第七話 神様会議 返事って大事だよね!!
遂に一番書きたかったネタに行き着く事ができました。ここまで長かったです。
「わ、私と付き合って下さい!」
辺りに響く告白の言葉。
屋上に着き、暫し見つめ合っていた二人だったが、はっとした表情をして柚子はそう叫んで頭を下げたのだった。
片思いの相手からの告白を、夢にまで待ち望んだその言葉を、一体誰が断ると言うのだろうか。
だが、棗からは瞬時に反応は得られなかった。
緊張か、はたまた間を取っているだけなのか、彼は沈黙を通す。
端から見れば余裕に見えなくも無い様子だが、実際、彼の脳内は今まさに未曾有の状況に陥っていた。
ここからは、場面を一転し神へと移ろう。
神は現在、棗の癖の実情を知るため、彼の脳内に居た。
とは言っても、物理的にではない。棗の思考を一つの世界として、架空の空間を創りだしたのである。脳内会議を視覚化したと考えれば分かりやすいかも知れない。
神の居る場所は一面の闇に覆われ、しかし何故か周りは見渡せる不思議な空間だった。硝子張りの部屋に暗幕を張り付かせ、蛍光灯を点けた感じだろうか。
神はそこに腕を組みながらただ立っていた。
不意に、神の前方三ヵ所に下から上に向かい光が伸びる。逆三角形を描く形で上がった直径一メートル程の三つの白光は、緩やかに収まり再び闇へと沈むと、不思議な事にそこに新たなものを創り出していた。
神の右斜め前方には、純白の羽根を生やしたもの。左斜め前方には、漆黒の羽根を生やしたもの。すぐ前には、どちらも生やしていないもの。
どちらも生やしていないものの真上には、電光掲示板のような横に長いデジタル画面が浮かんでいる。
だが、彼等を見た者はまずそんな事に疑問は湧かないだろう。何故なら、彼等にはそれよりも目に付く特徴があるのだから。
彼等は、同じ容姿をしているのだ。
皆一様に、学生服姿の、棗。
「よし、準備は出来たな」
現れた三人を見て、神は満足そうに頷いた。
神の前に現れたのは、それぞれを善意、悪意、許可と言う。これらは人間の言動に関わる三要素である。
善意、悪意が提案を出し、議論した内容に許可が判断を下した時、人はその行動に至るのだ。
つまり、ここに干渉する事は棗の言動に干渉する事に等しい。
「さて、許可にしか干渉は出来ないが、上手くフォローしてやるか」
基本、神はフォローはしても意思そのものに干渉は出来ないようになっている。
今回の場合は、導き出された言動を許可するかしないかには干渉出来るが、どんな言動を導くかには干渉出来ないという訳だ。
そんな神の呟きを契機としてか、前方の会議が開始された。
先ずは許可が軽い口ぶりで話し出す。
「んじゃ、これから返事考えよか」
「「おー」」
「……小学生かお前等」
真剣とはあまりに掛け離れたやり取りを見て、ぼそりと呟きを漏らす神だが、生憎三人には届いていないらしい。
「最初は善意! なんて答えるよ?」
「俺は、
「こっちこそ、俺と付き合って下さい」かな?」
びしりと指差された善意が顎に手を当てて答える。
「ふむふむ、じゃ次悪意!」
「パンツ見せろ」
「悪意凄い事言い出した!?」
悪意が即答した瞬間、神が思わず叫ぶ。
対して、許可に動揺は見られない。
「悪意は相変わらずだなぁ。こんな大事な場面で言える訳無いじゃん」
「ちっ」
あっさりと否定した許可に、神もほっと胸を撫で下ろす。
「だ、だよな。なんだ、許可の奴ちゃんと仕事してるじゃないか」
「と言う訳で、混ぜてみよう!!」
「「わー」」
「……え?」
突然、元気良く笑みを浮かべながら右の拳を上げて許可が言い出した。
善意と悪意は無表情で凹凸の無い口ぶりをしながら手を叩いている。
嫌な汗が背に流れるのを感じた神が、錆びた鉄のような音を立てて首を許可の方へ向けた。
「……ま、混ぜる?」
神の言葉とほぼ同じタイミングで許可が口を開く。
「さて、それでは皆の集、準備は良いかな?」
「「おー」」
「では、イッツスロットターイム!!」
棒読みな二人の反応の後、満面の笑みでパチンと指を鳴らす許可。
するとどうだろうか、なんと許可の上に浮かぶ掲示板に様々な文章らしきものが上から下へと物凄い勢いで流れ始めたではないか。
「……ここだ!!」
