第一話 神様奮闘 これが前哨戦!? マジで!?(前半)
「さ〜て、とりあえず情報集めだな」
少女が現れた翌日。
神は登校してくる生徒達の中から少女を見つけ、そっと背中に回り込んだ。
当然ながら彼の姿は一般人には見えない。
彼の目の前で、少女は下駄箱に手紙を入れる。
「ははあん、恋文か? いや、告白っつってたから呼び出しだろーな」
彼はそっと手紙を読む。
『今日ノ放課後、屋上ニ来テ下サイ? 二年一組 笹野柚子』
「え疑問系!? それに何故に片言? いや、まあ、悪いとは言わんが。……どーでもいいけど漢字のニと片仮名のニって区別つかねーな」
困惑しながら神のは手紙を戻した。
「さてと、相手はどんな奴かな」
暫くして、ある男子生徒が手紙の入っている下駄箱を開けた。
「お、こいつか?」
神が呟いた瞬間。
「おお!? 棗の下駄箱にこんなモノがぁ!?」
「違うのかよ!? っつーか人の下駄箱覗いちゃいけません!!」
驚く神に対し、その男子生徒はなんと
「くそぅ! 何故棗ばかり、こんなモノはぁ!」
そう言って手紙を口に入れようとするではないか。
「やっ、ちょっ、させるかあああ!!」
瞬間、神の手から桃色の光線が放たれる。
光線が男子生徒に直撃すると、彼はピタリと動きを止め、
「……と思ったけどや―めた」
そう言って手紙を下駄箱に戻しどこぞへと去っていった。
「ふぅ、あぶね〜」
これこそが、神の力の一端。恋愛の妨げになる事柄を排除する偶然を引き起こす。
例えば、告白してる最中に誰もその場所に近付かないようにしたり、人込みの中でも想い人が一発で見つかったり、街角で出会ったりという事が可能となる。
と、そこへ新たな男子生徒が――
「ああっ!? 棗の下駄箱にこんなモノが!?」
「またかよ!? どんだけ他人の下駄箱に興味あんだよお前ら!!」
新たな男子生徒へ向けて再び腕を桃色に光らせる神。
「だが! 不粋な真似はさせん!! 喰らえ必殺、『恋の桃色偶然』!!」
「って、棗は俺か」
「お前かよ!?」
出す瞬間、男子生徒の思わぬ一言に驚き、あさっての方向に飛び出る光線。
「!?」
そして関係無い生徒に直撃する。
光線の当たった生徒は、手紙を持つ棗に気付くと、さっと下駄箱の陰に隠れ呟いた。
「棗、頑張るんだ。俺は見守っているぞ!」
小さなガッツポーズをして棗に生暖かい目を送るその生徒を、神がげんなりした様子で見ていた。
「にゃろう、あいつのせいで変なキャラが出来ちまったじゃ――」
文句を言いながら棗の方を振り向くと、
「HAHAHA、ニホンゴムズカシネ〜」
「俺がよそ見している間に一体何が!?」
先程と比べ縦にも横にも広い、肌の黒い大男の姿があった。
「あら〜、少し見ない間に随分育っちゃって。 人種まで変わっちゃったの…………って、そんな訳ねぇだろがああ!! 誰!? ねえ誰おっさん!?」
突然の相手の変わりっぷりに完全に狼狽する神の前で、変わり果てた棗(?)に別の生徒から声が掛けられる。
「お、タマ。また分かんない日本語でもあったのか?」
「タマ!? このおっさん名前タマ!? ペットじゃないんだからまさか!?」
「ノー! タマノー!!」
神の前でタマと呼ばれた大男が悲痛そうに否定する。
「まあ、そうだわな。どう贔屓目に見てもタマなんて柄じゃな――」
「マイネームイズ珠八郎介定!!」
「なんかもっと凄いの出て来た!? え日本人!?」
「アーンド、ブラック!!」
「……ん? アンド、ブラック? ……ブラック? え、まさか……珠八郎介定ブラック!? カッコイイなオイ!!」
想像以上に思わぬ事態にツッコミを入れ、そこまでして神はある事に気付く。
「……って、棗じゃないじゃん!? あいつは!? あいつは何処行った!?」
いつの間にか棗と入れ代わった珠八郎介定ブラックから視線を外し、辺りを見回す神だが、突然ながら目的の人物は見つからない。仕方なく神は下駄箱を離れ、校舎を捜し始めた。
一方、棗はと言うと。
「……ドキドキ」
今まさに校舎裏で、手紙を開こうとしていた。
「えっと、ナニナニ?」
緊張の面持ちで手紙を開く棗。
「?イサ下テ来ニ上屋、後課放ノ日今……?? ?から始まる文章って……? 暗号?」
きょとんとした顔で手紙を見つめる棗。
それも当然と言えた。普通、悪戯にしろ何にしろ、少なくとも何らかの意味ある文章を載せるものだろう。
予想外の意味不明文に、棗は頭を捻る。
「むううん、斜め読みは無理だし、飛ばして読んでも意味分かんね……やっぱ悪戯かなあ?」
唸る棗が、何気なく視線を視線を下げると、まだ下に文字がある事に気付く。
「子柚野笹 組一年ニ…………ああっ!?」
文字を読み、素っ頓狂な声を上げる棗は、再び上の文章に目を向けた。先程とな違いと言えば、文字の読み方。左読みから、右読みへ。
どうやら学年の部分でピンと来たようだ。
「なんで右読み!?」
書き方に意を唱えつつ、今度こそ手紙の内容を正確に把握した棗。途端に、何故か震えだす。
