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オムレツ

携帯の着メロが寝ぼけた頭の中でなっていた。上昇と下降を繰り返す一度耳にしたら口ずさんでしまうメロディだ。私の携帯にはエドワード・エルガー作曲の行進曲、威風堂々が入力してある。机の上の充電器に置かれた携帯に手を伸ばす。

「もしもし」

「伊織、ごめん仕事が立て込んで帰れそうにないや」

誠司のぜんぜんすまなそうではない声がした。電話から楽しそうな笑い声が漏れる。時計の針はもう八時をまわっていた

「仕事なら仕方ないよ頑張って」

そう言うと電話はぷつりと切れた。誠司の嘘を見抜いていたのに、私は人間に対してそれほど弱腰ではないが、彼氏の誠司には奥手だった。

大学時代から誠司と同棲してもう五年が経つ。誠司は身長が高くてスタイルが良くてアイドルのように綺麗な顔立ちをしていた。一目ぼれだった。

ゼミが一緒だったこともあり私は誠司と仲良くなった。誠司が女好きで遊び人だという噂は聞いたことがあるけど最後は私のことを愛してくれた。だからみんなからお似合いカップルと言われたとき誠司を運命の人だと思った。

今夜のために下着や靴からコートとバックまで全部新調した。やらなければならない仕事を思い切って切り上げておしゃれした自分がバカみたいだ。誠司から誘ってくれたのは久しぶりだったから私にとって今夜はとても意味のある夜だと思っていた。

予約したお店をキャンセルして街に出た。金曜日の夜の街は恋人たちが街を埋めていたどこのお店も満員だった。並木通りの街路樹には煌びやかなイルミネーションが灯りガス灯を模した街灯は青ガラスを透かして冷たい光を投げている。

海外ブランドのウインドウを見て、自分の年収と同じ位の宝石や腕時計に思わずため息を漏らす。一人の寂しさを紛らわすために外に出たのに街に溶け込めない自分が惨めで駅前の賑やかな通りを俯きながら歩いた。

「お嬢さんだいぶへこんでいらっしゃいますね」

突然後ろから声がして私は驚いた。何かと思って振り向くと、そこにはスーツを着た中年の男が私を見つめて立っていた。初対面でいきなり失礼にもほどがある。私はなるべく目をあわさないようにして歩き出そうとした。すると、その手を男にぐっと腕をつかまれた。私は声を上げそうになったが男があわてて口に人差し指をつけ静かにとジェスチャーした。

「ひどいですよ。私も仕事で声をかけたのに無視して行ってしまうのですから」。

私は、男のその言葉にぽかんと口をあけた。

「あのなんですか?さっきから、何かの勧誘なら他をあたってくれませんか?」

「いえとんでもないです。私は新しくできたレストランにお客さんを招待するだけです」

本格的にまずいと思い早く誰かに助けを求めなければと周りを見回したが雑踏に埋もれ私のか細い声はかき消された

男はポケットから招待状を取り出し私に渡した。

「さあいきましょう。」

涼しい顔をしていた男は、そういうともう一度手を差し伸べた。

男の手に触れたそのとき目の前が真っ白になって力がスッと抜ける感じがした。私はゆっくり意識を失った。

私は夢を見ていた。自分でも夢を見ている感覚があるのが不思議だった。小さなおとこの子が楽しそうに駆け回りその子の父親だろうか男の子を捕まえて抱きかかえた。こっちをむいた。あれ、私笑ってる。

 目が覚めると私は洋食レストランにいて目の前で手付かずのコーヒーが冷めて濁っていた。

 えーと、私は駅前の通りにいて・・・・・・そういえば変な男に腕をつかまれてということはここはレストランの中?

