第四話:ユディルとティルファリーナ、そして時々リリアナたちⅡ
ユディルは思う。
普段は冷静沈着でクールビューティーと称されてもおかしくないティルファリーナが、戦闘となれば性格が変わるのは理解しているし、把握もしているし、そういうときがあっても仕方ないとは思っている。
(でも、戦闘狂としての度合いの違いはどうにかならないものかね)
戦闘狂としての触れ幅の差があるのが、ティルファリーナである。
上がりすぎると嬉々として女性としてはヤバいであろう狂気を出すこともあるし、逆に低ければ普段通りの性格で戦闘を行う。
正直、ユディルとしては上がりすぎた戦闘狂っぷりよりも、ちょうど中間のどこか冷徹さを持ったような戦闘狂っぷりの方が怖くて仕方ない。
(まあ、それも俺に何らかの被害が出たときだけな訳だけど……)
もし自分が全力で止めなかったら、一体どこまで殺戮を繰り返していたのか――そんなの、考えたくもない。
だから、こうして普通に憧れなどに向けられるような、目を輝かせているぐらいのレベルなら、まだ良い方なのだ。
『ユディル?』
綺麗な見た目の彼女に相応しい綺麗な声で、名前が呼ばれる。
「何だ? どうかしたか?」
『いや、それはこっちの台詞なんだけど。不安がさ、竜徽結晶からもどんどん感じるんだけど』
普通に悩んでいるぐらいなら、ティルファリーナも気に掛けるぐらいで尋ねたりはしない。
でも、契約者の証である竜徽結晶からも感じるとなれば、話は別である。
「あ、いや、大丈夫」
『何かあったら言いなよ? 契約者なんだから』
深追いしないのが良いところと言うべきか。
本当にこちらのことを理解しているのか、深追いしてほしいときはしてくるし、してほしくないときはしてこないのが彼女だ。
「ティルファ」
『んー?』
「ありがとうな」
『どうしたの、急に』
そのことをユディルは笑って誤魔化すが、彼女には本当に感謝しか無いのだ。
何も持っていなかった自分を選んでくれて。
能力を与えてくれて。
相棒になってくれて。
「本当に、ありがとう」
冗談なんかではなく、本心からユディルが告げていることを理解した、ティルファリーナも一瞬目を見開いたあと、笑みを浮かべる。
『それじゃ、リリアナ様たちの元へと向かおうか』
リリアナたちの模擬戦が終わったことを視認したティルファリーナがそう告げれば、彼女に再度騎乗したユディルが頷く。
「ああ、行こう」
授業はまだ終わっていないのだから。
☆★☆
『ひっく、ひっく……』
ティルファリーナは厩舎で泣いていた。ドラゴンの姿のままで。
『酷い。酷すぎる』
ティルファリーナが泣いている理由は分かりやすく、先程の授業が原因で、リリアナと契約竜と模擬戦を開始したのはいいが、ようやく捕まえられた模擬戦相手との模擬戦に、ティルファリーナが喜ばないはずもなく、嬉々として応戦していたのだが――
『嬉しそうですね。ティルファリーナ様』
『ようやく受けてもらえたからね。これで駄目だったら、本当にどうしようかと思ったよ』
リリアナの契約竜と嬉しそうにそう話すティルファリーナに、それぞれの契約者であるユディルとリリアナも微笑ましそうに笑みを向けている。
そして、少し交戦した後、終わりを告げるチャイムにより、終了することとなったのだが。
『また次回もお願いしていいかな?』
『次回、ですか?』
リリアナの契約竜の何とも言えない反応に、何となく察したティルファリーナが「無理にとは言わないよ」とは返すものの、二組の間に微妙な空気が漂い始める。
『声掛けられたら、そっちを優先してもらって構わないからね?』
若干不安そうな声色になっているのも、ようやく捕まえられた対戦相手に逃げられそうになっているのだから仕方がないとも言える。
相変わらず、リリアナの契約竜からはちゃんとはっきりとした意見は貰えていないが、ティルファリーナとしてはそれでも良かった。
自分のせいで、ユディルの成績が落ちるなど、あってもらっては困るのだ。
「うわ、猫がすっかり取れてるとか、けっこう酷ぇ有り様だな」
「予想していたことでしょう」
こちらも授業が終わったのだろう、人間の姿でエルフォンベルとアクアディーノが厩舎にやってくる。
そこで、ドラゴン形態のまま泣いてるティルファリーナに、エルフォンベルがぎょっとし、アクアディーノがやれやれと言いたげに首を振る。
「それで、今日も駄目だったんですか?」
