第一話:ユディルとティルファリーナⅠ
「うわぁぁぁぁああああっ!!」
一人の少年が叫びながら、飛び出していく。
「つか、おい! 何で起こさなかった!?」
「起こしたけど、起きなかったでしょ。自業自得」
少年は焦るように道を走り、その隣を銀髪の少女が併走するのだが、そんな少女の言葉に、うぐ、と少年は詰まる。
そもそも、二人が今向かっているのは、『ドラゴノーツ学院』という場所であり、様々な理由で竜と契約した者、またはこれから契約する者たちが勉強をするために通う所である。
そして、少年の隣にいる少女も竜であり、竜の中でも高位に位置するため、現在のように人の姿になることも可能なのだ。
「……全く」
「うん? ……って、うわぁぁぁぁああああっ!!!?」
少女が溜め息を吐いたかと思えば、次の瞬間には彼女の背には竜の翼があり、少年の襟足を掴んで飛翔する。
「ちょっ、ティルファ! 首っ! 絞まっ!」
苦しいと訴える少年に、ティルファと呼ばれた少女は、気にせずに目的地まで飛んでいく。
「げほっ、げほっ」
噎せながらも睨む少年だが、ティルファにはやはり気にした様子はない。
逆に、「嫌だったら、これからはもう少し早く起きることね」と返す余裕すらある。
「それじゃ、私はいつも通り、厩舎の方にいるから」
じゃあね、と言いながらひらひらと手を振りつつ、ティルファはこの場から去っていく。
「また、ティルファさんの手を煩わせたの? ユディル」
「うっせーよ」
二人の様子を見ていたのか、一人の少女が近づいてきたことに気づいたユディルと呼ばれた少年は、ムッとしながらも図星なために顔を逸らす。
とはいえ、ユディルも分かっていないわけではない。
だが、強くも弱くも言わないティルファに、どうも甘えてしまうのだ。
「ま、ユディルの場合は、成績でお返しするしかないわよねー」
「そんなの、分かってるよ」
幼い時に契約してから、ティルファはずっと自分の側におり、分からないこともいろいろと教えてくれた。
そして、剣など武器の扱い方まで教えてくれたティルファという存在は、ユディルにとって師も同然なのだ。
(せめて、隣に並んで戦わせてもらえるぐらいにはならないとな)
何かあれば、ティルファはユディルを守るようにして前に立つことの方が多い。
『力』を望んだのは、ユディルだというのに。
(今日は、隣に立たせてもらえるのだろうか?)
三時限目は契約竜との合同授業である。
彼女は、力を貸してくれるだろうか。
☆★☆
鳥の鳴き声が聞こえる。
「……」
実に長閑である。
時折、モンスターとの戦闘もあるが、それを除けば、十分に平和な時間である。
契約者であるユディルが『時間』を作ってくれたから、ティルファ――ティルファリーナも自由に使える『時間』が増えたし、自分と同じ高位竜たちとも出会うことか出来た。――たとえそこに、目的の相手が居らずとも。
『やぁ、おはよう』
厩舎内に居るドラゴンたちに、ドラゴン同士で分かる言語で話し掛ける。
『おはようございます。けれど、契約者殿の側に居なくても良いのですか? 本日は合同授業があると、我が契約者殿からは聞いているのですが』
『大丈夫。ちゃんと向かうから』
逆に言えば、それまでは空き時間なので、こうして他の竜と話していても良いのだ。
『ったく、それまでこうして話してるしかねーから、退屈だよなぁ』
『貴方がたも来たのですか』
ティルファリーナが目を向けたのは、自分たちの会話に混ざってきた者たち。
『ラインたちは忙しいんだとよ』
『ですから、騎竜訓練も出来ないんですよ』
赤、藍、金、緑、白の髪色を持つ者たちがやってくる。
彼らは、ティルファリーナ同様、人化できる高位竜たちである。
『不満そうですね。アクアディーノ殿は』
『時には息抜きも必要だというのに、あれでは倒れてしまいます』
アクアディーノと呼ばれた藍色の髪を持つ青年は、溜め息混じりに告げる。
