第二話 欠陥部分
「いやーっ寝てたからなーんも聞いてなかったわー。カイトーさっきみんなうるさかったけどなんかあったのー?」
「…………」
「おーい、きいてんのか~?」
「…………」
「………………」
「………………」
……パンッ! と、早坂大河が目の前で手をたたいた。それによって海斗ははっと目が覚めた。
「ごめん。ぼーっとしてた。んで何の話? さっきの先生の話か?」
「おお! ようやく目覚めたかわが主よ。私の名はタイガー・ハヤサカと申す。わが主よ。ひとつ質問に答えて」
「そんなRPGゲームに出てきそうな喋り方せずにふつーに話せよ。あと俺はお前の主なんかじゃねーぞ。」
大河は海斗がノリにのってくれなくて不満げにしながら言う。
「いやー、さっき講堂でなんか盛り上がってたじゃんー? んで、なんかあったのかなーって」
そうか、こいつ最初っから寝てたんだっけ、と海斗は思い出した。
「ここが超能力開発学校になるんたって」
「……え?」
「だーかーらー、この学校が超能力開発学校になるんたって」
「………………はぁ!?」と、大河は遅れて今の状況を理解した。
桜翔学園超能力開発学校。
つい先程までは普通の高等学校だったのだが、先程の入学式で校長に『今年から超能力学校になりました』と言われたときに初めて発表された。
後からの話で、日本政府の方針としては今海斗たちが住んでいる地域の学校は今年からすべて超能力開発学校になったらしい。そして、来年からは日本すべての学校を超能力開発学校にする、らしい。
「やべーじゃん! じゃあ俺らもなんかすげー力使えるわけでしょ! かっけえええ!!」
大河と男子がキラキラした目で騒いでいる。
「いまB組が『光の部屋』入ってるらしいからつぎうちらだよ~」と女子の声がした。
光の部屋。
超能力をつかう人間が一番最初にしなければならないのはこの部屋に入り、光を浴びることだ。まあ浴びるだけでいいのだ。すると自然に超能力を得ることができ、その場で一度発動する、らしい。
人によっては、時間が経ってから発動することがあったり、超能力をつかえない人もいるらしい。
廊下から「C組のみなさーん!移動するので廊下にでてならんでくださーい!」という、腹黒ゆるふわ系の先生の声がした。今はゆるふわの状態みたいだ。
だがこの先生が腹黒いのを知っているのは多分クラスで海斗だけだろう。何も知らない男子たちは「はーい!」と返事までしていた。現実を知れば恐らくこのクラスの男子はどうなるだろうか。
「はーい全員いますか~? それじゃあ行きますよ~! あ、自己紹介するの忘れてたぁ! わたしはC組の担任をすることになった赤井比奈って言います! みんな、ひなせんせえってよんでね!」
いかにもドジッ子を演じるような、軽く握った拳を頭に当てて上目遣いで少し舌をだして、てへっ☆と言わんばかりの表情をする。
「うおおおおおおおおおお!!!!! せんせえかわいいいいいいいい!!!!!!!!!」
クラスの男子が叫びだした。無理もない。海斗自身、赤井先生の裏の顔を知らなかったら同じように叫んでいただろう。先生がしたポーズは結構男性としての心にぐっ、とくるものがあった。先生も裏でそういう勉強をして密かに練習していたんだろう。
男子が「ひなせんせえ~!」などと言っているのを聞いた海斗は、「頑張ってるなぁ~」と言った。すると前を歩いていた先生がくるりと振り返り、「なにか言いました?」と笑顔で言われた。
「いやあ、先生頑張って裏の顔を隠してるなあ、と思って」と言いたかったがその笑顔の裏にはなにか別の意味がありそうだったので、「なんでもないです」としか答えられなかった。
赤井先生に引き連れられて体育館までやってきた海斗たちは女子から順番に『光の部屋』に入っていった。
あと少しで海斗の番が回ってくる。C組の女子は全員超能力を手に入れることができたらしい。男子もまだ半分くらいしか『光の部屋』に入っていないが、今のところ全員超能力は手に入れたみたいだ。
『光の部屋』体育館の中央につくられており、真っ黒の大きなブロックがどんとおかれたような形をしている。『光の部屋』という大層な名前ではあるが、実際はキャンプなどでつかう、テントのようなものだ。電気が通っているのと、研究員が複数いればどこででも建てることができる簡易的な代物だ。
部屋の外には白衣を着た研究員が三人程、机の上に並べられた電子機器とにらみ合っている。そこから光の調節や角度、そしてどのような超能力を生徒達が得たのかデータをとっているのだろう。
