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第七話 敵前逃亡

 廊下を走りまわること数分、海斗と琴美は疲れ切っていた。

 両者共、息切れをして廊下に座り込んでいる。


「はあっ、はあっ、もう大丈夫か?」


 階段を上りきり、汗を拭いながら海斗が言った。


「ええ…もう大丈夫みたい」


 琴美が言った瞬間――。

 廊下の至る所に濃い赤色をした魔法陣が浮き出てきた。床や天井、壁や窓にまで縦横無尽に設置されている。


「やっべえ!! 逃げるぞ琴美!!」

 海斗は急いで立ち上がり、琴美を放っておいたまま走り出す。

「なんでこうなったのよぉ~!」

 琴美は半泣きになりながら海斗の後を追う。すると光っていた魔法陣が強く光りだした。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 バンバンバン!!! と後ろで殺傷力のある爆発音が聞こえる。走る先に永遠に魔法陣が鈍く光りだす。それは二階の廊下全体に張り巡らされていた。

 これをあの男一人がすべて設置したのなら、相当時間がかかっただろう。廊下の面という面にびっちりと魔法陣が浮き出ている。敵じゃなかったら褒めてやりたいくらいの細かさだ。


 だがそんなことを考えている余裕はなかった。

 だんだんと爆発していく距離が縮まっている。音が近づいてくるのが分かった海斗は急いで逃げ込めるような場所を探す。だがここは廊下であり、周りは教室しかない。それに教室の扉は鍵がかかっている。それをこじ開ける余裕などあるわけがないので階段を上るしかない。だが、階段まではあと何十メートルもある。恐らく階段に着くまでには二人とも爆発に巻き込まれているだろう。


 すると、角を曲がった先の教室の扉が開いていた。

 これは罠か? と海斗は一瞬ではあるが疑った。だが爆発はもうギリギリまで迫っている。並んで走っている琴美と目を合わせ、「あそこに飛び込め!!」と爆発音よりも大きな声で海斗が叫んだ。

 海斗の走るペースが少し落ちる。いや、落ちたのではなく、落としたのだ。琴美を先に避難させるため、邪魔にならないようにデッドラインギリギリまで下がる。

「きゃあっ!」

 琴美が頭から部屋に飛び込んだ。うまくいったみたいだ。続いて海斗も飛び込む。

「ぅおあっ!!」

 少し爆風で身体が軽く浮いた気がした。前方に手を広げて眼をつぶり、教室に飛び込む。


 ドサッ!! と海斗は受け身の取り方など海斗は知らないので野球のヘッドスライディングの姿勢で床に激突した。だが、元から教室にあったものなのか、クッションか何かにぶつかったのかそこまで痛くはなかった。床に顔を付けたままの海斗の顔に安堵の表情がでる。


「た、助かったあー! ……ってあれ? なんだこれ?」


 手をついて立とうとするが手にはなにか柔らかい感触がある。海斗は前方を見ず、ただ指先を動かしてその物体が何者なのかを探る。


(これはなんだ? 大きくて柔らかい…マシュマロみたいな柔らかさだな。手に

吸い付くような…ん? 真ん中だけなにか突起が――)


「カ、カイト!?」


 琴美の声がすぐ近くに聞こえた。うつ伏せになったまま眼を開くとそこには赤い世界が広がっていた。

「赤…?」

 はっと我に帰った海斗は、顔を上げると頭にのっていた布が落ちる。開けた視界の先には茹だこのように赤くなった琴美の顔が見えた。


「はっ!」少し下を見ると、海斗の両腕が見えた。海斗の腕は琴美が膝を曲げている間から外に回っている。そして、ゆっくりと視線を指先に向けると、両腕の先に掴んでいるものはまぎれもなく、琴美の胸だった。


「はっ!!」下を見るとそこにはスカートがあった。先程頭から落ちたのはこれだろう。すこしスカートがめくれていて、中からは赤いものが見えている。


「はっ!!!」もう一度顔を上げると琴美の顔が目の前にあった。



「きゃああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!」



 琴美が股を閉じる。琴美の下腹部に頭を置いてある海斗は首を絞めつけられた。


「ぐええええ!!! ちょ、ちょっとまてええええ!!!!!!!」

 呼吸ができない海斗は琴美の胸から手を離し、手足をバタバタさせる。

「カイトのバカァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!!!!」

「し、死ぬ!!!! これは不可抗力だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」

 命を狙われていることなど忘れて叫ぶ声は廊下中に響いた。




 しりもちをつき、ようやく現在的に失命の危険度が下がった海斗は大きくため息をつく。


「し、死ぬかと思ったぁ~」

「次なんかしたらマジで絞め殺すからね!!」


 人差し指を海斗に指さして怒鳴っている琴美は先程まで全然話を聞いてくれなかった。ようやくの思い出で伝えると琴美は海斗を解放してくれたが、最後に一発頬に平手打ちを食らわされた。現在、海斗の頬には昨日同様、同じ大きさ以上の紅葉がくっついている。


