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縁結び狂騒曲  作者: barth
6/8

第五話 神様再来 おれってすごい!?

今回は少し長めです。描写に少し力を入れてみたらあれよあれよと膨れてしまいました。ちゃんとコメディになっているか不安で仕方ありません。あと、感想や質問などありましたらどんどん送って下さいませね。

 黄昏れ時に辺りが染まり、教室からは人影が消えた。すっかり人気の無くなったそこに、取り残されたように席に着いている一人分の影。

 いわずもがな、棗である。

 茶色から赤焼けた色に変化した机を見つめ、緊張でがちがちに固まっている様は事情を知らぬ者から見たらかなり異様な光景だろう。

「ついに……」

 怯え、喜色、興奮、不安。それらを熔かし混ぜ合わせたような表情で棗が呟いた。

「遂にこの時が――」

「さっさと行けや」

「!?」

 唐突に、音も気配も発せず後ろに現れた何かに言葉を遮られた。

 誰もいない筈の教室で、しかも真後ろからいきなり浴びせられた言葉に、棗は驚きのあまり満足に声を出す事も叶わない。

 正面から見れば固まっているのがよく分かるが、生憎後ろからでは無視されていると取れるのかも知れない。現に神は気分を害したような表情になっていた。

「何だ? おい、神を無視するとは良い度胸だな」

 神が言った瞬間、べしゃり、と棗の首を液体と固体の中間のような物が纏わり付く感覚が襲う。

「ひっ!? …………チチチチチチチチ!!!」

 しかも、熱い。

 たまらず棗が首に手をやり、かけられた物を叩き落とす。

 床にぶちまけられた気色悪いそれを視界に納めながら、先程までの恐怖、驚き、その前に感じていた緊張の全てを吹き飛ばし棗は後ろを振り向いて叫んだ。

「っちーな! 何すんだよ!!」

「無視するお前が悪いのだ」

「いきなり真後ろから声がしたら誰でも固まるわ!! ……っ、あんた今朝の!?」

 目の前に居る突然現れた主が誰か判断し、棗が驚いた表情をする。

「四分の一日ぶりだの、劇的な告白は思い付いたか?」

「ラブエロス乃神!?」

「何か色々混ざってるなぁおい。乃神って誰だよ。俺は縁結びの神だっつってんだろ、ああん?」

 べしゃり、と再び棗に半固体の何かが落とされた。今度は脳天に。

「あっつい!? これあっつい!!」

 慌ててバタバタと床に転がりのたうつ棗に、べしゃり、三度投げ付けられた何か。今度は内股である。

「うわおそこけっこー敏感! き、生地に染み込んでアヂヂヂヂヂヂ!? ヤバイ焼ける熔ける爛れあっちぃいい!!」

 地肌と違い拭っても中々熱さの抜けないズボンにのたうちまわり、最終的にズボンを脱いで素足を晒し、さする。

「…………露出狂」

 内股を撫で、息を吹き掛けている棗に神がぼそりと言うと、反射的に棗が言い返す。

「違うわ! お前のせいだろ!? 神様の癖にこんなことでへそ曲げるなよ!!」

「神様だろうが何だろうがムカつくもんはムカつくわい」

 偉そうに言って、神が腕組みしながら胸を反る。姿だけは神々しいのだが、そんなものは見た目だけだと、棗が神から視線を逸らし脳内でぼやく。

 途端。

「あっちぃぃいいい!!!!」

 後ろから背中に例の物を入れられ、棗が再び悶絶した。

 ごろごろと転がり回りながら、棗は服を脱ぎ捨て纏わり付く物体を必死に掻き落とす。

「何だよ俺何も言ってないだろ!」

 パンツ一丁で神に吠える棗。

 茜色の教室であられもない姿で叫ぶ棗を見て、神が一言。

「…………変態。いくら好きな女から告白されるからって調子乗りすぎだろ」

「だからお前のせいじゃん!? 明らかにさっきのは俺に非は無いだろ!」

