フランケンシュタイン あるいは現代のプロメテウス 2018年は7月20日
フランケンシュタインの怪物のモチーフにしました。
原作者のメアリー・シェリーが、この物語を書いたきっかけには自分の子供の死の影響があったとも。
最初にフランケンシュタインを映画化したのはエジソン。
この時、怪物のモデルにしたのが歌舞伎という説もあります。
草木も眠ると言われる時間、丑三つ時の墓場。
乱れることなく規則正しく立ち並ぶ墓石たち。太陽がさんさんと輝く、昼間でさえも薄気味悪さを人に与えるのに、夜ともなれば、薄気味悪さを倍加させ、さらに恐怖の感情さえも上乗せさせる。
本来、こんな時間にこんな場所に訪れるものなどいないはず、そう本来なら……。
周囲に誰もいないことを確認した人物。ずんぐりとした男はランタンを片手に持ち、ひょろりと背の高い男を案内するような仕草で墓場へ入る。
ひょろりと背の高い男は2本纏めてシャベルを持っている、もう片手には革製の大きなカバン、中身は空。
ずんぐりとした男はランタンの他、道具箱を持参。
ずんぐりとした男がランタンの灯火を当て、立ち並んだ墓石を1つ1つ調べる。これでもないこれでもないこれでもない――ピタリと1つの墓石の前でランタンが止まる。
「……ヴィクターさま、この墓のようです」
ひょろりと背の高い男はランタンの灯火に照らされた、墓石に刻まれた名前をチェック。
「間違いない、この墓だ」
男の名はヴィクター・フランケンシュタイン、スイスで生まれ、ドイツのインゴルシュタット大学で解剖学を学んだ医学生にして科学者。
「イゴール」
「ハイ、かしこまりました」
ずんぐりとした男は道具箱とランタン置き、シャベルを受け取る。彼の名はイゴール、ヴィクターの助手。
ヴィクターとイゴールはシャベルを振るい、土を掘り始める。
ザクザクザク、ヴィクターとイゴール以外、誰いない夜の墓場の中で土を掘り返す音だけが響き渡る。
墓荒らしという死者を冒涜する行為。罪悪感、そんな思いを抱きながらも、がむしゃらに掘り進めていく、これも大いなる研究のため。
カッン、シャベルの先が何か固いものに当たった。
掘るのを止め、イゴールはシャベルを置き、素手で土を掃う。
土を掃い終えると出てきたのは真新しい棺。
ヴィクターもシャベルを置き、イゴールとともに棺の重い蓋を取り除く。
棺の中に入っていたのは遺体、それも今日の昼間に埋葬されたばかりの新鮮な。
命じられるよりも早く、イゴールは道具箱からのこぎりを取り出す。
これからやろうとしていることに、思わず生唾を飲み込んでしまう。この作業、決して何度やっても慣れることなどない。もし何と思わなくなってしまったら、人間としての心を失った証。
誰も知らない誰も近づきたがらない、そんな場所に立つ、一軒の怪しい洋館。そこへ切断した遺体のパーツを運び込むヴィクターとイゴール。
今、この洋館では神の摂理、世界のルールに反した、恐ろしい研究が行われていた。
墓場より持ち運んだ遺体はこれだけではない、これまでも何体も遺体のパーツを盗み出しては洋館に運び込んで来ていた。
腐敗したものは使えないので、出来るだけ新しい遺体の中でも使える部分だけを選び抜き、切断する。
ヴィクター自ら調合した、特殊な薬品に漬けて腐敗しないよう保存していた体のパーツ。
それを取り出し、ロウソクとランプの薄い明りの元、ヴィクターは継ぎ合わせ、縫い合わせ、人間の体を製造していく。
ヴィクターは生命創造という野望に取りつかれていた、神の領域に挑戦する大いなる野望に。否、憑りつかれていると言った方がいいのかもしれない。
ヴィクター・フランケンシュタインは人工的に生み出された命、人造人間を生み出そうしていた。
コンコン、ある程度製作が進んだところで研究室のドアがノックされた。
「何の用だ、イゴール」
この怪しい洋館に住んでいるのはヴィクターと、助手のイゴールのみ、他に住んでいる者はいない。
「ヴィクターさま、夜食を持ってまいりました」
確かに夜食を摂るのには、ちょうどいい時間。
「気が利くではないかイゴール、早く入れ」
「失礼いたします」
ドアを開け、イゴールがワゴンで夜食を持ってきてくれる。
「ヴィクターさまにスタミナをつけてもらおうと、うな丼を作ってまいりました」