 なんか急に倒れちゃったような気がするけど・・・・・・外が静かなところを見るとどうやら嘘ではないらしい少し照明を落とした店内は非常に落ち着いた雰囲気でテーブルは四人がけが九つほどあった。

 心のざわめきにぼんやり耳を傾けていると一人の老人がやってきて誰かを探すように店内をみまわしている。老人は私をみつけるとかけるように近づいてきた。挨拶もなしにテーブルの向かいに座り、ニコッと笑った。

「やっと君に会えた。僕はずいぶん年をとってしまったよ」

 驚きを隠そうとしたが出来なかった。

「ここはどこなの」

「ここは・・・・・・そうだね天国かもねボクもあまり詳しいことは知らないんだ」

「天国?あなた面白い人ね」

 彼は少し照れた様子でメニュー表を手に取った

「ここの店オムレツがすごくおいしいよ。でもきみが作ってくれたオムレツにはかなわないけどね」

「あなただれなの?」

「ぼくはきみの夫だよ」

「うそよ」

「本当だよきみに会いにきた」

 彼はウェイトレスにオムレツを注文すると私の前にメニューを広げた。私は彼と同じものを頼んだ

「ぼくはきみを励ましにきた」

「べつに、落ち込んでないけど・・・・・・」

 それからしばらく沈黙が続いてきまづくなって目を伏せた。早くこの場からいなくなりたい。ウェイトレスはこちらの様子を伺いながら笑っているようにも見えた。料理が運ばれてきたときには冷め切ったコーヒーを飲み干していた。

「あ、マヨネーズある?」

 彼はそういうとマヨネーズをケチャップのうえからかけてスプーンでまぜた。黄色いオムレツがなんともいえない色に染まる。

「オムレツにマヨネーズかけるの?」

「おいしいよ」

「ケチャップのうえからマヨネーズかける人はじめてみたわ」

 怪訝な顔で彼を見た。こちらの反応を楽しんでいるかのようにオムレツを口に運んだ。彼の食べっぷりは年齢の割には爽快で圧巻だった。よく食べ、よくしゃべった。彼の人柄に固く緊張していた私の表情も次第に柔らかくなっていった。

「今日は楽しかった。きみと話すのはやっぱり楽しいな」

「今度いつ会える?」

「きみが望めば会えるさ」

 彼の顔がだんだん遠くに感じて全身の力が抜けて私は眠りに落ちた。


「早見さんなんで昨日ははやく帰ったんですか。仕事のこってたのに」

「だからごめんって言ってるじゃない。しつこいよ田所君」

 あのあと目が覚めた私は自分の部屋の椅子に座っていた。時間を確認すると十時を過ぎていて誠司はまだ帰ってきてはいなかった。

 テレビはつけずにCDプレイヤーで静かなピアノトリオをかけたiPodが主流であるが私は簡単に音楽をダウンロードするよりレコード店でお気に入りの音楽を探すほうが好きだった。付き合い始めたころは、あんなに情熱的だったのに最近はお互いの肌さえ合わせない。まさか私たちがセックスレスになるなんて思いもしなかった。CDプレイヤーから流れる曲は天才作曲家フレデリック・ショパンのものだ。彼は若くして夜想ノクターンなどの名曲を生み出したショパンには生涯愛した女性がいた。男の成功の陰には必ずといっていいほどよき伴侶がいる。何百年立っても色あせないのはものをつくるのはいつだって男の人。女はいつも男の人の成功を待つだけでいる。でも私はもう待ちきれなかった。そんな自分の焦りが見せた夢だと思ったがズボンのポケットから招待状が出てきたのであながち夢ではないらしい。

「早見さんの分までぼくがやったんですよまったくぼくだって暇じゃないのに」

「だから昨日私の分はあとでやるからって言ったじゃないだれも田所君に頼んでないもん」

「そういうこといいます?意地悪いっすよ」

「おあいにく様こういう女ですから」

 田所君は私の五つ下の後輩だ。新人のころは従順で口答えしなかったのに少し出世したら上から目線で生意気になった。最近は私のことをバカにしかしない嫌なやつ。休憩室に入って逃げられないことをいいことにぐちぐちと小言が続く。私はあなたの娘じゃないって

「今日のランチおごってくださいよ」

「あんたにおごるランチなんかないよ~バカ」

 考えられないという表情で田所君は営業部に戻っていった。私は缶コーヒーを飲み干すとデスクに戻った。勢いで突っぱねてしまったが田所君が手伝ってくれなかったら今日のノルマは終わりそうになかっただろう。でも彼に素直にありがとうとは言いたくはなかった。