許可がいつの間にか手に持っていたボタンをもう一方の手で勢い良く叩くと、掲示板に流れる文章がぴたりと止まった。
全員の視線を集める先に写し出された一行の文。その内容は、
『パンツと付き合ってろ』
「はぁああ!?」
神、絶叫。
「よしっ、じゃあこれで決まっ――」
「決めるなーー!!!!」
小気味よい音を立てて許可の頭が勢い良く叩かれた。
いきなりの衝撃に許可が不機嫌を露わにして振り返る。
「ってぇなあ、誰だよ〜?」
「誰だよじゃねんだよお前何してんだよ好きな相手に告白された返答がパンツと付き合っとけってどんだけ鬼畜野郎だよお前は!?」
こちらを向いた許可の襟首を両手で掴みながら前後にぶんぶんと物凄い剣幕で揺らす神に、許可はかなり気圧されながらも反論する。
「いや、刺激的でおもし――」
「刺激どころか致命傷だボケがぁああ!! 良いからさっさとやり直さんかい!!」
「ひっ!? あ、あいあいさー!!」
怒気どころか殺気を帯びてきた神に、許可が全身汗だくになりながら服従の意を示し敬礼を返す事で、ようやく神は手を放した。
神の修羅さながらの形相に涙目になっていた許可が善意達の方に向き直る。
「……ごほんっ」
恥ずかしそうにわざとらしい咳ばらいをすると、許可は先程の一件などまるで無かったかのように調子を戻した。
「気を取り直して、善意は何て答える?」
「え? そ、そうだなあ、
「俺も好きです!」とか」
神と許可の様子に呆気に取られていた善意が復活して答える。
「じゃ、悪意」
「身の程を知れ豚」
「悪意酷いな!?」
あまりの暴言に神がまたも驚きの悲鳴を上げた。
「よ、よし。じゃあ、行くぜスロットタイム!!」
「「いえー」」
幾分か緊張の滲む許可に対し、またも棒読みで返す善意と悪意。
「おらあ!」
力強い掛け声と共にボタンが押され、再び掲示板に一文が映る。
「選ばれたのはこれだ!」
「今度は大じょう――」 自信ありげに掲示板を背に言う許可を見て、神が安堵の言葉を吐きながら掲示板を見上げた。
『俺も豚です!!』
「ぶじゃねぇよ! 何だ俺も豚って!? お前以外に豚宣言した奴なんかいねぇよ馬鹿!!」
「よし! これなら問題無いな!! ゴー!!」
「NO!!」
腕を組んで満足そうに頷く許可に再び振り下ろされた神の鉄槌。
「ええ!? また駄目なの!?」
「何を以ってこれが良いと踏んだんだよお前は!?」
「……」
「……」
「ブー」
「たわけっ!」
僅かな沈黙の後、真顔のままやたら低音で呟いた許可の頭を神が叩く。
「ノリで許可してるんじゃない! 真面目にやれ真面目に!!」
「真面目に……ブー!」
「百八回殺すぞてめぇ」
「すいませんでした!!」
変に力をいれた許可の豚の鳴き真似に神がどす黒い笑みを浮かべて呟いた途端、許可の額が地に擦りつけられた。
所謂土下座の体制のままガクガクと震える許可に神の冷ややかな視線が突き刺さる。
「……で?」
「やり直させて頂きます!!」
「よろしい」
「ははー!!」
土下座姿勢のまま遜った物言いをしていた許可が神のその一言でがばりと起き上がった。
「へへへ、旦那。これからが本番ですぜ」
「ほぅ?」
卑屈にへつらい小悪党風に笑う許可に神は疑惑に満ちた視線を向け、否、突き刺す。
全身が神の視線に寒さを通り越して痛覚が悲鳴を上げんとする中、許可が振り切るように言い放った。
「ふははは! あっしはまだ実力の十割しか出しちゃあいないんですぜ!!」
「全力じゃん」
「あ、え? いや、あれえ?」
視線が和らぐものとばかり思っていた許可が激しく困惑する。
「お、おかしいな。ここは十倍になるのを驚く所なんだけど……うーん?」
決定的な間違いに気付く事が出来ずに悩む許可が、神に白旗を上げんと声をかける。
「あの、つかぬ事を――」
「レイズ、二枚上乗せ」
「乗った」
「上等、乗ってやらあ」
許可が振り向くと、先程までの位置から既に神は消えていた。
映ったのは、しゃがみながらカードをする三人の姿。
「俺放置なの!?」
待遇にショックを受ける許可だが、生憎相手をしてくれる奇特な人物は居ないようだ。
「コール、フォーカード。悪ぃな」