ドームカバーを取ると、タレを塗られ照りを放つウナギのかば焼きがはご飯の上に乗せられ、湯気を立てていた。
蒸していない関西風の腹開きのウナギ、ご飯にはいい具合にタレが染み渡る。
イゴールは医学と科学の手伝いばかりか、見た目に反し料理の腕もうまく、おまけに洗濯や掃除も得意、とっても使える助手さん。
うな丼の誘惑に腹の虫が鳴く、もう我慢が出来ない。
「早速、栄養補給をするとしよう」
「かしこまりました」
ヴィクターとイゴール、一緒に夜食タイム。
「おお、これはまむしではないか」
まむしとは毒蛇のマムシではなく、タレのかかったご飯の下にウナギのかば焼きを入れておいたもののこと。
しっかりスタミナを付けてもらおうと、気を聞かせてイゴールは飯の上と中、ウナギのかば焼きを二重にしてくれていた。
たっぷりのウナギを使用した、イゴール特製のうな丼。蒸していないウナギと、ご飯で程よく蒸された柔らかいウナギ、一つのどんぶりで二種類のかば焼きが楽しめる。
「ああー、食った食った」
夜食を平らげたヴィクター、ポンポンと満腹になった腹を叩く。うな丼もさることながら、付け合わせのキモ吸いも美味し。
「さて、今夜中に完成させるぞ、イゴール」
自分のエネルギーの充填も終わった。後は夜が明ける前に人造人間を完成させる。
「ヴィクターさま、お手伝いいたします」
イゴールの手も借りて、急ピッチで作業を進める。
骨を繋ぎ整形、血管、筋肉繊維、神経、腱を縫い合わせ造成、内臓を的確な位置に移植する。
生命とは神の生み出した産物、特に人間は最高傑作だろう。
それ故に模倣して作るとなれば神の御業には遠く及ばず、どうしても同じ機能を持つ部位を作ろうとすれば、個々のパーツは大きくなってしまう、これはどうしようもないこと。
「出来た……」
結果、作り上げた人造人間は巨大な体躯になってしまった。神を冒涜する行為を行いながらも、人間というサイズで生命を生み出した神の御業に、驚愕せざる得ないヴィクター。
ベットに横たわる人造人間の巨躯。出来上がったと言え、まだ完成ではない、このままでは人間に似た巨大な肉塊、ただの肉の塊に過ぎないのだ。
まだ最後の仕上げが残っている、最も重要で大切な作業が。
「これより強力な電気を流すぞ。これで人造人間は命を持つ、イゴール、すぐに高圧電流を流す準備をしろ!」
と命令したところ、
「えっ、あのそれは……」
急にもじもじし始める。
「どうした? イゴール、何を隠しているのだ」
有能な助手にしてはおかしな態度、不審に思い問い詰める。
「あの~その~、非常に申し上げにくいことなのですが、電気料金未払いのため、電気を止められております」
「!」
秘密裏に行うための施設の確保、メスやのこぎり、糸と針など手術道具の購入、墓場から運んで来た肉体や臓器を保存するための薬品の調達と調合etc. 人造人間製作にはかなりの予算を必要とした。
おまけにヴィクターは引きこもって、ずっとずっと人造人間の研究を続けていたことで、収入も途絶えてしまい、親の残してくれた資産で何とかここまで人造人間製作を行えたのだ。
それも限界が来ていた。水道代だけでも捻出してくれていたイゴールのやりくり上手に感謝しなくてはならない。
「し、心配する必要はない! まだだ、まだ手は残されている」
一度は打ちひしがれてたものの、すぐにやる気を取り戻す。
「こんなこともあろうかと、“あれ”を用意していたのだ!」
握り拳を締める。
「流石はヴィクターさま」
パチパチ、拍手しながらも、
「ところでヴィクターさま、“あれ”とは何のことなのでしょう?」
“あれ”のことが解らない。
そんなイゴールの声が耳に届き、勝ちを誇ったニヤリとした笑みを浮かべるヴィクター。
「電気ウナギちゃんだよ、“あれ”を使って人造人間に電気を流す!」
と言った途端、イゴールの顔色が青ざめる、一気に。
「どうしたんだ、イゴール」
突然、青い顔になったので心配になってしまう。
「先ほど、お召し上がりになられた、うな丼の材料でございますが……。その電気ウナギちゃんです。つまり、今は私たちの腹の中にいるということになってしまいました」
「!」
果たしてヴィクター・フランケンシュタインは人造人間を完成させることが出来るのだろうか……。
2018年は7月20日は土用の丑の日、暑い夏はスタミナを付けて乗り切りましょう。