12.魔石乱獲①
「そろそろ、だね」
天蓋から降り注ぐ日光の光量が減り始めてきた。この国に、夕陽はない。ここはグリモニア。地下に逃れた人々が暮らす閉鎖空間。最下層から最上層まで貫くバンブロッドや、各所に発生する竪穴のダンジョン。 上層部では孤児が今日も一つのパンを盗むために命を賭し。下層部では貴族が絢爛豪華な食卓を囲み、赤紫色の汁を啜る。
ーーー人は生まれながらに平等。
ーーーしかし生まれた後はその限りでない。
既にこの国の幸せのリソースは限られ、すくすく伸びる竹ですら成長を止める。
そんなグリモニアの下層部のダンジョンで、何やら怪しい者が1人。
その近くには、夜にダンジョンへ入ろうとする冒険者に対し、速やかにお帰り願うべく武装した衛兵が2人いる。
しかし、奇妙なことに誰もその男に気づく様子はない。
むしろ、男が隠れる素振りもせず、つかつかと歩み寄っている。
「なぁ、ヘレン。何だか嫌な予感がしないか?何というか、この辺の空気が不気味なんだ」
「私語を慎め、スワルド。お前が一応、『招かれざる一族』のハーフだとしても、俺には何も感じられないぞ」
「どうだかねぇ?俺にはそんな不気味な気配なんて、さっぱりだよ」
「だから私語を慎めと………待て、誰だ貴様!!!」
いつの間にか歩み寄っていた男は、戯けたように肩を竦める。
「俺かい?名乗る義務はないだろう?それより、良い子は寝る時間だぜ?」
男は、衛兵2人の方に手を乗せ、 馴れ馴れしく肩を組んでいたが、それをやめる。
「なっ、この不届き者!付いてきて貰うぞ!」
「時間ないんでェー、御断りしますゥー」
その口調に腹が立ったのか、衛兵の1人がその男に飛びかかる。
しかし、それより先に男が奇妙な術を使ったほうが速かった。
「………さーて。『勇者のダンジョンRTA』はっじまーるよー☆レギュレーション違反はしちゃダメだから、お兄さんとの約束だぞ☆」
1人虚しく宣言しているが、誰もそれを聞く者は居なかった。
「いよっし。早速行こうか。先ずは石田ちゃんからだね。無事だといいんだけど」
そうして、男は、夜のダンジョンへと足を踏み入れた。
☆☆☆
先ほどとは別のブランチダンジョン。その内部を悠々と歩く3人がいた。1人は喧しく騒ぐ小暮 裕司。もう1人はそれに対応する工藤 修也。最後は紅一点、木戸 美咲だ。
「なァーー、ホントーに、魔石なんて物が手に入るのかよォー?ツルハシもシャベルも持ってきてねぇじゃねぇか」
「まあまあ、焦んなって。何も汗水たらして魔石を掘るんじゃあ日が暮れちまうよ。俺らは魔法ってモンがあるだろう?土魔法って結構便利なんだぜ?」
「あァーーッ!そうかァ!土魔法で楽に掘り出すわけだなッ!頭いいーーーッ!!!」
「だろォー?その為の木戸なんだ。彼女はそういうのを引きずり出すのが得意なんだぜ」
「おおお!そういうことかァー!俺が悪かったぜ。ちゃんと考えてあったんだなァ。疑って悪かったよォ」
ダンジョン内で、騒がしい男と、そいつのノリに合わせて対処する男、そして女がダンジョンの最奥へと足を進めていた。
「もうすぐだ。………あ、彼処だ。あの位置にある」
「マジかッ!!どこだ、どこだ!?」
「………焦らなくても魔石は逃げないわ。直ぐ掘り出してあげるから」
「オッス!お願いしますッス!!」
すぐさま木戸が詠唱を始める。
「汝、土を司りし者。我は答える者也。門を開き、我の意思に応えよ。アトゥリバトリ・ルーウェール・アル・ホートゥエトゥ」
直後、地面に何かが派手に突き刺さる音と共に、地響きが起こる。
それをダンジョンの外で聞く者は驚いただろう。一つのダンジョンからではなく、『複数のダンジョンで同時に』起こったからだ。
しばらくして。
音が鳴り止んだ。
そして出てきた。
七色に光り輝く、バレーボールサイズの宝石が。
カットも何も成されていない、原石ではあるが、既に輝いている。きっと地球では、高価過ぎて買い手がなかなかつかないだろう。
「………お、おおお、うおおおお!、す、スゲェ!今まで宝石なんかに目もくれたことも無かったが、こいつはスゲェ!俺でも分かるぞッ!!」
「さて、持って帰るわよ。重いから力持ちの小暮君、持ってくれないかな」
「あ、はいッ!運ばせていただきますゥッ!」
喧しい男は、美少女と宝石の輝きに当てられたのか、他に何も見えてないようだ。