「いや、なんか失礼な事考えてる気がしてな。神罰だ」

「気がした程度であんな仕打ちすんのかよあんたは!!」

 実際失礼な事を考えていた事を棚に上げ、棗が怒鳴るが、神に動じる様子は一切見られない。

 棗がその様子を見て更に苛立ち、怒鳴ろうとするが。

「まあ、そう頭に血をやるな。ほれ」

 声を出そうとした瞬間に神が軽い調子で言って掌を向けてきたので、つい止まってしまった。

「な、なんだよ」

 いきなりの意味不明な行動に棗が神の掌を見て怪訝そうにしていると。

「むっ」

 若干力の篭った声を神が出す。途端、神の掌が虹色に輝き、そして、棗の目の前に上から何か巨大な物が、轟音と共に降って来た。

「うわ!? な、なんだ?」

 棗の前に現れたのは、人一人楽に入れる位の大タライ。しかも中には白く濁った液体が半分ほど満たされている。

「……これ、何?」

 困惑をあらわに棗が尋ねると、神が馬鹿にしたような見下す視線で棗を見た。

「何だ、タライも知らんのか。いいか、これは――」

「そうじゃなくて! なんでタライ? しかもなんか入ってるし」

 強引に神の言葉を打ち切ると、神はああ、と納得したように話し出す。

「いや、熱かろうと思ってな、冷水を用意してやった。なに、せめてもの詫びだ。ちゃんと出たら乾かしてやるから、そのまま入って冷やすが良い」

 さっきまでの傍若無人ぶりから急にしおらしくなった神に、つかの間棗が間の抜けた顔を晒すが、すぐに疑いの視線を向けた。

「あ、怪しいな。だいたい何だよこの水。濁ってんじゃん」

「知らんだろうから教えておいてやろう。神が力を注いだ水はな、祖なる白に染まるのだ。また、神が力を注いだ物は神恵と呼ばれ、大変貴重でありがたいものなんだぞ」

 妙に説得力のある説明を受け、棗に疑ったことへの罪悪感が湧く。相手が曲がりなりにも神を名乗っている事で、どこか無意識に退いているからかも知れない。

「ま、まあ、そー言う事なら……」

 故に、割と素直に納得した棗は恐る恐るタライの水に足を浸け、異常が無いと分かるとゆっくり体を沈めていく。

「お、おー。すげぇ、程よい水加減。流石神って言うだけはあるな、絶妙な気持ち良さだ」

 水に浸かった棗が表情を緩めると、それまでじっと見ていた神が何気ない口調で話し出した。

「因みに」

「?」

 人差し指を立てて言う様は、どこか楽しげに映る。

 突然の変化に棗が何だと顔を向け。

「今お前が入ってるのはただの飽和状態の砂糖水だからありがたくも何ともないぞ」

「騙したなーー!!」

 勢いよくタライから飛び出した。

「う、うわ、顔洗っちまったよ俺!?」

 棗がしまったとばかりに口元に手を当てると、不意に口に水滴が染み込む。

「あ、甘っ!! 俺甘っ!!」

 一体どれほどの砂糖が溶けているというのか。軽く眩暈を起こしながら棗が恨めしげに神を睨んだ。

「何だよこれ!! 尤もらしい嘘良いやがって!!」

 吠える棗に神は意地の悪い笑みで返す。

「嘘など言っておらんさ、さっきのは全て事実だ。よく思い出してみろ。俺はその水が神恵とは一言も言ってはいないぞ?」

「ぐ……へ、屁理屈だ。理不尽だ。何だよ畜生、俺が何したっつんだよ」

 棗が悔しそうに言う。

 返ってきたのは、意外な言葉だった。

「おかげで緊張が解けたろ?」

「……は?」

 笑いながら言って、神はずぶ濡れの棗に手を向けると、パチリと指を鳴らした。

「お、おお!?」

 神の動作と同時に、棗の足元から柔らかな風流が渦を巻くように棗を包む。風は瞬く間に棗の纏う水気を払い、同時にどんな原理なのか、渇いた部分には脱ぎ捨てた筈の服が瞬間的に現れ覆って行く。