『それに比べて、君は心配する必要が無くて良いよねー』
『お言葉だが、ゴールティア殿。私にだって、契約者に対しては心配事もあるので、その言葉は撤回してもらいたい』
金髪の、ゴールティアに苛立った笑みを向けるティルファリーナに、向けられたゴールティアも顔を引きつらせる。
『ティルファリーナ様。三時限目、よろしくおねがいしますね』
『こちらこそ。よろしくおねがいします。ソフィーリア様』
『私も私もー』
『ホワイティア殿もよろしくおねがいしますね』
緑の髪の女性――ソフィーリアが丁寧に頭を下げれば、ティルファリーナも返すのだが、白髪ポニーテールのホワイティアが自分も、とアピールをするので、ソフィーリアが返す。
「さて、ここからは高位竜のみで話そう」
「ティルファリーナ殿。竜徽結晶は契約者に与えていますか?」
「何故、私が与えてないとお思いで? きちんと渡していますよ」
竜徽結晶。
契約者と契約竜の間に出来上がる契約証明書のようなもので、その大きさで契約した月日の長さが分かるとされている。
ただ、読みは同じでも『竜忌結晶』と呼ばれるものもあり、こちらは竜を意図的に操るために、人工的に生み出されたとされるもので、ティルファリーナたち竜からは嫌われていた。
「つい先日、レインの実家のある地で竜忌結晶が見つかったらしいのです」
「それで?」
忌々しい、と言いたげなアクアディーノに、ティルファリーナは先を促す。
「それで、その竜忌結晶は、どうも竜徽結晶から作られたものらしく、どの竜による竜徽結晶なのか、今は調べている最中とのことです」
「つまり、シルヴァのものだと言いたいのか」
「可能性は無くないですからね。貴女にも言っておくべきだと思ったんですよ」
少しばかりの苛立ちを見せるティルファリーナに、アクアディーノが静かに見つめ返す。
「それにしても、本当に何してるんだろうねー。仮にもティルファ姉って、番候補なんでしょ? そんな状態で放置とか、横から掻っ攫われても文句言えないでしょーに」
「……ホワイティア?」
文句言いたげなホワイティアに、ソフィーリアが窘める。
番候補、とは要するに恋人や婚約者ということだ。
ティルファリーナが呼んだ『シルヴァ』ことシルヴァリーゼは、彼女と恋人同士に当たるのだが、彼はある日を境にいきなり姿を消した。
そして、ティルファリーナは自身で捜したりもしながら、その行方を追い求めていた――あの日、ユディルが力を求めに来る時までは。
「大丈夫ですよ、ソフィーリア様。元より長期戦は覚悟済みですから」
ティルファリーナとて、相手は同じ白銀竜のシルヴァリーゼなのだから、早々に見つかるつもりで行動はしていない。
「いっそのこと、エルフォンベルかアクアディーノで妥協しない?」
「いや、妥協って……」
シルヴァリーゼの代わりだけではなく、妥協した結果で選んでは二人が可哀想ではないか。
「だって、ティルファ姉は白銀竜だよ? しかも番候補とはいえ肝心の相手は不在だし、二人とも番候補すらいないじゃん」
「おい、ホワイティア。黙って聞いていれば、お前、誰の傷口を抉りに来てるんだ? なぁ?」
「そうですよ。大体、居ないんじゃなくて、特定の誰かを決めてないだけです」
怪しいオーラを放ち始めたエルフォンベルとアクアディーノに、じりじりと後退し始めるホワイティア。
そして、追いかけっこを始めた三人を見ながら、ティルファリーナが呆れたように息を吐く。
「人の心配する前に、自分の心配しろってんだ」
「ふふっ。けど、あれでも、あの子なりに心配しているのよ?」
「分かってますよ」
それでも、文句の一つも言いたくなってしまうのも、また事実であり。
ティルファリーナとしては、何としてもシルヴァリーゼを捜し出さなくてはならない。
あの日、あの時、あの場所での、ユディルからの対価を無駄にするわけにはいかないのだから。