なぜ海斗がみんなの超能力の有無を知っているのかというと、そこから聞こえ
る『――○○○○さんは正常に超能力をインポートされました。』という少し機械じみた声が発されている。それを海斗が聞いている限りみんなは何かしらの超能力を得ているということになる。
ちなみに先程『白い部屋』に入っていった大河も何かしらの超能力を手に入れていたみたいだが、あいつは部屋を出てきた途端、「カイトー、やっべえよ俺! 最初っからBだった! いや~流石俺!」などとレベルの高さを自慢ついでに自画自賛までしてきた。
「おーそうか、それはよかったねー(棒)」
「おいなんだよその文章にしたら語尾に(棒)がつきそうな返事は! もっと親友として喜んでくれよ~! じゃあカイトはどうだったんだよ!」
「まだ部屋にすら入ってませんよ」
「なーんだ、てっきり超能力を手に入れることができなくて、すねてるのかと思ったわ~」
「あーはいはい、わかりましたよおめでとうございますっと!」
海斗はそういいながら大河の背中に思いっきり平手打ちをしてやった。
「いって~!! なにしやがるんだよカイト!!」
大河が仕返しをしてこようとしてきたが、『次、一条海斗さん入ってください』とタイミングよく呼ばれたので海斗はにひひと笑いながら大河から逃げていった。
『白い部屋』の前まで行くと『さあ、どうぞ。』と大人な雰囲気を漂わせた研究員のお姉さんが黒いカーテンを開けてくれた。部屋の中は暗く、周りはカーテンで覆われており、海斗が寝ころべるくらいの広さだ。そして部屋の四隅に海斗の背より高い場所に箱形のものが取り付けられている。暗くてよく見えないが多分それが光を発する装置なのだろう。
『今から準備するのですこしまっててね』と、お姉さんは開けてくれた入口の隣に置いてあるパソコンを触りだした。海斗は部屋に入り、お姉さんの次の指示を待った。
見た感じそのお姉さんはおそらく日本人だがとても肌が白い。そして海斗は思った。
(…乳でけぇ。何カップだ?)
研究員の人にもこんなに美人な人がいるとは思ってもいなかった。ましてやこんなけしからん乳をゆさゆさと揺らすような人がいるとは。そんな変態海斗の視線を感じ取ったのか、お姉さんは近づいてきて「どうしたの?」と顔を覗き込みながら尋ねてきた。
だが、その時。
一条海斗は見てしまった。少し大きめのサイズの白衣を着たお姉さんが前かがみになったときに。
最初見たときは分からなかったが、少し違和感らしきものがあり、見直した。いや、見直してしまった。『いや、なんでもないです』と答えることができたら
よかったのに。すでに目をやっときには分かってしまった。
「……………………………………………………………あ…れ…、ノー……ブラ?」
思わず口に出してしまった。……あっ。と思ったが時すでに遅し。目の前に立っていたお姉さんには当然聞こえているだろう。
お姉さんは最初はきょとんとしていたが、すぐに海斗が言った意味が分かったのだろう。自分の体制を確認し、胸元をみる。状況を把握できたのか海斗のほうを向く。その視線は少し冷たかった。
(……まずい。ここは俺が謝ったほうがいいのか? でもこれって事故だし! 俺悪いことしてないし! いやでも、確かに見てしまったことは確かだ。結構怒ってそうだし、ここは謝ったほうがいいのか?いやでも)
汗が身体中からドバドバと出ている気がする。
「あーー、わたしノーブラ派なんだよね」
「………………………………………………………はぃ?」
一条海斗の声はなぜか小さくなっていた。
「いや、だからノーブラ派」
軽い冗談を言っているのかと思ったが、彼女の態度にはそうは見えない。
「…………………………………………………………………………………………………………………………………………………あの、見ていうのもなんですが、怒っ、たり、は、されないんですか?」
「…………まあ、見られるためにしてるんだけどね」
海斗の思考回路は完全に停止していた。
「それよりさ、私のおっぱい見てなんか思ったりしないの?」
お姉さんは海斗に詰め寄ってきた。思わず後ろに退く。
「え、別になんとも……」
「ほんとに何もないの?」
お姉さんはずいっと顔を寄せてくる。
(なぜこの人は俺がどう思ったか聞きたいんだ? どういう答えを求めているんだ? てか近い近い、近すぎる!!!!!)