『断定するの、酷くないですか? 今日は相手が居たよ。今日限りになりそうだけどな。この野郎!』
「八つ当たりしないでくださいよ」
ティルファリーナにとっては待ちに待った模擬戦の相手が居ただろうに、エルフォンベルたちからしてみれば、八つ当たりされる意味が分からない。
『どうせ、貴方たちはいつも通り、模擬戦できたんでしょ?』
「ああ、出来たな」
『くそっ、この野郎! 本気で握り潰してやろうか』
「止めてください。ドラゴン形態の貴女に潰されれば、こちらが死にかねません」
まだまだ続きそうなティルファリーナの八つ当たりに、アクアディーノが宥めるように、そう告げる。
「それにしても、マジで噛み合わねぇな。そうならないように、教師たちが調整してるのか?」
「ソフィーリア殿とホワイティア殿の二人も一緒だったんですよね?」
『あの二人はあの二人で、モテモテでしたよ!』
ティルファリーナの元へ来ない分があちらへ流れているかのように、あの二人が居る場所には、他のドラゴンたちが集っていた。
契約者たちがティルファリーナの方に向かわせようとしても動かない契約竜たちに四苦八苦してる様を見たときは、ティルファリーナは何だか少しばかり悲しくなってしまった。
『やっほー』
「ゴールティア殿? ドラゴン形態でどうしました?」
黄金竜が珍しくドラゴン形態のままの厩舎にやってくる。
『いやー、こっちもさー。誰も来てくれなくて、がっかりしてたの。しかも、白銀竜の方には相手してくれた人が居たって言うじゃん。まさか負けたとは思わなかったんだよ』
仲間が居ると思ったのにー、と不機嫌そうなゴールティアに対し、「いつから模擬戦の回数は勝敗制になったんだ?」「さあ?」とエルフォンベルとアクアディーノが話す。
そんなくだらない話をしていれば、人間形態のホワイティアが飛び込んでくる。
「うわぁぁぁぁん!」
「騒がしいですね。どうしたんですか」
「怖いよぉ、怖いよぉ……!」
「泣いてるだけじゃ、事情が分からねぇだろ。泣き止んで、ちゃんと話せ」
授業終わりのティルファリーナ以上に泣き喚くホワイティアに、エルフォンベルとアクアディーノが宥めに行く。
「あらら、またぶり返しましたか」
『ソフィーリア様? 一体、何があったのですか。授業中は何の問題も無かったかのように見えたのですが』
あらあら、と言いたげに、人間形態でソフィーリアがやってくるが、どこか困った様子のように見えるのは、きっと気のせいではないのだろう。あの場で状況を見ていたティルファリーナが尋ねる。
「ええ、問題はありませんでした。でも、少しばかり、こちらに流れすぎたようで、ホワイティア様はその……」
『普段、高位竜であるが故に近付かれないって言うのに、一度に押し掛けられたら、そりゃビビりもするよねー』
ゴールティアの言葉に、そういうことかと何となくでも察する面々。
「私も近くに居たのですが、身体は一つしかありませんからね。終わった途端に「はい次、はい次」と連戦状態で休ませてもらえなかった上に、ホワイティア様は周囲を囲まれたことでパニックに陥ってしまったようでして」
「……まぁ、確かに慣れないと怖いわな」
ソフィーリアの説明に、エルフォンベルが同情するかのように、アクアディーノに頭を撫でられているホワイティアに目を向ける。
『そういえば、ティナ様は囲まれた時ってどうしてます?』
『……そもそも私は高位竜の人たちからも、羨望や畏怖の目を向けられるので、もう今さらですね』
ゴールティアに振られたことで、ティルファリーナは若干遠い目をしながら、そう返す。
『それに、契約者も一緒なので』
「……」
『……』
「……そう、ですよね」
ティルファリーナの言葉に、男性陣は視線だけを向け、ソフィーリアはそう呟くと、ホワイティアに近づいていく。
「ホワイティア様、大丈夫ですよ。貴女は一人では無く、契約者も一緒なんですから、そんな不安そうにされていては、契約者さんも不安になってしまいますよ?」
「……それはダメ。ボク、シエルに謝ってくるよ」
そう言って、すぐさま駆け出していくホワイティアに、「また五月蠅いのが復活したな……」とエルフォンベルが呟くものの、その表情は安堵に包まれており、他の面々も笑顔を浮かべている。
「さて、それじゃ――」
「俺たちも休むことにするか」
「そうですね」
そう言って、ホワイティアを除く人間形態組がドラゴン形態になると、厩舎にあるそれぞれの場所で休み始めるのだった。