7.勇者失踪
急展開?あと長めです。
あれから僕らは、無事に宮殿へと帰ってきた。まもなく夕食の時間だが、特筆することもない。各々のパーティーがいつもの円卓で部分ごとに区分けして座り、雑談するくらいだ。
もう皆は、転移して現れる豪華な食事の数々には慣れてしまったようで、転移魔法にはそれほど関心が薄れていた。
その後食事を終えた皆は自由行動を始める。浴場に行く者も居れば、武器の手入れをする人も居る。あるいはさっさと自室に戻って寝る者だって居る。僕は後者だ。お風呂は夕食前に済ませた。
寝ようと自室に戻るとき、長い廊下の角で誰かが話し込んでるのが聞こえた。
「へいへーい瑞樹ちゃーん。本気で言ってるの?」
「私は彼方みたいに冗談言う質じゃないんだけど」
「おっと、そうだったね。でもさー、こんなヤバい宗教国家から出られると思うの?」
………え?
「本気よ。私は今自由なの。あんなクソッタレな世界なんて御免だわ」
「まぁ瑞樹ちゃんならそう言うと思ってたけどね。あーあ、僕悲しいなー」
「あっそ」
「酷い」
「………で、そこで聞き耳立ててた君は………あー、山城君ね。どう?荒唐無稽だと嗤うかな?」
思いがけないまさかの会話に思わず立ち止まってしまった。そりゃ声かけられるよね普通。
「えーっ、と。まぁ、驚いたよ」
「でしょう?もっと言ってやれよ、瑞樹ちゃん時々無謀だからさ」
「まぁそれが普通の反応よね。あと修哉君、本音は?」
「瑞樹ちゃんと一緒がいいから」
「惨たらしく死になさい」
うーん、なんか、気のせいか国分さんが嬉しそうだな。Sかな。
「じゃあ修哉に山城君?私は今日の夜この国を出て行くから。くれぐれも内緒にしてね?」
「えっ、いやその、先生とかにも話を聞いてもらっ「論外よ」えぇ………」
「あのねぇ………いや、工藤。説明してやって。なんかもう疲れた」
「いやだねぇ、瑞樹ちゃん。自分のことは自分でやるって、小学校で習わなかったのかい?」
「………ホント、イラつかせるの得意よね」
工藤は「いやぁ、それほどでもないぜ」なんて言ってるけど絶対褒めてないんだと思う。
あと、これどうしよう。近衛とかに聞いてみたほうが良いのかな。藤沢と雲林院は………両方ダメだしなぁ。
「まぁそんな訳で。この国を出て行くわ。また機会があれば会えたら良いわね」
「あ、そうですね」
「嘘つけそんなこと微塵も考えてないぞこの子」
あれ?理由話されて無くね?ん?修哉君がアイコンタクトのモールス信号を送ってきている………普通分かるか!
なになに………「凄惨すぎる現実の闇を知りたくなかったら黙って忘れちまいな」………嘘だろ………。
天を仰ぐ。
知らぬが仏、か。
よーし、帰って寝るぞー。
案の定、その夜は魘された。
☆☆☆
「ふぁー、眠いなぁ………やっぱり何時もより寝てると体も怠いなぁ」
お世辞にも元気とは言えない体調だが、今日も今日とてレベルを上げなくてはいけないため体に鞭を入れる。
重い腰を引きずり、円卓の間で朝食と昼食の間のブランチなご飯を食べようと、扉を開ける。
するとそこには法王、神父、そして円卓の多少欠けた1-2クラスメイトが集結していた。
「やっと来たか。ほら、早く席につけ」
担任の荒谷がそう喚起する。知り合い以外のクラスメイトは「遅いぞー」とか「何してたんだよー」とか「眠ィ」なんてリアクションしてた。
「これは一体………?」
「まぁすぐに分かるさ」
近衛に聞いたが反応は薄い。いや寝ぼけてるだけだこいつ。瞼と瞼がバードキスしてるぞ。
「早速本題に入らさせて頂きます。皆様ご存知かもしれませんが、勇者様が昨晩、5人失踪致しました。」
え!?嘘だろ!!+4!?
てか本当にやりやがったよあの人!マズイこれは僕に責任が来るんじゃないか?やめてくれよ頼むから!
