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第八話 手も届かない場所

「……どう?」

「…大丈夫みたいだ」


 息を潜めて海斗は体育館の角で誰かがこないか見張っている。


「それにしても、『魔術』とはねえ」

 体育館に寄り添う琴美がため息をつきながら呟いた。

「そんなもの、現代にも存在するとは思いもしなかったわ~」

「…そうだよな」

「それで? カイトはつかえそうなの? その『魔術』ってのを」

 琴美は半信半疑で聞いてきた。

「わかんねー、どんなものなのかわかってないし」


 もし海斗に何かしらの能力があったとしてもそれをつかう方法が分からない。

(魔術ってのは魔法だろうからあいつと同じように魔法陣を書かないといけないのか?それとも魔法の杖で何か呪文を唱えたら何かしら攻撃できるのか? でも魔法をつかうには魔力? MP? みたいなのが必要じゃないのか? それに――)

 考え込む海斗に琴美が助言をしてきた。


「じゃあさ、カイトはいつからその『魔術』を持っていたの?」

「…わからねえ」

 少し考えてから海斗は答えた。

「カイトがその力を手に入れたときってあの部屋に入ったときじゃないの? そうじゃなきゃ、もうとっくの昔から殺されそうになっているんじゃないかな」

 確かに琴美の言うことには一理ある。だがそれだったら海斗が手に入れている力は魔術ではないのではないか?

「他になんか思い出したことある? なにか不思議なことが起きたとか、夢を見たとか!」

 なんだか事情聴取されているみたいだな、と海斗は思った。


「夢なんてそんな――――夢?」


 あの時。


 海斗があの部屋に入ったあの時だ。あの後いろいろありすぎて忘れていたが、なにか夢をみていたきがする。


「あのとき、誰かに――」

「カイト危ない!!!!」


 突然琴美が鬼気迫るような声で叫んだ。

 と、同時に校舎の上から誰かが叫んだ。

「はっは! 死ね!」

 ゴッ!! と頭上から炎が飛んできた。琴美は先に気付き、後方に下がっていたので当たらなかったが考え込んでいた海斗は飛んできた球体を避けきれなかった。


「―――――――っ、つ」


 後方に吹き飛ばされた海斗は後頭部から壁に激突する。ゴチッ! という鈍い音が琴美には聞こえた。動かない海斗の頭からたらりとどす黒い血が流れてくる。琴美は海斗の肩をつかみ、必死に話しかける。琴美は顔を真っ青にしていた。


「カイト! だいじょうぶ!? ゕいとぉ? きこぇてる? ねぇ、きこぇてるの、カイと?」


 意識が遠のいていく。琴美の声がはっきりと聞き取れなくなってだんだん視界がぼやける。琴美の顔もはっきりと見えなくなってきた。琴美はさっきからずっと何か叫んでいる。ああ、死ぬのかな俺。なにもできず、ただ突っ込んでいって。バカだな俺。勝てると思ったのか?


 ――――なにか海斗の額に水滴がポタリと落ちたとき、完全に海斗の意識が途絶えた。




 気が付いたらそこはあたり一面真っ白の世界だった。


(……ああ。死んだのかな、俺)


 仰向けに寝転んでいる海斗はただ何もない真っ白な天井をじっと見る。これまで生きてきた十五年間の思い出や昨日から通っていた学校での出来事や、琴美と初めて会ったその日に家に来て晩飯を食べたりギャーギャーと騒いでいた華夏のことがふと頭をよぎった。これは多分走馬灯などではなく、ああ、あの時こうすればよかった、という後悔なのだろう。


(最後まで琴美を、守れなかった)


 海斗が死んで、今琴美はどうなっているのだろうか。海斗が死んだことをわかっているのか、恐怖におびえて逃げたのか、海斗がやられて怒り、闘っているのか、死んでしまったのか、死んでしまったら何もわからない。


「あーあ、こんなことになるならってうおっ!!」


 むくりと上体を起こす。誰かがいたわけではない。何かが飛んできたわけでもない。ただ、声が出たことに驚いただけだった。「死後の世界でも話せるんだな…」と意味の分からないことで感心していた。

 周りを見ても誰もいない。


 穢れの一つもない。


 ただ真っ白な一面が広がっていた。その景色は何となく、どこかで見た気がした。


「ここって、もしかしてあの時の――」


 走馬灯のように段々と思い出してきた。体育館であの部屋に入って目をつぶっ

てたら、こんな真っ白の空間が目の前に広がっていて、確か――

「ここで――言われた」

 すべて思い出した。あの時誰かがここで海斗にこう言ったのだ。

「『ならば己を信じろ』って」

 じゃあ、ここには声の主がいるのじゃないか? 

