仕事の詳細
一章 一話
遥か昔、神陣営と魔性の者との間で戦争が起きた。
その戦いで神陣営は魔性の者を打ち払うことができたが。
魔性の者は最後のあがきと、魔性の神の手によって作られた神造の武具で対抗した。
その武具は多くの人間を死に至らしめた。
しかしその武具はただ命を奪うのみではなくあらゆる害をもたらした。
聡明な狩人ハウター 著 ”魔性の神・神造の武具の厄災”から抜粋1
オリイヴェから飲みの誘いと同時に大口の仕事があると聞かされたシグード。大口の仕事の詳細を聞くために酒場へと向った、先ほど仕事をした酒場とは別の酒場に行く、普通の酒場なら店を閉める時間だがその酒場はほかの酒場よりも営業時間が長く、人も少ない。密談などにももってこいの酒場だ。
「仕事内容はどんな内容だ?」席に着くと同時に問うシグード。
「なんだ、ただ単に酒に誘われてついてきたわけじゃないのか。」
「もちろん、ただ酒を飲むために来た、だが酔っぱらう前に仕事の内容を聞きたいと思っただけだ。」オリィヴェの冗談に対し冷静に答えるシグード。
「冗談は必要なかったかな。なら単刀直入に、遺跡発掘隊の護衛だ。」
仕事の内容は珍しいものではなかった。何度も調査された遺跡でさえ残り物がないかと、放浪者に護衛を頼み遺跡漁りをするものがよくいるのだ。しかし仕事を選ぶうえで重要なのは、仕事内容ではない。報酬も大切だが、それよりも注意すべきことがある。「依頼してきた組織はどいつらだ。」組織団体である。小さな仕事なら問題はないのだが、重要な仕事と言うのは、何らかの形で対立する組織に悪影響を及ぼすものだ。覇権を握るような組織の依頼であればためらわず受けるべきだが、小さな組織の仕事であれば受けた後のリスクを覚悟しなければなれない。
「安心しろ俺がそんな危ない仕事の相談をすると思うのか。」
仕事内容からして避けるべきは、熱心な収集家やカルティスト、支援者のいない研究者だろう。
「焦らす意味もないだろ、教えてくれ。」
「教会連中だよ、心配する必要ないだろ。」教会とは文字通り神を信仰している集団である。教会の仕事であれば他組織に直接の害を及ぼすような仕事もほとんどなく、報酬もきっちり支払う。ただ彼らの仕事を受けるのにはそれなりの人脈やコネが必要だろう、つまりオリィヴェにはそう言ったものがあったということだ。
「教会が遺跡発掘。やっぱり神造の武具の発掘か?そんな重要な事を外部の人間に頼むのか。」神造の武具は神話の中で魔性の神が作ったとされる凶悪な力を持つ物のことだ。教会は聖遺物の回収以外にもそのような危険な品を回収し封印する、可能ならば破壊まで試みるのだ。
「なんでも上での優先度が低い内容のせいで人員が割けないらしい、それにまだ神造の武具があると確証を得られるだけの情報がないらしい。」
不確定な情報とは言え神造の武具の回収は最優先事項に数えられている内容なのだ。しかし、どういう訳か人を割くことができない。パワーゲームの関係か、あるいは裏があるのだろうかと、シグードは考える。
「そうか、まあ教会は金払いがいいらしい、その話乗ったよ。」考えたところで意味もなく、さらには古くからの友の誘いを断るのも悪いと思い承諾する。
「そういってくれるって信じてたぜ、仕事は明日からだ、仕事に支障が出ない程度には飲もう。」
「そうだな、仕事の成功を祈って乾杯。」
「ああ、乾杯。」二人は酒の入ったジョッキを打ち付け小さな音を立てると中身を飲み干した。
その夜はあまり飲まなかった、もともと酒に強いと言うほどでもなく、本当に懐が寒かったこともある。しかし何よりも、明日の仕事が教会と言う巨大な組織を相手にする仕事だったことが飲む量を控えめにさせた要因の大半を占めていただろう。
次の朝、起きるとすでにオリィヴェが宿に来ていた。すぐに雇い主の所へ向かうことになっていたため、宿屋の主人から朝食の代わりにパンとチーズをもらい、宿を出た。
「俺たち、いやお前に依頼をしてきたのは教会のどの役職の奴なんだ?」
シグードは歩きながらパンとチーズを素早く平らげオリィヴェに尋ねる。