「ったくよお、必死だったんだから仕方ねえだろうが」


 海斗はゆっくりと腰を上げ、埃を手で掃う。

 海斗には琴美を飛び越せるほどの力もないし、空中を飛びながら落下する場所を変える力もない。まず、戦う力がないのにそんなものが備わっているはずがない。


「でも…でも! パンツ見たでしょうが!! 胸も触ったし……揉んだし!!」

「だからそれはごめんって!」

「むうううううう!!!!!!」


 琴美は顔を真っ赤にして唸る。こんな琴美を見るのは初めてだ。

 すると琴美でもない、海斗でもない声がその場の空気を凍らせる。


「――ここか」


 後方にある海斗達が飛び込んだ扉のほうから声が聞こえた。海斗は咄嗟に振り返る。

 そこには昨日見た男がなにもない教室に入ってきていた。フードを被り、顔を見せず、その男はただ「死ね」と呟いて、ゆっくりと手を前に突き出す。

「う、うおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!」

 必死の行動だった。

 海斗は男の懐まで潜り込む。拳を握り、右手を腹部へねじ込む。だがその拳は奴の身体に届かない。

 海斗の右拳は片手で受け止められていた。

 しかも軽々と。

 男は海斗の拳を受け止めていた手を手首に持ち替え、海斗の身体を上方に軽く投げた。

「―――――かっ、は」

 海斗は男に回し蹴りされて黒板に打ち付けられた。腹部に重い鈍痛が走る。

「カイトッ!!」

 近くに琴美が駆け寄ってくる。

「大丈夫だ」琴美が手を貸そうとするが、手を取らない。こんなところで助けてもらっては、自分で来た意味がない。


「痛ってーな、糞野郎。まず名を名乗れよ。俺の名前は知ってるんだろ?」

「いいだろう」


 そう言って男はフードを上げた。

 フードを上げると男は首元に挟まっている少し長い髪を片手で払った。その髪はまるで絵具をべったりと塗ったような、重い紅色。海斗より少し背が高い。肌は白く、日焼けはしていない。歳は……同じくらいか? そこまで老けているようにも見えないし、かといって海斗より幼く見えるわけではない。


「俺の名は黒滝レイジ。お前を殺しに来た」


 随分と物騒な自己紹介だった。それに身に覚えのない名前だ。名前から察するに日本人だろう。

 そして海斗は一つ確かめる必要のある質問をする。


「単刀直入に聞く。お前が俺を殺す理由は何だ?」


 聞きたいことは山ほどある。恨まれるようなことはしていない。まず会ったこともないはず。だがこいつはなぜ俺を殺そうとするのか、それは海斗自身確かめなければ気が済まなかった。


「それはお前の力がヤバいから」

「………………はぁ?」


 正直、驚いた。

 海斗自身どのような答えが返ってくるかわからなかったが、答えが意外というか、予想を大きく飛び越えていた。


「君の力がヤバすぎるからこちらの世界の法則がくるってしまうんだ」

 海斗にはさっぱりわからない。

(『俺の力』? 『こちらの世界』? 『法則』? 何を言っているんだこいつは?)


「そ、そのあなたの世界ってなんなのよ!」

 隣にいる琴美が言った。



「え? 違うよ。俺の世界じゃなくて『魔術』の世界」



 …マジュツ? マジュツってのはゲームでよくある魔法使いが火を出したり、仲間の回復をしたりするあれか?


「あー、あれかー。この国ではそういうオカルトなものはあんまねえのかなー」

 黒滝は鬱陶しそうな表情を浮かべながら言う。

「ちょ、ちょっと待て! じゃあお前は『魔法使い』とかなのか?」

「『魔法使い』じゃねえよ。俺らは『魔術師』だ」

 黒滝の顔がイラついた表情に変わり、海斗の間違いを訂正する。

「じゃあ人違いなんじゃないか!? 俺はそんな魔法使いとかじゃないし、そんな世界とは全然関係のない至って普通の人間だぞ!?」

 海斗は必死に説得しようとする。魔法使いか魔術師か知らないが、相手の手違いで殺されたらたまったもんじゃない。


 だが黒滝の答えは一つだった。


「それはない」


 ただそれだけだった。

 なにか確証できるものでもあるのだろうか。

「お前らが知っている言い方だと超能力というものなのだろう。それの力は知っているだろう。それは俺らがつかっている魔術の仕組みを少し改変させたものだ。忌々しい。まあ魔術の劣化版を学生が一つ一つ使えるようになったわけだ。だがお前の力は劣化版などではなく――」

「ストップ! 待てよ! 俺には超能力がないぞ!? その魔術ってのもつかえない! 検査したときにはエラーだったし!!」

 海斗は黒滝が話し続けるのを遮る。

「そうだよ! カイトには何の力もないんだよ!」

 琴美はフォローしたつもりだったのだろうが、その言葉は海斗にとって心が痛むものでしかなかった。

「琴美…そこまで言わなくても…」

「え、あごめん!」

「その『エラー』が何よりの証拠だよ」

 黒滝は不気味な笑みを浮かべながら、海斗に視線を向けてくる。


「だって、その力は『魔術』のものなんだからそんな科学技術で解明できるわけないじゃん。でも好都合だよ。まだ使い方もわからないみたいだしこのまま殺させてもらうよっ!!」


 黒滝が前方に手の平を向ける。そして、先程廊下で見た魔法陣と同じようなものが黒滝の手の平の前に浮き出てきて、そこから丸い炎の球体が現れた。

 海斗の頭一つぐらいの大きさの炎が海斗めがけて飛んでくる。

「危ねえ!!」

 身に危険を感じた海斗は咄嗟に琴美の腕を強引に引っ張り、廊下に出る。

 海斗はどうしたらいいかわからなかった。自分は魔術をつかうことができると言われてもそんなこと試したことがない。別に海斗の両親は魔術師でもないし魔法使いでもない。まず家計図を見たところで魔術師が家内にいたことなどまずないだろう。

「ど、どうするのカイト!?」

「とりあえず逃げるんだ!」

 海斗は琴美を引っ張りながら階段を駆け降りる。

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