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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

今日のごはん

晩ごはん

作者: 金魚

今日のごはんシリーズ最終回です。

よっこいせと言いながら、玄関に買い物袋を置き、靴を脱いだ。



今日の晩ごはんは、大根と人参のなますと茄子の煮びたし。


ごぼうとレンコンのきんぴら。アスパラガスの肉巻き。しじみのみそ汁。


そして、アイツの帰りに合わせた、炊き立てのご飯。


どれもアイツの大好物である。



この歳になったからというよりも、昔からアイツは、渋いごはんが好きだった。



初めて会った時のことは、おぼろげにしか覚えていない。



高校に入学し、同じクラスであったが、アイツと話すことはほとんどなかった。



いつも友人に囲まれていたアイツと、いつも机で寝ていた自分とは、共通の話題や接点がなかった。



特に友人をつくるわけでもなく、いつもひとりでいる自分はクラスでも浮いていただろう。



中学卒業後、高校には行かず、社会にでるつもりだった。



そんな心づもりも、お前が高校卒業するのが私の夢だとばあちゃんに言われたら、うなずかないわけにはいかなかった。



学費くらいは自分で出せるよう、夜のバイトを続けていたため、授業中以外はひたすら睡眠についやした。



勉強は存外嫌いではなかった。



中学二年生になったばかりの時、ほとんど家に帰ってこなかった父親につぎ、母親までも男といっしょに出ていった。



いつかは、そうなるだろうとは感じていたが、現実になったとき、やっぱりそうかと笑えるほど大人ではなく、身も世もなく泣きわめけるほど、子どもでもなかった。



同学年では、体が大きく、腕っぷしが強いほうで、喧嘩には一度も負けたことがなかった。

夜遊びをしていると、強面のお兄さんに誘われることはあるが、中学生ひとりそんな世界で生きていけると思うほど、人生を捨ててもいなかった。



とりあえず、家にどれくらいの金銭があるか確認し、自分の手元にある小銭以外は、通帳もすべて無くなっていることを知った。



親戚を頼るにしても、どこにいるかわからない。



いつも金の無心をする両親にみんな疎遠になっていた。



父方の祖母に会ったことはあるが、それも何年も前の話である。



背に腹は代えられぬと、嫌がられる覚悟で、ほとんど使われていなかった受話器をあげ、先ほど見つけた電話帳に書いてあった番号を押した。



電子音がつづき、もし断られたらと、嫌な想像が頭をよぎる。



もう一度かけなおしたほうが良いのかと、悩んでいたとき、電子音が止み、聞き覚えのある、優しい声が聞こえた。



なんて言ったら良いかかわからず、言葉がでない。



何度も話そうと、口を開けるが、のどから先に言葉は出てくれなかった。



そんな自分の名前を呼ぶ声に、今度は息まで止まった。



一呼吸のあと、なんでわかったのとすんなり出てきた言葉に、ばあちゃんは、孫じゃもんわかるよと言ってくれた。



きちんと説明しようと考えてはいるが、自分の口からは、嗚咽する声しか出てこなかった。



自分がいまどういう状態なのか、何が起こっているのか、混乱する頭ではわからない。



泣きわめく体力もなくなり、ようやく落ち着いたとき、ばあちゃんが迎えに行っちゃるという声が聞こえた。



ようやく電話を離し、自分の荷物をのろのろとまとめていると、チャイムが鳴った。



こわごわと扉を開けて外をのぞくと、大きくなったねえと懐かしいぬくもりに包まれた。



そんな歳では無いと、いつもなら突っぱねるが、弱り切っている自分には、温かさにまた涙が出てきた。



ばあちゃんと暮らし始めてからは、一切喧嘩はやめ、きちんと学校に通った。



いつかは自分がばあちゃんを養うのだという思いは、大げさながら生きる希望につながった。



世界は自分とばあちゃんのふたりだけだった。



その世界にアイツが入ってきたのは、本当にたわいもないことだった。



高校のいつもの昼休み、ばあちゃんがつくってくれた弁当を食べていると、クラスのおちゃらけたやつが話しかけてきた。



反応の良くない自分に腹がたったのだろう、あろうことか、ばあちゃんの弁当に難癖をつけてきた。



お前の食べている弁当はいつも古臭いと言われ、握りこんだ拳を振り上げようとしたとき、隣から、いいなあという、まぬけな声が聞こえた。



こいつもかと、隣を向いたら、菓子パンを抱えながら、うらやましそうに弁当を覗いてくる顔とであった。



ものほしそうな目に耐え切れず、食べてみるかと言ったのがいけなかったのか、抱えていた菓子パンを押し付けられ、大事な弁当を奪われた。



まじで上手いという声と、幸せそうな顔に毒気を抜かれた。



お前の母ちゃんは天才かという言葉に、ばあちゃんだと即座に言い返した。



お前のばあちゃんは天才だと力強く言いなおされ、その真剣な顔に、毒気どころかときめいてしまった。



家庭料理を初めて食べたというアイツの話をばあちゃんにすると、毎朝弁当を二人分つくってくれるようになった。



いつの間にかつるむようになり、高校3年間はいつも一緒にいた。



卒業後お互い仕事が忙しく、疎遠になっていたが、何年か振りに再会し、ああ惚れていたのだといまさらながら、自分の気持ちに気が付いた。



それでもなかなか口に出せず、気持ち悪くもじもじしている自分を軽々と飛び超え、アイツはあっさりと気持ちを口にした。



アイツには到底敵わないと思ったのは、それからか、それとも初めからかわからないが、どちらにせよ、一生尻に敷かれることだけは確信している。





つらつらと昔話を思い出しながら、手を動かしている。



大根と人参のなますと茄子の煮びたしを冷蔵庫に入れ、後はアイツが帰ってきてからと、下準備を終えた。



帰ってきたらアイツはどんな顔をするだろう。



好物ばかりの食卓に喜ぶか、怒りはしないが、困った顔はするだろう。



アイツになんでお前の好物をつくらないのかと言われたら、誕生日を喜べるのは、お前のおかげだから、間違いではないだろうと言ってやる。



アイツはどんな顔をするだろうか。



ニヤニヤしながら待っていると、アイツの帰ってきた音が聞こえた。



ケーキを買ってくると言っていたから、両手がふさがっているだろう。



助けてやるかとニヤニヤした顔のまま玄関に向かった。



おかえりなさい。


ありがとうございました。

少しでも楽しんでいただけたら幸いです。

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