「嘘……マジ? 笹野さんから?」
呆然とした表情で呟き、ははっと空笑いした棗は空を仰ぎ、
「いよっしゃああああ!!」
叫んだ。
「ったよ! マジかよ!? また夢じゃねーだろーな!!」
前にこうゆう状況を夢に見た事があるらしい。
棗は自分の頬を抓りながら不気味にえへえへと笑っていた。
ここで、またしても棗の表情が変わった。というより、止まった。
「ぁ……」
固まった表情のまま唸るように呟くと同時に、棗は頭を両手で抱えながら悲痛な表情になる。
「やっべーよ……忘れてた……うあぁまじぃ」
ぶつぶつと呟き、次の瞬間。空に向け、叫んだ。
「神様仏様!! 今回ばかりはあの忌ま忌ましい癖が出ませんように!! どうかっ!!」
誰に向けるでもない悲痛な言葉は虚空へと消え、少し視線を下げた棗の目に何かが映る。
言わずもがな、あの神の社だ。
「ん? 社? いや、この際なんでも良い!!」
言うが早いか、社に向けて棗のダイビング土下座が炸裂する。
「どうか笹野さんとうまくいきますようにぃ!! なんまいだなんまいだあにゃにゃうんはんたらぬょ〜」
呪文だか念仏なんだかよく分からない言葉を棗が発する。
と、そんな棗を苦笑しながら見つめる一対の瞳。
「へぇ、誰かが祈ってる気配がしたから戻ってみれば、まさか棗の方も祈ってくるなんてなあ。こりゃ運命かな。……いや、その前に、こいつなんでこんなに焦ってんだ? ふむ、ちーっと気になるな」
怪訝そうに神が棗を見る。
対して棗はと言うと、未だ社に向かい祈りを捧げている最中だった。
「神様〜……ん? そいや何の神様?」
不意に思い付いたような表情になると、棗が考え込む様子をみせる。
「むう、戦い?」
「戦神に恋愛祈るのかよ……せめて確信なくても恋愛って考えるもんだろ普通……」
聞こえていないと判りつつ、棗にツッコミを入れる神。
「いや、もしかして安産?」
「お、ちょい近付いた」
「まさか、もしかして……」
「ふふん、やっと恋愛だと気が――」
「アニメ!?」
「ぅおい!!」
「まさかとは思ったけどアニメの神を奉っているのか!?」
「ねぇよ! それはねぇよ!! お前はアニメが何百年前からあると思ってんだ!! つーかお前は何に恋愛成就を祈る気だ!?」
「アニメの神よ!! 今こそ俺にラブコメ的恋の力を!!」
「祈っちゃった!? 祈るなよ!! アニメに恋愛祈るなよ!! つーか俺アニメの神決定!?」
ありえない棗の思い込みに神がツッコミを連発していると、再び棗が何か思い付いたように叫び出す。
「いや、もしかしてエロゲの神!?」
「お前の頭は何がどうなってんだよ!! 蛆でも湧いてんのか!! あぁ!!」
「それとも乃神!?」
「誰だよ!?」
「まさか剛が奉ってあるなんて……」
「いやちげぇよ!! 何が悲しくてお前は知り合いに恋愛成就を祈ってんだ!! んなぁ、もう!!」
社の前にひざまづき、友人と思われる人物に向け祈りを捧げる棗の後ろに、何かが輪郭をつくる。
光か何かで作られたように見える輪郭は、徐々に立体を、色を得て、ついに場に人型を映し出した。
実体を持って現れた神は、気付かず喚く棗に近付き、
「誰がアニメか、エロゲか、剛かぁボケぇ!!」
「あでぶ!?」
勢いよく殴り倒した。
「ってぇ〜、誰だよ!!」
地面にめり込んだ頭を起こし、勢いよく振り返る棗は、同じく勢いよく振り下ろされた神の足に潰された。
「ふぎゅ!!」
「全く、お前の頭はあれか? カスでも詰まってんのか? それとも何にも入ってないのか? あ?」
声にドスを効かせながら、神がぐぅりぐぅりと棗を地面に押し込む。
「ちょっ!? 痛っ!? 痛いって!? 止めろよ!!」
「…………」
「痛い埋まる!! 止め、おい、止めろって!!」
「…………」
「すいません止めて下さい!! すいませんごめんなさい止めてぇええ!!」
満足したのか、棗からゆっくりと足を外す神。 同時に、棗は驚く程の勢いで土埃をあげて神から離れた。
「何なんだよいきなり。俺、あんたに何かしたか?」
地面に尻餅をついた体勢で、怯えと困惑を含んだ目で神を見上げる棗に対して、見下すような視線を向ける神はぽつりと呟いた。
「……縁結びだ」
「え?」
「だから、縁結びだよ」
「あんた何言って?」
「だぁかぁらぁ、ここは縁結びの神を奉った社だっつってんだ!」
ぎんっと眼光鋭く睨む神に、棗は短い悲鳴を上げてまた少し後ずさる。
「な、なんであんたがそんな事――」
「神だから」
目の前にいる人物の発言に棗な目が点になる。
「……はい?」
「ま、口で言っても分かるわきゃないわな」
一見優雅ともとれる仕草で言うと、神はゆっくりと、浮いた。
「うわっ!」
驚く棗を尻目に、ニメートル程浮かび上がると、今度は全身に虹色の光を纏う。
「わっわっ!?」
「これで、とりあえず俺が普通じゃないってのは分かったか?」
勝ち誇るように言う神に、棗はガクガクと何度も頷いた。
遂に本編突入です。はてさてこれからどうなりますやら。