 そいつならなにか知ってるのではないだろうか?

「おい! ここにいるんだろ! 出てきてくれ!」

 何もない空間に海斗の声が山彦のように響く。だが海斗の声がだんだんと小さくなっていくだけで、どこからともなく神様みたいななにかが出てきたりはしない。海斗の声が聞こえなくなった途端――


「なんだ、小僧」


 低い男の声が聞こえた。…これだ。そう思った海斗は話を続ける。


「なああんた! 俺になんの力をくれたんだ! 教えてくれ!」

「その前に――」

 まだ声の主は姿を現さない。

「小僧、どこかでみた顔じゃの? 名はなんと言う?」

 海斗は少し物忘れが多いお爺さんと話している気分になる。

 こっちが質問してることに答えろよ、と海斗はイラッとしたが見えない相手に怒っていてもも仕方がない。


「昨日ここにきたんだ! 名前は一条海斗!」

「海斗? うーん…、お、あの海斗か! ほおほお思い出したぞ!」

 少し間があったのはなぜだろう、と海斗は疑問に思った。

「で? お主はなぜここにいるんじゃ?」

 海斗はため息をつきながら説明する。


「それがさ、魔術師って奴に殺されてさ、理由がお前が魔術師だからだ! とか言われてさ」

「は? 死んだ?」


 その声の主は驚いているようだった。


「それで訳が分からずに死んでしまってここに来たんだ。おっさんならなにか知って――」

「ばっかもーん!! なぜ死んでしまったのじゃ!!」


 急に怒鳴られたもんだから海斗は「うわっ!!」としりもちをついてしまった。


「まったく! せっかくよい力を与えてやったのに何というざまじゃ! 敗因はなんだったのじゃ!」

「そ、その力の正体を教えてもらえないか!」

 海斗は恐る恐る尋ねた。

「……は?」

「だ、だから俺にくれた力がどんなものなのか教えてほしいんだ!」

「…なぜじゃ?」

「いや、なぜって…あんたが俺に何かしらの力をくれたんだろ?」

「そうじゃが?」

 なぜこんなにも適当なんだ? 海斗は苛立ちを隠せなくなってきた。

「だからぁ! なんで魔術師でもない俺に魔術なんかを与えたんだよ!! その力の使い方さえわかってたらこんなとこにはいねーよ!!」


「は? 小僧、魔術師ではないのか?」


 何もない空間にとぼけたような声がどこからか聞こえてくる。


「ちげーよ!! 俺はただの人間だ!!」


 苛立ちが限界に近づき始めていた。


「―――まずいのぉ」


 どこからともなく聞こえるその声は、少し間をおいてからなぜか神妙そうに言った。


「……何が『まずい』んだよ」

 海斗も同じように神妙になる。

「小僧、身体に異変はないのか?」

 質問をしているのになぜこうも質問で返してくるのか。海斗はまた少しずつ苛立ちがつのる。

「…別になんもねえよ」

「なにか見えるようになったとか? 身体が軽くなったり、時間が止まったような感覚になったりしなかったか?」

「…特にねえよ」

「……そうか」


 数秒間、二人は黙ったままだった。


「…小僧、いや海斗よ。すまんのお、わしはとんでもないことをしてしまったようじゃ」

「え?」

「本来ならここに来るのは一握りの選ばれた『魔術師』だけなんじゃ。なんの力もなくここに来るのはまずない。だが海斗。お主はここに来た。だからわしは当然のようにお主に力を与えたのじゃ」