「す、凄え、勝手に服が出て来る。」

 まるで絵の具で塗り潰すように現れ、自身を包んでいく様子に、棗はただただ感心するばかりだ。

「ふむ、これでよいな」

 僅か十数秒で、棗は元の状態に戻っていた。

「うわ、マジで?」

 手足を交互に確認し、棗が感嘆の声を漏らすと、神がようやくと言った感じで口を開く。

「これで大分余裕ができたろ。お前、ただでさえ変な癖があると言っていたじゃないか。それであんなにガチガチに固まってたんじゃどうなるか。火を見るより明らかだろうに」

 子供に言い聞かせるような口ぶりで諭す神に、理解は出来るが納得いかないとばかりに棗が愚痴る。

「だからって、あんな事しなくてもいいだろ。マジですっげー熱かったんだからなあれ」

「それくらいしないと頭が切り替わらんだろう?」

「にしてもやり過ぎだ! 大体何だよあれ。べちょっとして無茶苦茶熱くて、あれも神恵ってやつか?」

 体にかけられた事を思い出しているのか、苦々しい顔で尋ねる棗を満足そうに見ながら神が口を開く。

「ああ、あれか? あれは……」

「……あれは?」

「ふっふっふ」

 何とも不気味に笑うだけで中々言い出さない神に棗の不安が徐々に膨らんでいく。

「な、何だよ。そんなやばいもんなのか?」

「ニヤリ」

 一瞬、神の両目がギラリと光ったのを棗は見逃さなかった。というより、見逃せるレベルのものではなかった。

 びくりと棗が身を強張らせる。

「ま、まさか、呪いとかかかるんじゃないだろうな!? なあ言えよ!! 何なんだよあれ!!」

「とう」

 棗が近付いて来ると、神は緊張感の無い掛け声と共に背中から取り出した何かを投げ付けた。

「のぅっ!?」

 軽く手首だけで投げられたように見えた円盤状のそれは、弾丸のような速さで棗の眉間に食い込む。棗の顔は、あたかも目線を入れたようになってしまった。

「い、いきなり何するかな君は……」

 謎の円盤物を眉間に食い込ませ、ゆっくりと後ろに倒れながら棗が震える声で抗議する。

「いや、なんか目がやばかったから。煎餅でも食わせて落ち着かせようかと」

 神が言い終えると同時に、棗が仰向けで床に倒れた。

「へ、へえ、そりゃどうも。だが、だがしかしだ。ここまで良い一撃にする必要はあるのか? ……俺は軽く瀕死だ」

 未だ顔に煎餅を生やしながら、がくがくと痙攣する腕を神の方へ向け棗が呻くように言う。

 対して、神が気まずそうに僅かに顔を逸らし、頬を掻きながら返した。

「や、その、あー……すまん。本当なら面の部分を当てるつもりだったんだが、手が滑った」

 気まずそうにしていた神は、取り繕うように笑いながら言葉を続ける。

「ま、気にすんな。意外と面白いぞ、その顔」

 神がそう言って棗の顔を指差した。同時に、棗がまるでバネでも仕込んでいたかのように勢いよく跳ね起きる。

「面白いじゃねーよ!! 痛いっつんだよ前見えねっつんだよ気にしないわけがねえっつんだよ!!」

 拳を握り全力で叫ぶ棗。

「……おーい、俺はこっちだぞー?」