あと5センチでキスしてしまうぐらいの近さに到達した瞬間――――。
「あのー、すみませーん。もう終わりましたか~? 次の子にいきたいんですけど~」
赤井先生だ。
海斗の時間が遅すぎたので様子を見にきたのだろう。しかしこれはチャンスだ!
「せ、せんせい! い、今からはじめますからそこで待っててください!」
「ほいほ~い、はやくしてくださいね~」
海斗が目をつぶりながらそう言うと、諦めてくれたのか、お姉さんは残念そうな顔をしながらゆっくりと離れた。
……助かった。先生がきてくれなかったらあと数秒後にはどうなっていたこと
か。
もしかしたらお姉さんに天国にでも連れていかれてたかもしれない。
するとそのお姉さんが「私の名前は神宮紅里。この学校で超能力の授業などを担当している。これからよろしく、一条君」と随分遅めの自己紹介があった。
「ああ……よ、よろしく」
「じゃあそろそろ始めるから、準備ができたらこちらに合図を送って」
そういうと神崎(先生?)は部屋を出ていった。
……はあ、と海斗は大きなため息をついた。
まさかあんなことになるとは。
ふつうなら、胸を見られた女性なら、『きゃっ、見ないで!!』とか『何見てんのよっ、この変態!!』などと言って恥ずかしがるだろう。そうなると予測していた海斗の頭の中にある常識というものをあの女は遠慮会釈もなく、吹き飛ばしたのだ。
しかも、そこからのあの謎の質問。今でもなんて答えたらよかったのか海斗にはさっぱりわからない。まず、あの人の考えていたことがわからない。
神宮紅里は部屋をでてすぐそばにある机に座り、海斗の様子を見ている。
そろそろ次の人に回さないとまたあの腹黒先生に怒られそうなので、さっさとすませよう、と海斗は思い、「じゃあ、おねがいします」と神宮紅里に告げた。すると他の研究員に指示をだし、最後の準備が整ったところで神宮が机に置いてある、少し小さめのマイクのような形をしたものに手をかけた。おそらくそれがスイッチなのだろう。
神宮が開いていたカーテンを閉めると、部屋の中は何の光もない、真っ暗な状態になった。
海斗の頭上で四方から真っ白な『光』が点灯した。思わず眼が眩む。ああ、これで俺も超能力を使えるようになるのか。
――周りの機械じみた音が聞こえなくなった。海斗は「もう終わったのか?」と呟きながら目を開ける。すると、目の前には、何もない、真っ白な空間になっていた。壁などない。どこまで続いているのかわからない。辺りを見渡しても何もなかった。
「どうなってるんだ~?」と海斗が呟いた瞬間――
「汝、力を欲するか?」
どこからともなく声がした。
……誰だ。
もう一度辺りを見渡すが誰もいない。
するとまた――
「汝、力を欲するか?」
また聞こえた。
誰なのかも、夢なのかも、どうなっているのかも、わからない。
「もう一度問う。汝、力を欲するか?」
訳が分からない。だが、この状況では答えなければならないのだろうと思い、海斗は言った。
「…………ああ」
するとその声は言った。
「――――ならば己を信じろ。信じることで、己の心が応えてくれるであろう」
すると、海斗の前方が強く輝きはじめ、海斗が後方へ吹き飛ばされそうになるくらいの強い風が吹き出した。
海斗は体勢を整え、光の先になにがあるのか見ようと試みた。だがとても眩しく、風も強くて眼をあけていられない。するとだんだん光が強くなっていき、海斗の周りは光に包まれた。
その時にはもう誰に言われたのかわからない言葉の意味すら考えることすらできなかった。
――目を開けるとそこは、辺り一面真っ白な空間ではなく、先程までいた部屋に戻っていた。
既に電気は消えている。
海斗は自分の身体を見まわし、異変がないか身体を動かしてみる。
身体に変化は……ない。
何か特に変わったところも……ない。