 海斗は少し考えてから話し始めた。

「…ということは、俺はおっさんの勘違いで魔術師にされた。ってことか?」

「まあ、そうじゃな」

「『そうじゃな』じゃねーよ! おっさんのせいで俺死んでしまったんだぞ!! どうしてくれるんだよ!!」


「『おっさん』ではない! わしは神様じゃぞ! さっきから無礼な態度をとりおって!」

「……はい?」


 ………………………………もうわけがわからん。


「……じゃあ俺が今話しているあなた様は自分が神様だと言いたいんですか?」

 ただ一人、何もない真っ白の遥か彼方を見ながら海斗は質問した。

「当たり前じゃ!! バカにしとんのか!!」

 とうとう我慢の限界に到達したのか、海斗のなかで何かが切れた音がした。先程まではギリギリのラインで平常心を保ってたが、こうなっては自分の口を止めることもできない。

 だったらなんか証拠でもあんのかぁぁ!! と海斗は全力で自称神様を責めつづける。


「じゃあなんか見せてみろよ!! どこから喋ってんのか分からねえがなんか証明できるものでもあるのかよ!!」

「そ、それはない!」

「はあ!? 何かしらできるだろ!! 俺を生き返らせたり、もう一つ地球を作ったり、地球上にまだ見ぬ生命体を送り込んだり!!」

「そ、そんなことしたら世界のバランスが崩れるじゃろうが!」

「じゃあ小さなことでいいよ!! 今目の前に誰かをテレポートさせたり俺の焦げた服を元に戻したり俺のお腹を痛くしたり!!」


 最後のほうは意味が分からなくなってきて海斗自身も自分が何を言っているのかわかっていない。


「めんどくさいのじゃ! そんなことにわしの力を使う必要はない!!」

「『めんどくさい』ってなんだよ! 神様がそんなんで大丈夫なのかよ!」

「め、めんどくさいのはめんどくさいのじゃ~! やりたくないのじゃ~!」

 まるでデパートでおもちゃを買ってもらえない子供のように神様は駄々をこねだした。




「カイト! しっかりして! カイト!」


 泣きながら琴美は海斗の頭を自分の太ももに置いて必死に叫ぶが、海斗はピクリとも動かない。上からの攻撃を避けきれなかった海斗は爆風で飛ばされて学校の壁に後頭部をぶつけた。


「カイト! 死んじゃやだよ! カイト!!」

「あれー? もう死んじゃったの? つまんねえな~」


 屋上から飛び降りてきた黒滝は吐き捨てるように言った。琴美は後ろを振り返る。四階の上にある屋上から落ちてきてもけがをしないのは恐らく魔術の一種なのだろう。黒滝はこちらに向かって歩いてきた。

「こないで!!」

 琴美が叫ぶと黒滝は足を止め、怪訝そうな顔をして睨んできた。

「なんだぁ? お前は。さっきからそいつの近くをちょろちょろとしやがって。そいつの使い魔か?」

「そんなのじゃないよ! わたしは人間!」

「じゃあ邪魔だ、どけ。殺されたいのか?」


 軽く無視して黒滝は言った。人間だろうとなんだろうと関係ないのだろう。だがその場を退いたら海斗はどうなってしまうのか。それを考えるだけでも嫌だ。

「絶対に嫌!」

「…ほう?」

 沈黙がその場の空気をがらりと変えていく。

 涙目になりながら琴美はじっと黒滝の目を睨んだ。黒滝はずっと冷たい目で琴美を見ている。ここで目を離したら殺される、そんな気がした。琴美は黒滝を睨んだままそっと海斗の頭を地面に置いて立ち上がる。

「…カイトはなんで殺されなきゃいけないの」

「だからー、そいつの力がこっちの世界にとっちゃあ、ヤバいからって――」

「そんなの関係ない! カイトはあんたに何かしたの? あんたの世界に何か迷惑なことをしたの? なんもしてないじゃん! 第一、カイトは魔術師なんかじゃないの!」

 黒滝は話の途中で割り込まれたことに苛立ちを感じ、舌打ちをした。


「こっちのことをなんも知らねえでよく言えるものだな」

「あたしとカイトにはそんなの関係ないんだから!」

「うるせぇよ!」

 さっきと同じような火の玉が現れ、琴美めがけて飛んでくる。だが琴美は先程までのように避けたりはせず、前方に腕を伸ばした。まるで黒滝と同じ行動をとるように。

「はあああっ!!」

 琴美めがけて飛んできていた火の玉が琴美の前で爆発する。それは黒滝が故意でおこなったのではなく琴美がしたのだった。琴美が同じくらいの大きさの火の玉を手のひらから放出したのだ。