 悲しいかな、目が煎餅で塞がっている為に棗は神のいる場所とはてんで検討違いの方向を向いている。

「……」

「……」

 気まずい沈黙。

 数秒の硬直の後、棗はクルリと神の声がした方向に向き直った。

「大体なんで俺がこんな目に合わなきゃなんねーんだ!」

 まるであさっての方向を見ていた事実など無かったかのように、神が居ると見られる場所をびしっと指差し怒鳴る。

「なあ、どう頑張ってもさっきの無かった事にするのは無理だと思うぞ」

 神の一言に、再び若干の間が生まれ。

「やっぱり?」

「うん」

 いやに素直なやり取りが交わされた。

「……や、それでもやる子だよ俺は!! やってられっか畜生が!! 言え、さあ言え、あの熱いブツはなんだ!! 言わないとぶん殴るぞぉおう!?」

「やかましい」

  テンションを無理矢理引き上げた棗が最後に奇妙な声を上げた。

 理由は簡単、神が台詞と同時に悲惨な程刺さっていた煎餅を引き抜いたからだ。

「ったく、落ち着きの無い奴だ。さっきからお前の目の前にあるだろうが」

 目の辺りに真横に走る赤い跡をつけた棗がその言葉に辺りを見回す。

 だが、当然それらしい物は見られない。

「つーかさっきからって言ってもさっきから俺の目の前にあったのはその茶色い煎餅だけだっつんだよ!!」

 再び神をびしっと指差す棗。

「……」

 ぽとり、と棗の言葉を聞くや否や神が手に持っていた煎餅を床に落とした。

「あ、あれ? そんな、物落とす位ショックな事だったか?」

「……」

 僅かに動揺を見せる棗を捨て置き、神は再びごそごそと背後から何かを取り出した。

「あー……何故に今湯呑みと急須をだすのかな?」

 棗の疑問など微塵も相手にせず、神は湯呑みをこぽこぽと急須から出る液体で満たしていく。

「無視か、ここまで来ての無視か。ふ、ふん。そうやってごまかすつもりだろうがそうは――」

 軽く涙ぐんだ棗が意気込んでいる最中に、今まで棗を完全無視していた神が掌を内側にちょいちょいと動かし、棗にこっちに来いの動作をする。

「ん? なんだよ。遂に諦めて白状するか?」

 期待半分、不思議半分で近付いてきた棗に差し出されたのは、淡い緑色の液体で満たされた湯呑み。

「え、何? くれんの? ありが――」

 棗が手を出した瞬間、不意に湯呑みが揺らいだ。

 傾いた湯呑みから湯気の立つ液体が床に流れ落ちていく。

「あ、な、何すんだよ!」

「お前に飲ませる物など無い」

「わざわざ呼んどいて酷過ぎるだろそれ!?」

 ツッコミを入れる棗を神は既に見ていない。神の視線は床に流された液体に向けられていた。

「……はあ、勿体ない」

 何とも悲しげに呟く神。

「捨てたのお前じゃん!? 勿体ないなら捨てんなよ!! っつか俺にくれよお茶!!」

「イヤダ」

「即答!?」

 ショックを受ける棗に、神が人差し指を下に向けた。

「こ、今度は何だよ」

 ゆっくり棗が視線を下げると、そこには零された液体に濡れた煎餅が。

「そこまで俺に飲ましたく無かったんかお前は!? 煎餅に飲ました方がマシだって、の、か?