悪意が見せた手札には、同じ数の刻まれたカードが四枚揃っていた。犬歯を剥き出しにした笑顔でチップを寄せる悪意。
不意に、善意が朗らかに笑いながら手札を晒し待ったをかけた。
「こっちはロイヤルストレートフラッシュなんだけど」
「何ィ!?」
「詰めが甘いね」
言って、善意が悪意からチップをゆっくり奪ってゆく。
「何だこのハイレベルな役は……」
許可が呆然と呟き、まだ札を開けていない神に目を向けた。
そこには、肩を僅かに震わせる神の姿。
「くくく、甘いわガキ共が」
ゆっくりと手札を開く神の笑みに、許可を含める三人に動揺が駆け抜ける。口を開いたのは善意。
「ま、まさか、ロイヤルストレートフラッシュより上なんて……」
たじろぐ善意を尻目に、遂にカードの内容が皆の目の届く範囲へ入れられた。神は勝ち誇りながら役を口にする。
「五光」
「花札!?」
許可が有り得ないとばかりに叫んだ。
五枚のカードには、それぞれ色彩豊かな絵が描かれている。
「ちょっ、おかしいでしょそれ!? 何で一人だけ花札なの!?」
許可が盛大にツッコミ、神の左右にいる白黒コンビに同意を求めようとするが、
「ちっ、まじかよ」
「なかなかやるね」
二人は悔しそうにしながらチップを神に渡しているではないか。
「納得しちゃうの君達!? ポーカーでしょこれ!?」
「「あ」」
詰め寄る許可を見て、カードをしていた面々から揃って平淡な声が上がった。
「んだよ、許可居たのかよ」
「さっきから居たっつーか居なくなったのは寧ろあんただ!!」
「ぜんっぜん! 気付かなかったよなあ」
「……君、善意だよね? 善良な意思と書いて善意なんだよね!?」
「お前ら何と話してんだよ? さっさと続きすんぞ」
「悪意に至っては存在すら認めていない!?」
三者三様に悲鳴に似たやり取りを交わす許可を見て、神がやれやれと二度手を叩いた。
「はーい、それじゃあ会議に戻るぞー」
「「ういーす」」
既にカードを回収した神がそう一声かけると、悪意と善意はもう元の位置へと帰っていた。
「俺って、俺って一体……」
残されたのは、膝を抱え込みぶつぶつと自身の存在意義を問いている許可と、面倒臭そうにその様子を半目で眺めている神の二人。
「どうせ、どうせ俺は……」
「ああ、全く面倒な。ほら、さっさと戻るぞ」
どうにも終わる様子が見られない許可の肩に手をやり神が告げると、許可は神の方に目もくれず置かれた手を払った。
ほのかな明かりしか無い空間に乾いた音が響くと同時に、許可が勢い良く立ち上がり神に向かって自棄気味に怒鳴る。
「ほっといてくれ! どうせ俺なんかぼまぁあ!?」
喚き立てる許可が自虐的な言葉を吐こうとした瞬間、尋常でない衝撃が許可を襲った。
何の事は無い、神が許可の腹部を素晴らしい勢いで殴り付けたのだ。
「あ、あんたは鬼か」
「黙れ。今のお前の無情な行為に我が心がどれだけ傷付いたか」
膝を付き悶絶しながら抗議する許可に神は片手を額に当て、さも嘆かわしいと言わんばかりに首を振る。
「先程の愚行に受けた衝撃は、数値に換算すれば実に一ヌルコビッチは容易に達するだろう」
「何その単位!? ぬ、ヌルコ……?」
聞き覚えの無い単語に過敏な反応を示した許可を見て、神がああ、と何かに気付いたように補足を入れた。
「ヌルコビッチとはな、隣に住んでいたヌルコビッチさんが実は人では無くチョークの粉だったと言う事実を知った時に受けた衝撃を基準にしている」
「尋常じゃないにも程があるだろうそれ!? あんたの目はどうなってるんだ!!」
「道理で話し掛ける度に小さくなる訳だ」
過去を思い返しといるのかしみじみと目をつぶる神を、許可がそれはそうだろうなと半眼で見つめていた。
「おーい、二人共。いい加減始めようよ」
ある程度話が落ち着いた頃を見計らってか、善意が元の位置から手を口に沿える形をとりながら二人を呼ぶ。
「そだな。幾ら時間の流れが違うっつってもいい加減何かを返さないとそろそろヤバイか」
「何かうまく流された気がするけど……まあ、いいか」
やれやれと頭を掻きながら戻る神に、腕組みをしてぶちぶちと文句を言う許可が続く。
ようやく定位置に皆が揃った所で、再び会議は仕切り直された。
最後と思いきや、実はまだ続いてしまいました。皆さん暴れすぎですよ。