 田所君は新人のころは本当に可愛かった。学生時代にスポーツをやっていた彼は腕が締まっていてとてもたくましかった。筋肉質な体とは裏腹に心配性でそのギャップになにより癒されたものだ。

 定時になり仕事を切り上げるとラインに智子からメッセージがきていた。仕事で近くまで来ているからお茶しないかと誘いを受けた。大学のときサークルでよく使っていた喫茶店が待ち合わせ場所だった。私が喫茶店につくと智子が手を振っていた。久しぶりの再開に胸が躍った。

「げんきしてた?」

「元気よ。伊織もかわってないね」

「やめてよ。一年で何が変わるわけないじゃない」

 それもそうねと私たちは思い出話に浸った。サークル内で一番地味だった今日子が結婚して二児の母になっていることに私は驚いた。

 二十八歳にもなればまわりの友達は結婚している。すこしばかりの焦りと不安は隠せない。智子も去年結婚式を挙げたばかりだし自分ひとりだけおいてかれている感じがした。

「ねえ、最近誠司君とはうまくいってるの?」

「それがね彼私と結婚する気ないみたいで」

「まあ彼は清楚な見かけに反して遊び人だからね。あんたも大変ね」

 智子の言葉には余裕が見えた。ああ嫌だな。自分の幸せを確かめるような質問は答えれば惨めになるし黙ってしまえば図星がばれてもっと惨めだ。智子に悪気はないがそう感じてしまう自分の心が嫌いだった。

「でも結婚したからって幸せになるとは限らないと思うよ」

 智子はそういって自分の旦那の悪口を自虐を交えて話してくれた。彼女の底抜けに明るい性格は周りの空気を一遍させてくれる。無神経なところが玉に瑕だが智子との会話は面白かった。それでも純粋に笑えない自分がいて誠司が待ってるからと話を切り上げて私はアパートに戻った。

 誠司がまだ帰ってきていないことは、ドアの鍵を空けた瞬間にわかった。玄関の空気が寒々しかったからだ。誠司が帰ってくるとしたら十一時か十二時くらいだった。今年の二月は寒暖差が激しく今日は昨日より十度も気温が低かった。その夜はシャワーで済ませずバスタブにお湯を張ると洗面台にむかい、服を脱いで裸になった。鏡に映る自分の裸を見てもぜんぜん悪くなかった。細身の体の割りにおおきく張りのある胸に潤った唇。学生だったときは何度かモデルのアルバイトをしたこともあった。お風呂のなかでは自分の細部をひとつひとつ確認した。手のひらと指の腹で一日の汚れを丁寧に落とした。薄皮が溶けて柔らかな新しい肌が生まれた。

 髪は硬く泡立てて二度洗う。シャンプーのいい香りが私を包んだたっぷりとトリートメントを使い最後にバスタブにつかり美容液のしみたパックを顔にのせてみる。汗もかいていたし潤い成分の補給が期待できた。お風呂から上がると携帯にメッセージが入っていた。誠司からだ。ラインを開くと朝ごはんを食べに帰るからとかいてあった。「いいよまってる」と返信するとすぐに既読がつきOKのスタンプが帰ってきた誠司はおそらく浮気している職場の若い女の子に夢中になっているに違いない。きっとこの一週間に何度か肌を交わしたのだ。寂しい夜に真っ先に思い浮かんだのは田所君の顔だった。意識しすぎなのか彼に無性に会いたくなっている自分がいた。年下なのに生意気で小言ばかり言って大嫌いなやつなのに今夜はどうしてこんなにも胸を締め付けるのだろうか。私は布団に入ると自分を慰めていた。こんなにも人恋しい夜ははじめてだった。