いやでも他の3人は知らないからな。
「これで合計6人なのか………。それで、各々の所在は分かりますか?」
「現状、足取りは掴めておりません。バンブロッドの警備は万全なのですが、係の者が奇妙な証言ばかりするので、どのような手段を使ったのかさえ不明です」
「………奇妙な証言とは?」
担任の荒谷が代表となって質問をする。なんだかんだ言ってみんなは彼らの安否を心配している。
奇妙な証言とは、やっぱり何か秘策があったんだろうな。
「はい、それぞれ別なところでの証言で御座います。
『高速で移動する影が目に入ってきて何もできなかった』
『何故か視界に赤い丸太のような物が映ってからは何も覚えていない』
主にこの二つが確認されており、失踪した五人の勇者様は二手に分かれて行ったものだと思われます」
「………精霊魔法?それともスキル?」
「未知ね、そんな物隠し持ってたなんて。なんで言わなかったのかしら」
ほんとに奇妙な話だ。高速で動く影が目に入っただなんて物理的にありえない。そんなの影じゃない。泥かなんかだ。物理的にありえないとしたらスキルだろうか。後者に限っては意味不明だ。催眠魔法をするには、赤い丸太のような物が矛盾する。
催眠魔法はあるにはあるのだが、超がつくほど限定的で、こんな失踪事件になるほど乱発できるほどコスパが良くない。
何人かは思い思いの発言をしているが、皆分からないようだ。
「どの辺りまで行ったか、は分かりますか」
「恐らく、国境を超えているものだと考えられます」
「こちらは魔王を倒す為に拠点として援助させてもらってる身です。ある程度の失態などには目を瞑りましょう。しかし、教え子のことは別です。私は、彼らを捜索する必要があります」
「しかし………勇者様方は来る悪に備える為にレベルアップをして頂きたいと言うのが我々の思いです。それに、皆様はお強い。いつ如何なる輩に誑かされては困ります。これは勇者様方ならではの宿命です。世界の命運はあなた方に掛かっているとも言えるのですよ、それを承知の上ですか?」
「そ、そうですか………」
「………」
よく分からない。俺たちは何を目的としていたんだっけか。
そうだ、来る悪に対抗するためだったな。まぁ夕飯とは言わないが、修行の旅に出たってことか。
「なら、話は早いな。早速レベルを上げよう!彼らのことは仕方ない。我々は任務を全うするのみだ。悪は滅ぼす!異議はないか!」
「これにて、会議は終わります。皆様、貴重な時間ありがとうございました」
さーて、今日も竪穴ダンジョン行くかー。出来るだけ深く潜れればいいな。
「ねぇ近衛、今日はどこまでだ?」
「そうだなー、10くらいか?」
「早く行こ!近衛君!………ほら、山城君も行くよー」
「あいよ」
このカップルなんでくっ付いてないんだろ。もう爆発しろよ。
【僕がこんな異常な国だと気付くのは、死ぬまでないのだろう。きっと。】
☆☆☆
「それじゃあ、お別れね。一応礼を言うわ。ありがとう」
「俺の出番もあまり無かったな」
「あははは。まぁこれが一番の近道よね。あんな狂った国なんて居なくなってた方がいいわ」
「その点雲林院は早かったよな」
長閑な草原を歩いて談笑する、男女3人組。彼らの目先には人か馬車などが通るのか、あまり整地されてない更地の公道が見える。
先の会話の一番上が広瀬 睦美。次が佐久間 志貴、最後が国分 瑞樹だ。
彼らの目はとても澄んでいる。春の渡り鳥がするような、プレゼント箱を開ける子供のような、そんな清澄な目だ。
「じゃあ、俺らはパルツィヒに行くよ。また、そのうち会えるといいな」
「うん、会えたら会いましょうか」
「瑞樹ちゃん、それ絶対合わない奴だよね」
「あっははははー。ゴメンゴメン。まぁその時はその時よ」
軽く談笑を交わし、そして終え、3人組は2人と1人になって、それぞれ公道の真逆を歩み出す。
「じゃ」
「またね」
「元気でねー」
歩みは止めない。行く当てはない。しかし、彼女らは自由を手にした。現代社会ではありえないほどの自由。
突然だが、鳥は二種類存在する。自由な鳥とそうでない鳥だ。
片方は己に従うままに飛び続ける。もう片方は飛ぶことはおろか、鳥籠から出ることすら許されない。しかもその鳥は、ある時鳥籠から出しても飛ぶことをしない。諦めるのだ。飛ぶことを。逆に自由な鳥はどうか。奴らは止まることを知らない。
彼女は思う。
深く、誰よりも強く。
(私は、誰よりも幸せになってやる!!私は鳥だ、愛玩動物じゃない。ましてや奴隷でもない!自由なんだ!あの大空に羽ばたく、鳥なんだ!)