 興奮する棗の顔を驚愕が覆う。

 棗の視線の先には、湯気を上げる濡れた煎餅。いや、煎餅、だったもの。

「何!? ねえ何コレ!? 何でお茶かけた煎餅がこんな急に熔けるの!? おかしいだろ絶対!!」

「ニヤリ」

 不意にワラッた神が、ズルズルの軟物となった煎餅を指に一掬いし、ぎゃあぎゃあ喚く棗にひゅっと投げる。

「え?」

 短い言葉を上げた棗の目に、それは直撃。

「ぬゅまし!!」

「いや、有り得ないからその叫び」

 目を押さえて背を反らせながら棗が唸る。

「こ、この熱さは……そうか、これがあの謎の熱軟物体の正体か……」

「やっと気付いたか」

「ああ、この熱さは間違いない。そうか、これが――って納得出来るかボケェ!!」

 言葉の途中で棗が目を擦りながら叫ぶ。

「おかしいだろ!? 熱すぎるとかふやけ過ぎとか以前に! 何て言うかもう全体的におかしいだろ!?」

「お前が存在する事の方がおかしい」

 神が冷淡に吐き捨てる。

「神様に存在否定された!?」

「冗談だ」

「性質悪いよその冗談!」

「それにしても、お前よく平気だな」

 唐突に、神が感心するような素振りを見せた。

「あ? ああ、あんだけ何度もくらえばそりゃ多少は慣れるさ」

 苦々しい表情で答える棗を見て、神がきょとんとした顔で棗を見る。

「いや、何その顔?」

「お前、ある意味奇跡的な奴だな」

「えー、と? だから、何の事ですよ?」

「これ」

 神が差し出したのは、先程の湯呑み。

「これ……て、さっきの湯呑みじゃん」

「問題は中身だ中身」

 言われてじっと湯呑みの中を覗き込むが、あるのは僅かに残っている淡い緑色の液体だけ。

「お茶、じゃねえの?」

「いや、お湯溶きワサビ」

 ぎぎぎ、と錆び付いた機械のような擬音で顔を上げ、神に目を移す棗。

「……マジで?」

「マジで」

 人間とは不思議なもので、思い込み次第で信じられ無い事が出来たりもする。とは言え。

「騙したなぁぁぁあああおおおうがだっしゃああああ!!!!!!」

 事実が分かれば、それはたやすく崩れ去るものでもあるのだった。

「目が、目が焼けるぅおあぁああぁぁあ!!!!」

 言葉通り目から火を噴きながら棗が右往左往するのを呆れ半分で神が見つめる。

「お前さぁ、今更だろ? 何で気付かないかな」

 腕を組んで呟くが、生憎棗はパニック状態で聞く耳を持つ暇が無いようだ。

「ひーっひーっふー! ひーっひーっふー!」

「なしてラマーズ法? なんか産むんかお前」

「ぱいんっ!」

「パイン!? 果物だぞあれ!!」

「あったぁま!!」

「……もしかして、コレ全部悲鳴か? うわ、紛らわし〜。有り得ね〜」

「もげたっ!!」

「頭もげちゃった」

 意味不明な悲鳴を上げる棗を眺め、たまにツッコミ又は相槌を入れる事数分。棗が落ち着きを取り戻した頃合いを見て神が口を開く。

「そろそろ元に戻っ――」

「ベティそれあったぁま!!」

「てないな。うん。確実にパニクってる」

「もげた!!」

「ベティさんとやらも頭もげちゃった」

 やれやれと神がため息を付く。

「はぁ、はぁ、や、やっとおさまった」

 どうしたものかと考えていた神の前で、ようやく棗が落ち着きを取り戻した。

「おっ、やっと戻ったか。長かったなぁ」

「て、てめぇ……!」

 鬼気迫る形相で棗が神に詰め寄るが、神の方はどこ吹く風である。

「あーはいはい、苦情は後で受け付けてやらん事も無い事も無きにしもあらずだったら良いな?」

「俺に聞くな!!」

 普通ならこのままボケ倒す所なのだが、今回は少し違うらしい。のんべんだらりとしていた神の空気が突然場違いな程引き締まる。

「ふぅ、いじり――もとい、ガス抜きはこの程度でよかろ。とっとと始めるぞ」

「知るかよ!! こっちはテメェに一言いってやんなきゃ気が済まねえ!!」

「んな事してる時間ねぇよ。これから告白なんだろうが」

 ばっさり切り捨てるその一言に、棗がはっとした表情に変わり、時計を見た。

「ぅおお!? やっべ、え? あれ?」

 どうしてこんな大切な事を失念していたのかと、後悔と焦燥に駆られ教室に掛けてある時計に目をやった棗を彩ったのは、困惑。まるで何かの間違いだと言わん限りに、今度は携帯電話を開き時間を確かめる。