「なあ、なんでケチャップの上からマヨネーズかけたの」

「誠司オムレツ好きでしょ」

「好きだけどマヨネーズはないでしょう。朝からたべられないこともないけど」

 そういって何度か食べたものの二口食べ終えるとオムレツのうえにかかったケチャップとマヨネーズを落として食べ始めた。なにはあれ久しぶりの二人きりの食事だった。誠司は上司の文句や仕事の愚痴しか話さず正直うんざりした。私はもっと未来の話をしたいのに彼は私の話をまったく聞いてくれない。「ねえ誠司」私は痺れを切らして会話を止めた。「なに?」気持ちよくしゃべっていた腰を折られ少し不機嫌になる。

「私たち付き合い長いよね。」

 うんと頷いた。

「じゃあそろそろ結婚とか考えないかなって」

 ああその話と誠司はため息をつき席を立った。「そんな話をするために無理して帰ってきたわけじゃない」って顔をして

「まってよ」

 私は誠司の腕をつかんだ。

「重いんだよな最近の伊織、結婚、結婚ってちらつかせて、昔はお互いフランクだったじゃん。それが楽で付き合ったのにいまは一緒にいても楽しくないよ」

 誠司は私の腕を振り払い玄関に歩いた。ドアを開けるとき私は涙をこらえていった

「遠まわしに別れたいってことなの。なんで私のこと愛してるって言ってくれたのに・・・・・・」

「愛してるよ伊織のこと、愛しているけど・・・・・・好きじゃない」

 がたんとドアが閉まり私は悔しくて泣きそうになった。馬鹿にしないでよ。このまま泣き崩れるのは悔しいから洗い物を片付けて何事もなかったように私も家をでた。三十歳手前の女は打たれ強くなくちゃいけないのだ。午前中山のように仕事を押し付けた上司に腹をたてながら何食わぬ笑顔を振りまいていた。おそらく誠司は帰ってこないだろう。それでも気落ちしている暇なんてなかった。会社の若い娘たちはラフでカジュアルで、おまけに高価なファッションが好みなのだ。金とプラチナに身をまとい夜の街に溶けていく。なにもかも縛られた世の中で恋愛やセックスだけが個人に残された自由なのだ。誰にも強制されずに自分の性欲のままに生きる動物になるのかもしれない。結婚して一人の女と暮らしおなじ相手とセックスして経済的なお荷物まで抱え込むなんて、誠司にとっては愚行なのだろう。

 今日のランチは焼肉定食だったが食べている余裕もなくお昼を返上して働いたのに仕事は終わらなかった。どうせ終わらないならしっかり食べておけばよかった。売店で購入した栄養補給食品をかじり今月一番のため息をついた。

「早見さんどうしたんですか?今日は一段と無理して笑顔なんか作って」

 ドキッとした。休憩室に行こうとしたとき偶然廊下で田所君にあった。

「無理なんかしてないよ。それに田所君には関係ないことだしほっといてよ」

 休憩室まで小走りで歩いたが田所君は振り切れなかった。

「いいや今日の早見さんおかしいっすよ。目もはれてるしなんかあったなら相談に乗りますよ。だいたい仕事引き受けすぎなんですよ早見さんは真面目過ぎって言うかもっと気楽に仕事しないと気が滅入りますよ」

「なによわかったふりしてみんな私のこと馬鹿にして真面目のどこが悪いのよ。田所君もどうせ不器用な私をからかってたんでしょ。最低、だいっきらい」

 朝から溜めていた感情が溢れた、柄にもなく人前で涙を流した。いつもみたいに生意気なこといってよ。なんで今日に限って優しくするの?

 手で顔を隠してデスクに戻ると途中の仕事を放り投げて会社を飛び出した。恥ずかしくて切なくて夜の街を全速力で走った。息を切らしても誰に指差されてもとまりたくなかった。

 涙が流れ顔がぐちゃぐちゃになり息継ぎを失敗してえずいていると駅前の賑やかな通りが見えた。あの人に会いたい会って聞きたいことがあった私は強く願ったもう一度会いたいって、たしかめたいって

