10、 コタロー計画する
「ん〜っ! まろやかな甘さ! 美味しい! 」
塾でアイツが指差していた、 薄ピンクにイチゴの絵のチョコを差し出すと、 ハナはパアッと顔を輝かせて、 それを半分だけ齧った。
「ハナ、 美味いか? 」
「うん、 想像以上。 コタロー、 ありがとう! 」
ハナは頬に手を当てて、「ん〜っ」と満足そうに目尻を下げる。
チョコ以上に甘くてトロけそうな笑顔。
そうそう、 俺が見たかったのはハナのこの顔なんだ……。
***
ハナにチョコの運び屋を頼まれた俺は、 どうしたらコトがスムーズに運ぶか考えてみた。
ハナにはわざと勿体ぶった言い方をしたけれど、 正直言うと、 チョコをゲットするのなんて簡単な事だ。
塾のガラスボウルに入ってるチョコは、 母親が大袋からザラザラと移し替えたものだから、 元の大袋から1個拝借してこれば済む話なのだ。
塾の建物の1階には、 簡単な調理が出来る狭い給湯室兼キッチンがあって、 シンクの下の棚には例のチョコレートが常備してある。
それはスーパーで買ってきた大袋だったり、 コンビニで見つけた新作だったり様々なのだけど、 生徒の親たちが面白がって旅先で買ってきてくれたご当地限定のもあったりして、 非常にバラエティー豊かなラインナップとなっている。
だから生徒たちも帰りに選ぶ1個を楽しみにしているのだ。
そういう訳で、 母親が授業をしてる最中にそこから1個持ってくるのが一番安全で手っ取り早い方法なんだけど…… なんだかそれはやっちゃいけないような気がした。
手抜きをして得た報酬には意味がない気がするし、 ハナに『対価交換』を持ちかけた以上、 それに見合うリスクを負うべきだ……と、 俺はそう思うから。
ハナが欲しいのは『塾のチョコ』なんだ。
ハナが指差して選んだ『ガラスボウルの中のチョコ』じゃなきゃいけないんだ。
ハナが選んだその1個が、 翌日もそこにあっちゃいけないんだ……。
最初は、 親が寝静まるのを待ってから、 夜中に塾の方に行こうかと考えたけど、 すぐにダメだと気付いた。
夜中にベッドを抜け出して行くのは見つかるリスクが高い。
両親が寝てるのは1階奥の部屋で、 こちらから親の動きが見えないぶん、 タイミングを測りづらい。 階段を降りた途端に出くわしたらもうアウトだ。
だからヤルのは、 母親が塾から帰ってきて、 尚且つ俺が寝るまでの短い時間帯。
どうにか理由を作って、 正々堂々と塾の方に行くのがいいだろう。
理由は…… そうだな、 やっぱりじいちゃんだな。
じいちゃんの部屋には毎晩夕食後に囲碁を打ちに行ってるし、 勉強を教えてもらいに行くのもしょっちゅうだから、 俺が通っても全く違和感は無い。
じいちゃんには悪いけど、 囲碁の時間を寝る前にズラしてもらおう。
囲碁をしに行った時に階段下でチョコレートを取ってくる。
この方法が一番怪しまれない。
じいちゃん、 ごめんな。
囲碁の時間変更の理由がチョコレートだなんて知ったら、 思いっきりガッカリだよな。
だけど、 前にじいちゃんが言ってただろ?
『虎太朗、 男なら命がけで守りたいと思うものを一生のうちで1つは持てよ。 大事なものが出来るとな、 生きる張り合いが出来て、 どんな辛いことも乗り越えられるし、 実力以上の力が出せるもんなんだ』
命がけで守りたいかっていったら良く分からないけど、 とりあえず今、 俺にとって大事なものはハナなんだよ。
だから、 ハナと、 ハナが欲しがってるモノのために、 俺は頑張りたいんだ。
それがチョコレートだなんて言ったら…… やっぱりじいちゃんはガッカリしそうだな。
だから今はまだ内緒だけど、 いつか正直に打ち明けるからさ、 それまではコッソリ名前を使わせてくれよ。