 しかしそれは、棗の困惑を深めるだけとなった。

「ど、どうゆう事だよ。時間が、止まってる!?」

 驚愕に顔を染めて、棗は窓から外を見る。

 そこから見た景色は、まるで写真のようだった。

 雲も、風も、鳥も人もなにもかも、全てが動く事を忘れてしまったかのように停止している。

 現実を否定するかのように、かたかたと表情を驚愕に固めたまま震える棗に、神が可哀相なものを見るような目をしながら話し掛けた。

「お前なあ、幾ら何でもあれだけやってたら日が落ちてるだろ」

「いや、でも、だって……て言うか、これもあんたの仕業だってのか?」

 何を当たり前な事をとばかりに、神がため息をつく。

「まぁな、あんまりガチガチだったから解すのに時間掛かるかもって思ったのと、もう一つ大事な用事があったからな」

 言って、神が何やら妙に手をワキワキとせわしなく開閉させる。

 半端な笑顔でするものだから、棗などは今度は何だとばかりにかなり怯えていた。

「だ、大事な用事ってのは、俺関係?」

 出来れば杞憂であって欲しいとばかりに淡い期待を込めて問うが。

「当たり前だろう」

 見事に爆散した。

「な、何をする気だよ」

 時間を止める等と出鱈目な真似をする神に逃げ腰全開で棗が尋ねる。

「お前が大事な場面で雑念が入って失言するの、何とかしてやるっつったろ?」

「あ、ああ。そう言えばそんな事言ってたような」

 曖昧な調子で頷く棗。

 いまいち腰の引けている棗を前に、神が語った。

「とりあえず詳しく言ってもお前じゃ理解出来ないだろうから、簡単に言うぞ。よく聞けよ」

 ワキワキと艶かしく動かしていた手を止め、神が真顔になる。

「お、おう」

 幾らふざけようが、腐っても神。真剣になった時の場の空気は、神気漂う荘厳な雰囲気にがらりと変わる。

 空気に当てられたのか、急に緊張の糸が張ってしまった棗は自然と溜まった唾液をゴクリと飲み込み。

「俺と一つになるぞ」

「っ――!? げほっ!! えほっ!?」

 思い切り、噎せた。

「何で!? 何でそうなるのさ!? まさかそんな趣味が!! お、俺には心に決めた人がぉおう!?」

「気色悪いわ」

 胸元を隠す形で左右の腕を掴み後退った棗の額に、神のチョップが炸裂する。

「い、痛ひ」

 頭を押さえうずくまった棗を仁王立ちで見下して神が説明を続けた。

「今からお前の頭に入る。ま、思考に干渉したりする感じだ」

「??」

「とりあえず、やってみりゃ分かる」

 頭に疑問符を浮かべいまひとつ理解しきれていない様子の棗に向け、神がゆっくりと掌を差し出した。

「……軸固定。脳内結合解析。転移遮蔽透過。仮想投影消去、実干渉開始…………」

 神が呟き出してから、白や赤の光る糸のような物が神の足元から立ち上り、ゆらゆらと幻想的な雰囲気を醸し出しながら揺れていた。

 徐々に光は強くなり、反対に神の姿は薄らいで行くように見える。

 現実と言うには余りに神々しく、背筋が凍る程の優美さに棗が見とれていると、不意に、どこか遠くを見ている様子だった神が視線を交わして来た。

「!?」

 あまりの迫力に、まるで心臓が鷲掴みされたように、思わず息が止まる。

「いいか、行くぞ」

 短い言葉の後、神の周りが一際輝き出した。

 文字通り息つく事も忘れ見入っていた棗が思わず目をつぶる。

 次に棗が目を開けた時、そこには誰もおらず。ただ、時計の秒針の音だけが、やけに棗の耳には響いて聞こえた。


棗君が哀れで仕方ありません。因みに次も哀れです。書いてて調子に乗ってしまいました。まあ、彼なら大丈夫でしょう……多分?

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