「ご利用ありがとうございます」

 かばんにしまった招待状がひかり、振り向くとスーツを着た中年の男が立っていた。

「もういちどあの人にあのレストランにいきたい」

 男は私に手をさし伸ばした。私は手をとると全身の力が抜けた。

「ご案内します」

 目が覚めると私はあのレストランにいた。

「やあまた会えたね」

 今度ははじめから彼が座っていた。彼は私の頬に流れる涙を拭くとやさしく笑っていった。

「おなかすいたね。なにか食べよう」

 彼はオムレツを頼んでやはりケチャップのうえからマヨネーズをかけた。いろいろ話をした後で私は彼に何より聞きたいことがあった。

「ねえ私と結婚して幸せだった?」

 彼の手が止まり悲しそうな顔をした。もしかしてうまくいってないのではないか最悪の結末が頭をよぎった。

「何を言うんだい。幸せだったに決まってるじゃないか」

 そういうと彼はポケットからコインのような丸いチップを取り出して机に置いたすると映像が浮かび上がった。そこに彼とその子供たちと年老いた私が映っていた。

「ぼくたちには子供が三人いてね。長男の晴喜はきみに似て真面目で手のかからない、いい子に育った。長女の梨乃はきみに似て美人だろ次男の洋介はぼくに似て口うるさくてね」

「私は不器用でいつも空回りしてそのたびに強がって将来が不安で焦って余裕なくてすぐすねるめんどくさい女なの。こんな私があなたを幸せに出来るとは思えないの」

 彼は首を横に振と私の手を握り締めた大きくて暖かい安心できる手だった。彼のまっすぐな目に吸い込まれそうになる。

「ぼくはきみが人一倍頑張り屋だってこともまっすぐな性格で損ばかりしていることもみんな知っている。だって毎日きみを応援してたからそんなきみがほっとけなかったからぼくは、きみに救われたから」

 彼はにこりと笑い私も自然に笑っている。

「きみは素敵なひとです」

 彼は最後の一口を食べ終わると席を立って光の中を歩きはじめた。

「最後にきみに会えてよかった。そっちのぼくによろしく」

 光が強くなり私は目を開けていられなくなった。

「まってまだ名前を、あなたの名前を聞いてない・・・・・・」

 私はゆっくり意識を失ってやがて深い眠りに落ちた。


「早見さん急に飛び出すからびっくりしましたよ」

 私は駅前の公園のベンチに座っていた。田所君は私の隣に腰を下ろした。

「なにがあったかなんて野暮なことは聞きませんけど、話せば楽になることだってありますよ」

 田所君は鼻水をすすりながら言った。まだ肌寒い二月の公園で私の体温は十分すぎるほど暖かくなっていた。

「もういいの、ありがとう。田所くん」

 上着も羽織らず飛び出した二人は白い息を吐き震えながら歩いた。夜の街は少しだけ優しく二人を向かいいれた。

「ねえ田所君」

 私は田所君の腕に抱きついて言った。

「なんですか?」

「なんでもない」


 あれから一ヶ月が過ぎた私のまわりでおきた不思議現象はもうおきることはなかった。先日智子から電話がきて誠司が復縁したがっていることを知ったが私には運命の人がいるからと電話を切った。私の心は晴れやかだ。まわりから何を言われても私の頑張りは誰かが認めてくれていることに気がついたから。時間を見る。時刻はまもなく七時だ。スクランブル交差点の帯は、濃いオレンジ色に光っている。十分前とは別な数千人の人たちが、十分前と同じように四つ角に詰め掛ける。どの顔も明るい週末の人たちばかりだ。私はさっき頼んだばかりのアイスコーヒーを一口飲んだ。グラスについた水滴は粒を大きくして、テーブルに小さな水たまりをつくった。

 もうすぐ彼がやってきてきっというだろう。

「ごめん。仕事忙しくて待った?早見さん」

 私は微笑む

「ほんとにさいてーはじめてのデートで待たせるなんて」

 本当は楽しみで約束の時間より三十分も前についていたことは黙っておこう私は彼の前では素直になれないのだから。それから彼はもう一度謝るとさっそく注文した。十分後にウェイトレスがオムレツをふたつもってきて、ケチャップのうえにマヨネーズがかかったオムレツを彼のテーブルにおいた。

「変ですかね」

 彼がそういうので私は首を横に振る。

「いいえ、素敵よ」

 二人は顔を赤らめた。


FIN







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