「依頼をしてきたのは司祭様だが、俺たちはいったん仲介役の助祭の所に行く。まあすぐに司祭様の所にも行けるだろうがたぶんおまえの苦手なタイプの人間だと思うから注意しろよ。」
「嫌なタイプか、注意しておくよ。」
どうとも取れない顔をしながらシグードはつぶやく。
しばらく歩き、教会に続く道で男が近寄ってきた。
「オリィヴェさんおはようございます。教会へ向かっていたのですか?」
教会の制服を身に纏った男はオリィヴェの知り合いのようだった。身長はシグードと大差なく、体つきは教会の服がゆとりを持ったものであることもあり分かりにくかったが良い体格をしているようには見えなかった。
「ええそうですよホリィさん。ちょうどいい、こいつが前に話した男ですよ。」ホリィと呼ばれた男はこちらに向き直りこちらに丁寧なお辞儀をした。
「あなたがシグードさんですか、仕事を受けてくれたのですねありがとうございます。今回はどうかよろしくお願いしますね。」
「ああ、よろしく頼む。」ホリィとシグードは握手を交わす。
「ところでホリィさんこんなところで何をしていたんです?」
「とくには何も、お二人が来る時間まで余裕があったので朝の街並みを見ていたのですが、こうして合流できたのはタイミングが良かったのでしょう。」ホリィは握手していた手を離しオリィヴェに向き直り返事を返す。
「一つ訪ねたいんだが、大まかな仕事の内容は聞かされたんだが、詳細を聞かせてはもらえないか?」教会の人間を相手にするので、シグードは可能な限り丁寧な言葉遣いを心掛ける。
「仕事の詳細は司祭様からお聞きください、それ以外のことで答えられるものでしたらお答えいたします。」ホリィからもうしわけないという顔が一目見るだけで伝わってきた、これが演技でないのなら政治で駆け引きは無理だろうとシグードは心の中で考える。
「そうか。なら、外部の人間で雇ったのは俺たち二人だけか?」仕事内容以外に興味はなかったが聞かないのも悪いと思い思いついたことを聞くシグード。
「いえ、お二人の前にもう一人協力していただいております、その方が追加の協力者を用意すべきだと提案されたのでふさわしい人材を探した結果、お二人が抜擢されたのです。」
「ほおそんな経緯だったのか、道理で話が急だった訳だな。」オリィヴェはつぶやく。
三人は特に会話もなく教会まで歩みを進める。あたりを見ると人の姿が現れ始め、パン職人は仕込みを始め、主婦は朝食の準備をしながら子どもを怒鳴るように起こすなど各々がそれぞれの支度を始めている。町にはようやく町人が生み出す生活音が響き始めていた。
しばらく歩いていると三人は教会の前に到着した。この町が小さな規模であることを加味しても町の規模に対して不釣り合いなほど教会はみすぼらしかった。屋根は所々に穴が開いており応急処置で穴を板でふさいである。窓ガラスにはひびが入ったものがいくつかあり、教会の白塗りの塗装は殆どが剥げかかって長らく塗装を塗りなおしていないようだった。
「さあ、教会の外観を見ていても何にもなりません。中に入りましょう。」シグードの考えを察してかホリィは二人を中へ若干せかすように誘導した。やはり外観のひどさをホリィ自身も気にしているのだろう。二人はホリィに連れられ教会の中へと入る。想像通り教会は外観と同様に内装もみすぼらしかった。もともと廃墟だったものを急きょ改装し何とか教会とせて完成させたと思えるほどの状態だった。
「司祭様、二人をお連れしました。」シグードと話した時と同じように司祭と話すホリィ。
「おお、ありがとうホリィ。下がっていいですよ。」司祭は長椅子から立ち上がるとやけに演技がかった話し方した。顔は青白く、痩せすぎすで長細い、ひょろひょろともいえた。
「では私は仕事に戻らせていただきます。」司祭の言葉を聞き、オリィヴェとシグードに会釈をしてホリィは立ち去った。
「オリィヴェさんおはようございます。」オリィヴェに対しても演技がかったお辞儀をする司祭、次はシグードに振り向き。
「ええと、貴方がシグードさんですね。私の名前はヘリッツと申します。貴方のうわさはかねがね。」
彼はオリィヴェにしたのと同じように深々と演技がかったお辞儀をした。シグードにとっては不快だと思える笑みを添えながら。