「……よかった」
一息つき、安堵の表情がでる。無事に超能力を手に入れれたようだ。海斗は右手を前にだし、腕に少し力をいれてみる。まるでどこかのアニメキャラが魔法を繰り出すような体勢だ。なにかしら身体が反応し、超能力が発動するだろう。前に放出するタイプの超能力かもしれない。
……しかし何も起こらない。
「……違うか」
海斗は大きくジャンプしてみる。空を飛んだりするタイプかもしれない。
……だが、海斗の体にはなにも起こらない。
「………あれ?」
おかしい。
『光』を浴びたら超能力を使えるようになるはずだ。もしかしたら海斗は数日間超能力が使えないタイプの人間なのかもしれない。過去にも何人か同じようなことがあったと聞いたことがある。
「…………とりあえず、部屋出るか」
ため息をつき、仕方なく部屋を出たその時――、
『ピピー、ピピー、ピピー!!一条海斗さん、エラー!一条海斗さん、エラー!エラー番号0!』
「………………………………………………………………………………はぃぃ?」
カーテンを開けて出てきた海斗を、周りに散らばっているクラスメートが、心配そうな目で見てくる。一部の女子はこちらを指さしながらひそひそと話をしている。多分、海斗の話だろう。これは自意識過剰などではない。『どうしたんだろう』『ってか、あの人名前なんだっけ』などと、完璧にこちらを横目にはなしているのだから。
海斗は少し遠いところにある大きなパソコンをせわしなく触っている神宮さんを呼びにいく。他の研究員も近くにいたが、名前を知らないしどんな人かもわかっていない。もしかしたら、神宮紅里以上に変わった人が出てくるかもしれないと思ったからだ。
「……神宮さん、すみません。あれ止めてもらえませんか?」
海斗は音の発信源のほうを指さし、少しにこやかな顔を作って話しかけた。
「…………」
「…………あの」
「はい」
神宮は作業を止め、目の前にある画面を指さした。そして何も言わず、海斗を呼び続けている声を止めに行ったのだろう、海斗が指さしていた方向に歩いて行った。
海斗は神宮の指した画面を覗く。そこには『エラー0』の説明らしきものが表示されていた。
「口で説明してくれればいいのに」などと海斗は呟くが、神宮は既に海斗の名前を連呼していた音声をとめ、次の生徒の準備をしていたのでどうすることもできない。
海斗は神宮が座っていた椅子に座り、画面をみた。文章は専門用語ばかりでどういう意味なのかよくわからないところが多い。下にスクロールすると『エラー0』の概要らしきところがあった。
海斗は画面に顔を近づけてよく見る。海斗はなぜか音読しはじめた。
「えーっと? ……エラー0と判断されるのは原因不明で、その者は能力を使用することが不可能、またはインポートすることができないぃぃ!?」
エラーの機械音声のつぎに体育館内に鳴り響いたのは海斗の声だった。しかも海斗の声のほうが大きい。そして周りのみんなはまた海斗を変な目で見る。
だが、海斗はそんな目を気にはしていない。
(なぜだ!なぜこうなるんだ! 大河だって成功しているじゃないか!! 『能力を使用することが不可能』!?!? インポートすることができない』だと!?!?!?!? 意味が分からん!! 俺なんか悪いことしたか!? なんか別にしなきゃいけなかったこととかなかったよな!?!? なんで俺だけなんだよぉぉぉぉおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!!!!!!!)
心の声がでてきかけ(もはやでてる)で今にも発狂しそうな海斗の肩をぽんぽん、として誰かがよびかけた。
「ドンマイ!」
そこに立っていたのはにこやかな顔でこちらを見ている大河だった。
大河は親指をたてた拳を目の前にだして、ウインクをした。