第三話:ユディルとティルファリーナ、そして時々リリアナたちⅠ
「……」
『……』
目の前の状況に、相変わらずだなぁ、と一人と一匹は思う。
他の竜やそのパートナーたちだけではなく、同じ高位竜であるソフィーリアやホワイティアでさえも模擬戦を開始しているというのに、ユディルとティルファリーナの元には誰一人として訪れず、結果として、その場にぽつりと立っている状態だ。
「何と言うかまあ……いつも通りと言うか」
『契約主が向かわせようとしても、ドラゴンの方が避けるんじゃ、無理強いは出来ないしねぇ』
この状況を変えたいところではあるが、相手となるのが白銀竜・ティルファリーナとなれば話は別である。
ドラゴンたちにとって最高クラスの、人間でいう王族に位置する存在の相手に対し、下級――つまり、平民レベルの者たちにとっては恐れ多すぎるのだ。
もし、彼女を傷つけるようなことをしてみろ。他のドラゴンたちからも何を言われるのか分かったものではないし、そのせいなのか、ティルファリーナと厩舎で話していたドラゴンたちですら近寄ってこない。
(それに、ティルファって、綺麗だしなぁ)
何より、この白銀を攻撃したくない、傷を付けたくない、というのが、最たる理由であろう。
ユディルとて、それが分からないわけではないのだが、ティルファリーナが望むのは『授業内容の模擬戦』である。相手が居なくてはそれも叶わないし、騎乗者であるユディルが彼女の相手をするわけにもいかない。
『このままこうしていても出席したことにはなってるし、単位は取れるけど、ちゃんと受けてないみたいだから嫌だなぁ』
「だったら、どうするんだよ。相手がいなくちゃ戦い様もないだろうが」
『うーん……』
ユディルの指摘に、ティルファリーナは思案する。
ユディルもユディルで考えてはいるが、やはり他のドラゴンたちの意識をどうにかするしかなく。
(手が無い訳じゃないけど、これを実行するとなるとなぁ……)
契約主自らの手でそれをやるのはなぁ、と思いつつ、ユディルはどうしたものか、と他にアイディアは無いか思案する。
『ユディル、ユディル』
「ん?」
何やら良いアイディアでも浮かんだのだろうか、と目を向けてみれば、ティルファリーナは自分から降りるように言う。
「で、ここからどうするんだ?」
『うん、私を土で汚してみてくれる?』
それを聞いて、ユディルは固まる。
いや、思い浮かばなかったわけではないが、さすがにそれは……、と思ったから、ユディルも言わなかったというのに、何でこの契約竜は自分を汚せなどと言ったのだろうか。
「ティルファ。理由を要求する」
『いや、他のドラゴンたちが傷つけたり、汚したくないとか考えてるなら、こっちが先にそうしちゃえば気兼ねしないんじゃないかと』
「ふざけんな! 土で汚れるのはともかく、傷を付けるってことは自傷行為だろうが! そんなの、認めねぇぞ」
『でも、ドラゴンの鱗は防御力高いから、そう簡単に傷つかないよ?』
「そういう問題じゃねぇっ!」
ユディルが叫ぶ。
そもそも、誰が好き好んで契約竜を傷つけなければならないのだ。いくらティルファリーナの指示とはいえ、もし本当にそんなことをすれば、他の契約者たちから文句どころかブーイングが飛んでくるかもしれない。
ただでさえ、ティルファリーナと契約しているだけで注目されているというのに、さらにそこで悪目立ちするのもどうなのか。
『じゃあ、どうするの。誰か来てくれないと、ずっとこのままだよ?』
人間側の王族でさえ許可してまで相手してもらっているというのに、意志疎通が可能な自分たちが駄目とは理不尽ではないか。
――もしこれが、エルフォンベルたちであれば、相手をしてくれたのだろうか?
そう思わないことはないが、別の場所で模擬戦中の彼らに無茶は言えない。
(シルヴァは……)
彼なら、いつまでも付き合ってくれそうではあるが、エルフォンベルたち以上に今も側にいないあの番候補に期待しても無意味である。
『……突撃するか』
「また考えが飛躍してるぞ。ティルファ」
『こちら側の権限で戦わせます』
「それ、職権乱用とか言われないか?」
そう言われるのは覚悟の上だ。
だが、誰かが相手しくれないと、こちらとて成績で最低を付けられてしまう。
『でも、私だけならともかく、私のせいでユディルの成績が悪いのだけは嫌だし、ユディルだって私と一緒に戦う気では居たんでしょ?』
「それは……」
『だったら、もう突撃するしかないよね』
ユディルは視線を逸らすが、それを好機と見たのか、ティルファリーナは模擬戦中の所に突っ込んでいく。
『リリアナ様ー!』
「あ、おい。こら!」
だが、ドラゴンの速度に人間であるユディルが追いつけるはずもなく、彼が追いついたときには、すでに話が纏まっていた。
「……ティルファ?」
『やったね、ユディル。リリアナ様たちが相手してくれることになったよ』
もちろん、今の模擬戦を終えてからになるけど、と付け加えたティルファリーナに、ユディルは頭を抱える。
「そういう問題じゃねぇだろ」
『え? なら、どういう問題?』
ユディルの言葉の意味を分かっていながらの返しにイラッとしなかったわけではないが、とりあえずまずはリリアナに一言礼と謝罪をしなくてはならない。
「悪い。ティルファが無茶言ったと思うが……」
「あ、気にしないで。こっちは大丈夫だし、この子も貴重な白銀竜との対戦が控えてるからって、今の模擬戦を早く終わらせようとしているからぁぁぁぁ……」
騎乗していたドラゴンが相手に向かっていったためか、リリアナの声もそれにつられるかのように遠ざかっていく。
そんなリリアナたちを見ながら、ユディルの中に一つの疑問が浮かぶ。
もちろん、ユディルたちとてあっさりと受けられるとは思っていなかったのだが、それならどうして最初から自分たちの方に来なかったのか。
けれど、まあ、現状を見ていれば、自ずとその答えは出てくるわけで。きっとこちらに声を掛ける前に今の模擬戦相手に捕まったからなのだろう。
「ったく、あいつらが受けてくれたから良かったものの、駄目だったらどうするつもりだったんだよ」
『エルフォンベルたちのところに突撃予定』
ユディルの問いに、ティルファリーナはあっさりと告げる。
どうやら、リリアナたちが駄目なら、知り合いのところを次々と突撃するつもりだったらしい。
(リリアナたちが受けてくれて良かった……!)
心から本気でそう思うユディルであった。