってるのは火曜日と木曜日だけ。
今日は金曜日だから、 塾に行く必要はないはずだ。
まあ、 今までコイツは塾がない日でも、 終わり頃に来てはちゃっかりチョコレートを貰ってたわけだが……。
「何言ってんの、 明日用のチョコを選びに行くんじゃん」
「えっ、 明日? 」
「だから、 明日もコタローがチョコを取ってきてくれるんでしょ? どれにするか選ばないと」
「えっ? ああ…… うん」
ーー コイツ、 マジで意味わかってんのか?
「あのさ、 ハナ、 明日もするの? その…… 対価交換」
「えっ、 だって、 コタローがそう言ったんじゃん。 毎日好きなのをくれるって」
「そりゃ、 言ったけど…… 」
ーー 確かに言ったよ! 言ったけれども……。
「早く行こうよ。 風子先生が授業してる間に見ときたいからさ。 私さ、 やっぱり和風シリーズがいいかなって思うんだよね。 京ちゃんが、 きなこに黒蜜が入ってるバージョンもあるって言ってて…… 」
俺の手を取ってグングン歩いて行くコイツの横顔を見ながら、 急速に不安と焦りが込み上げてきた。
ダメだ、 こいつ…… 無防備過ぎるだろ。
こんなん続けるつもりかよっ!
なんで抵抗しねえの?
お前さっき、 ファーストキスを失ったんだぞ!
もうちょい動揺とかしろよっ!
そんなにチョコが食いたいのかよっ!
食い意地張りすぎだろう!
こんなんじゃ…… 誰かにチョコレートケーキを1ホール丸ごと差し出されたら、 その先だって簡単に許しちゃうんじゃねえの?
ダメだ、 そんなの。
どうにかして阻止しないと……。
幼馴染とか長い付き合いなんて言うのはなんの保証にもならない。
例えば、 ちょっと爽やかでちょっとイケメンなヤツが一緒にクラス委員をやろうと言えばそっちに掻っ攫われるし、 誰かが高級チョコレートを携えてやってきたらあっという間にキスを奪われるレベルなんだ。
ーー しっかりしろ、 考えろ…… 俺。
もっと…… もっと頑張るんだ……。
小4の春、 チョコレートの対価で好きな子のファーストキスをいただいた俺は、 たかがチョコレートのためにファーストキスを捧げた幼馴染の間抜け顔を見ながら、 頭の中でグルグルと考え続けていた。