「…へえ。お前は超能力ってのをつかえるんだな。だけどそんな偽物の魔法なんて俺には通用しねえ!!」

 黒滝の背後には先程よりかは小さな火球が無数に散らばっていた。


(これは防ぎきれない…っ!!」


 琴美は急いで左のほうへ走った。体育館と学校全体と外を仕切る壁の間の角にいたので前方の道に突っ込むのは危険すぎる。黒滝は後を追いかけながら琴美めがけて火球を飛ばしてくる。

「ごめん、カイト…!」

 放ったらかしにしたまま逃げてしまった琴美は小さく呟いた。こいつを倒してから行くからね、そう思って琴美は体育館裏を走り抜ける。




「ここならいいでしょ」運動場まで走ってきて琴美は振り返って言った。


「へえ~? 随分とやる気だね」

「ええまあね」ここなら海斗もいないし、十分に動ける。

「あんた、華夏ちゃんにもけがさせてるんだから、覚悟しなさいよ!」

「華夏? 誰のことだ?」

 黒滝はとぼけるように言った。

「とぼけないで! カイトの家にいた女の子よ!」

「ああ~あいつか~。ちょっと家を壊したら帰るつもりだったのに、あいつ警察呼ぼうとしたからついやってしまったんだよ~。本当はあんな奴相手にはしないんだけど」


「絶対に、許せない!!」


 琴美は黒滝に向けて火球を三つぐらい連発で飛ばし、次の攻撃に構える。超能力の単純な使い方は授業で覚えた。


(……っていっても、まだこんな基礎程度のことしかできないのにどうしたらいいの!?)


 黒滝は琴美を殺すことができる力を持っている。

 だが琴美にはそれに届くどころか、初めて銃を持って見様見真似で扱っているようなものだ。黒滝みたいに細かくして数を多くしたりなどはできない。無理にしたら体力が切れ、その時点で終わりになってしまうだろう。

「そんなので殺されるかよ!!」

 黒滝は砂埃の上から飛び出してきた。大空に無数の火球が現れ、地上に降ってくる。バレーボールぐらいの大きさではあるが、殺傷性はかなりあるだろう。琴美は避けつつ、避けきれないものは自分の炎で相殺しながらちまちまと攻撃をする。

「てかさ、さっきから思ってたんだけど、それずるくない?」

 空中に浮遊する黒滝の足元には人一人が中に入れるくらいの赤い魔法陣が光っている。琴美はそれを指さし、言った。

「あんたそれ乗ってる間ずっと空飛んだりうろちょろしたり卑怯すぎ!」

 恐らくその魔法は空中を浮遊できるものなのだろう。ふわふわとクラゲのように浮かんでいて狙いが定まらない。悔しそうな顔をしながら琴美は「男なら、降りて戦えー!」と叫んだ。

 黒滝は琴美のアホさに驚き、口を開けて気の抜けたような顔をしていた。闘っている時にそのようなことを言われたのは初めてだったのだろうか。

 黒滝の中には殺し合いの中に卑怯というものは存在しないのだろう。

 …いかんいかん、黒滝は我に戻り、目の前の琴美との闘いに集中する。


「うっせえな。殺し合いに男女なんか関係あるか。とっとと死ね!」


 止んでいた攻撃がまた始まる。琴美は逃げ惑いながらこの後どうすればよいか考えた。

(このままじゃ絶対にやられる!とりあえず、ほかの場所にいどう――、っあ)

 バランスが崩れて身体が前方に大きく傾いた。なにか石に引っかかったのではない。そこに段差があったわけでもない。爆風でよろけたり、爆発には巻き込まれていない。ただ自分の足をぐねっただけだった。琴美は前に倒れこむ。砂埃が舞い上がり、口の中には砂が入ったのか、ざらっとした舌触りが口のなかに広がる。

 そして倒れている琴美めがけて空から飛んでくる一つの火球。迫る炎に琴美は手を向けて相殺しようとするが手が動かない。

 もうだめだ――。そう思った琴美は静かに目を閉じた。

 一瞬、海斗の声が聞こえた気がした。でも、気のせいだろう。だって海斗は――。

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