それは、どこまでも自由を求める少女の話。
しかし、それはまだ、始まってすらいない。木の実が熟すのはまだである。
☆☆☆
「で、ここまで来たわけだが」
「………おい南雲、佐久間はアレでいいのか?」
「何だ?今更あいつが女子と連むのが気に入らないのか?今更だろ、諦めな」
「………そう言うわけじゃない」
木々に囲まれた長い一本道。傾いた太陽が少年2人を照らし、長い影が伸びている。歩く2人は、先程グリモニアから亡命した南雲 晴人と黒沢 飾利だった。南雲は晴れ晴れとした顔をしているが、黒沢はいつもよりも微妙な表情をしていた。
「まぁ、そんな陰気な顔すんなって。あいつと違って俺らの能力は、勇者とかいう枠には合ってないのはお前もわかってるし、より良い使い道もわかるだろう?」
「………それを危惧しているわけじゃない。監視ならもう既に着いている。情報ならいつでも履歴は残ってるから見放題だ。………“まぁ国分にはできなかったが”」
「仕方ない、そういう能力なんだろ。まぁ、あいつの思考から考えれば、俺らに干渉してくることはないだろうさ」
「………話が逸れたな。俺が危惧してるのは広瀬の方だ」
「あぁ、あのクソビッtゲフンゲフン………あいつね。それがどうしたんだ?」
「………広瀬は闇が深い」
「あーだからか。いや、心配ないだろ。何気にあいつ懐広いからな。あんなんでも元総長だったし」
「………確かに。たまに忘れる。やっぱり何でもなかった」
どうやら黒沢は佐久間と広瀬の心配をしていたようだ。杞憂だったが。
言い忘れていたが、佐久間は元暴走族の総長に半年で成り上がった強者であり、そのすぐ直後に足を洗ったという訳のわからない奴だ。おまけに俺らと話すときの態度は普通の好青年だ。何というか、もうわかんねぇなこれ。
「じゃ、俺らはこのままマネーのニオイがするシントラルトとかいう国に行くか」
「………お前のような能力は本当に羨ましい」
「まぁ、他の奴らとは違うベクトルの能力だからな。隣の芝は青く見えるもんだぜ」
「………確かに戦闘能力は皆無」
「言うなよそれを」
談笑しながら目的地であるシントラルトを目指す。
シントラルトは、所謂エルフの里という場所で、住民の100%がエルフで構成されている。
この世界のエルフという種族ーまず実在することから驚きなのだがーは、肌は緑ではなく肌色で、耳はエルフらしく尖っている。長命で、老若男女問わずイケメン美女の集いなところはやはりエルフといったところか。
そして一番の目玉は、その国では国王以外の上級職がないことだ。つまり、王以外皆平等に平民というわけだ。いやぁ、どういう国家なんだろうか。仕組みがすごく気になる。だって一党独裁だとか軍国主義だとかナチズムとか一切関係なしの、本物の独裁なんて気になって仕方がない。
「………あとどのくらいだ?陽が傾いてきた。もう一時間もしないうちに夜になるぞ」
「うーん、歩いて3時間は移動しなきゃなぁ。まぁすぐ先に渓流がある。そこで今晩は野宿と行こうぜ」
「………快適旅行プランなら任せた」
「ついでに一攫千金ってな」
そして。
ここにもまた自由を求め、異世界の地を迷いなく歩む2人の少年の姿が。
彼らは束縛を嫌う。
加えて言うのならば、片方は束縛され続ける事に何の利も見出せないために嫌う。もう片方は目立つ集団に属するという精神的な束縛を嫌う。
故に、迷いがない。
彼らはある目的を果たすべく、エルフのみが住まう国、シントラルトへと足を進める。
その目的は何なのか。
今はまだ、そのときではない。