既に、片方の男が居なくなっている事実に、いつまでも気づかないのだった。
☆☆☆
「『人形』の管理は大変だなぁ全く。こうでもしないと宮殿から勇者は捌けてくれないし、仕方ないか」
宮殿のとある一角。男は何やら指を空に沿わせている。端から見ればとんでもない精神異常者と取れるだろう。目はどこか虚空を見つめ、しきりに動いている。
周りには不気味なくらい音がせず、聞こえるのは男の服が擦れる音だけ。
男の声も、宮殿の奥に消えていった。
「さーて。やーっとヤツらの手がかりを掴んだ。あとは俺が石田ちゃん助けて証拠隠滅すれば終わりかな」
彼は、一体何が目的なのか。
「………一芝居と行きますか」
☆☆☆
グリモニアのとある下層部のブランチダンジョン。
不気味なくらい自然に衛兵の見張りを素通りしてきた石田 理沙は思う。
(木戸さんにお願いがあるの、なんて言われてきてみれば途轍もなく胡散臭い儲け話よね。興味本位で来て良かったのかしら)
そう思うが、直ぐに工藤の説明を思い出す。
「………まっ、気楽なバイトよね」
その台詞を後悔することになるのは、直ぐ後だという事を、当然ながら彼女は知らない。
薄暗い夜中のブランチダンジョンを奥へ奥へと歩む石田。
湿っていて、やけに冷たい空気が石田を包む。昼間あれだけダンジョンで魔物がスポーンしたと言うのに、今は不気味な程に何もいない。
たまにダンジョン内で見られる、この場にしか自生しない特殊な植物であるダンジョンウィードも、昼間に見た青々とした様子ではない。ここのは赤く変色し、常闇の怖ろしさを垣間見せる。
「………あれ?何かしら」
石田が見た物、それは、紫色をした棒状の結晶であった。
しかし、何かの欠片と取る方がしっくりくる大きさだったので、自然に生成されたものではないとわかった。
「何の欠片?…………でも綺麗」
手にとって見てみると、鈍く妖しく仄かに光るその宝石は、ジッと見ていたくなるような、そんな『魔力』があった。
「…………あっ」
その結晶は、パリン、と呆気なく折れてしまった。
すると、それは細かい粒子になり、光を依然仄かに発し続けたまま、ダンジョンの最奥へと飛んでいった。
「気になるわね」
そう言って、石田は更に奥へと、足を進めたのだった。
ーーーブランチダンジョン最奥部。
「………こんなとこに明かりが………でも何故?」
石田は何かを見つけたと同時に、謎の気配を感じ取ったため、物陰に隠れて辺りを窺う。
明かりは、蛍の棲む清流のような点々とした光ではなく、怪しい路地裏のパブにあるネオンのような、紫の妖しい光。
更に、鈍い光なのも相まってか、近くまで来ないと明かりがあることすら分からなかった。
昼間ならば、ダンジョンの光結晶がまだらに光っているので、辺りがよく見えるが、夜はその限りでない。
しかし、このような光を放つ光結晶など、彼女は聞いたこともなかった。
ダンジョンをよく知る専門家に居れば分かるのだろうが、石田には何となくそのような気色は感じられなかった。むしろ、怪しい集団がコソコソ何かしてる方が納得できた。
だからだろうか。思わず足が前に出てしまった。そのことで、ダンジョン内の小石を蹴り飛ばしてしまう。
夜は冷える。
その所為で音はよく響くのだ。
ましてやダンジョンという閉鎖された空間なら尚更。
しかし、「誰だ!?」などという返事は返ってこない。
それに対し、石田は内心少し安堵する。ここは気づかれなかったのだろうと楽観視して、その足を戻し、来た道を戻ろうとする。
しかし。
「おい女、どこへ行く」
「きゃぁぁあ!!」
かつてないほどの驚きに彼女は、思わず悲鳴を上げてしまう。
無理もない。端的に言えば、油断していたからだ。
予兆もなかった。足音一つ聞こえず、背後に立たれていた。
(絶体絶命ってやつじゃない!どうしよう、戦う?でも、あんな高度な隠密技術持ちが強くないわけ………いえ、斥候とか鉄砲玉の可能性とか)
「おい、こっちは聞いてるんだぜ?答えろよ。立場は分かるな?オレが上で、オマエが下だ。何度も聞かせるんじゃねぇぞ」
(ヤバいヤバいヤバい!こんな時出てくるのって、ゲヘヘとか薄汚く話しかけてくるような三下じゃないの!?いきなり幹部クラスの風格じゃない!!てか、こんな話聞いてない!誰よ、楽なバイトなんて言った奴!!!)
ぎこちなく、壊れかけのロボットのように、後ろを振り向くと、長身の男がいた。
細マッチョと言えば早い体型で、肌は黒い。それなのに野性味は感じられず、先ほどの光結晶のような妖しさが大いに感じられた。
しかし強烈に意識を持っていかれるのはその覇気だ。じっ、と射抜くような眼光を向けられ、対人戦に乏しい石田は恐怖してしまう。
だがしかし、ゲームもそれなりに嗜む石田は、その姿を見てこう思った。
魔族?と。
「………外よ」
「ほう?何故だ?」
「………………家があるもの、そこで寝るのは普通でしょ」
我ながら苦しい言い訳に、こんな時に機転の効かない自分の頭脳に失望する。
からかってんじゃないの………これ。
「本当のことを吐け。何を見たから、帰るんだ?」
どうせ吐いても殺すんでしょう。こういう時は、下手に刺激しない方が良いって聞くし。どうしたものか。
「………私、何も見てない」
「そうか、なら死ね」
えっ、という言葉が出るよりも先に、魔族?の男のナイフが振るわれる。
のだが、
「な、何だ!?ナイフが、刺さらないだと!?」
男は動揺した。
自分はこの手で生物を殺めたことは何度もある。人だって数え切れない。躊躇はなかったはずだ。本気で刺し殺すつもりの一撃だった。
それが直前で止まった。
わけがわからない。
何かにぶつかった感触もない。これならまるで自分から進んで止めたようではないか。
更にナイフが抜けないと来た。
一方、石田の方は、急な殺意と先ほどまで感じていた死の気配に圧倒され、思考停止していた。
何故か、痛みがいつまで経っても来ないことに気づいたのは、男がナイフを諦め、腕力で殺す方針に変更したのと同時だった。
「クソッ!オレがこんなアマ1人殺せない訳ないんだッ!ブッ殺してやるッ!!」
「ッ、いやぁぁぁあああ!!!!!」
が、依然駄目ッ!
「な、何故だ、触れることすらできねぇってのかァ!!!どうなってやがる!!!」
ちなみに今の光景はかなりシュールである。幼気な女子高生相手に大の大人が寸劇を迫真の表情で繰り広げているのだから。
「マジウケるわ(笑)」
「新手かッ!!」
声がした方向は、ダンジョン入り口からだった。
石田は助けを求めて振り向く。すると………
「工藤………くん」
「やっほー石田ちゃん、助けに来たよー。いやー、ただ『ダンジョンを見張るだけ』のバイトなのに、ダンジョンの中に入っちゃダメじゃないかー」
「…………そうね。藪蛇だったわ」
「そうそう、迂闊だよ。僕が居なかったら今頃本気で死んでたんだぜ?まぁ、オイシイポジションとれて結構機嫌いいんだけどね」
それにしても、工藤は余裕そうだ。そう思った石田は、一瞬危機的状況なのを忘れる。
「………助けに来た……のよね?」
「当たり前じゃないかぁ」
「じ、じゃあ早くこいつをどうにかして!!」
「ん?何のことだい?」
「惚けないで!何したのか知らないけど、そんなことできるならこいつ倒すくらい……訳………ないわよね」
「こいつって?」
「…………あ、あれ?いない」
男の居る方向に振り向くと、そこには既に、誰も居なかった。
しかし先ほどまでの光景が嘘でないことは、『空中で静止している』ナイフの存在が証明していた。
「工藤、これ………」
「うん、ナイフだね。不思議だなー、空に浮かんだまま静止してるとかさー。ニュートンがリンゴ投げつけてくる勢いだぜこれ」
「………助けてくれてありがと」
「お?いいね、そういう唐突なデレ期ってやつ。ポイント高いんじゃないかなそういうの。嫌いじゃないぜ、むしろ好きだな。会話のドッジボールだろ?」
「………さて、魔石採掘はどうなったのかしら?」
「ああ、それなら順調だ。ここを除く全ては完了したのさ。この場所が最後ってワケ。ま、レア物も見つけたし、大収穫だよ」
工藤はそう言って、戯けた仕草を取る。
「そうなのね。………あれ?木戸さんは?」
「いやぁ、彼女には頑張ってもらったからね。早上がりってヤツ?彼氏の下へ帰っていったよ」
「なんだ、いつも通りね」
そんな世間話をするうちに。
唐突に工藤が切り出す。
「さて、石田ちゃん。唐突だが君に選択肢をあげよう」
「え?急に何よ」
「ここで引き上げるか…………それとも………
…………………この『計画』の真の目的を知りに行くか。
どっちもは、なしだぜ?」




