第十三話 自己選択
「…っぶな」
その声は海斗の口から漏れていた。
咄嗟にこの剣を出さなかったら串刺しにされていただろう。心臓の鼓動が耳にまで響く。
(つーかマジで死ぬ!! こんなの嫌だ! 早く帰りたい! なんでこんなに俺殺されないといけないの!? とりあえず帰らせて!!)という感情が押し寄せてくるがそんなこと言ってられる余裕はない。
目の前にはまだアナリアがいる。
「あなた、あれを防ぐとは結構なことをするわね」
接近してくるアナリアが言った。
「…まあな。偶然というか奇跡というか、自分でもびっくりだぜ」
「舐めていたのはわたしのようですね」
(それは元から承知の上でしたが)
落ち着いた表情でアナリアは話し続ける。
「もう一度聞くわ。あなた、本気でわたしとこない? あんたの力ならもっと上を目指せる。だから――」
「こんなことされて俺が『いいですよ』って普通に答えると思ってんのか?」
海斗にはそんな気は全くない。
「どこの世界に飛ばされるのか、どこの国に行かなければならないのかわからないし、俺はこんな殺し合いをしたくはない。だから、何があっても俺はお前らとは一緒になりたくねえ」
軽蔑しているわけではない。もうこれ以上、こんなことに巻き込まれるのを多くしたくないのだ。
「……そうか」
海斗はまた気付く。
(またその顔――)
「なら仕方ないな。なら、あなたを殺さないといけなくなる。じゃあ――」
「ちょっと待てよ!」
アナリアが話しているのを遮って海斗が叫んだ。
「なんで俺が死なないといけなくなるんだ? 黒滝にも言ったが、別に俺はお前ら魔術師に迷惑をかけたり何かしたりはしていないはずだぞ? そんなに俺の力ってものがダメなものなのか?」
「それは……」
アナリアが言葉に詰まった。
だが。
その一瞬。
「それはてめえの力を奪おうとしてたからだよ」
聞いたことのない声とともに、知らない男がアナリアの後ろに現れた。いや、現れたというより、いたのだ。
その男は体格のよい、とても筋肉ムキムキな男だった。背も高く、とても腕が太い。筋肉質な身体は少し日焼けをしていてレスラーのようだ。
「久しぶりだなぁ、ヴァンス」
「アナさん危ない!!」
黒滝が騒いだときにはもう遅かった。
「え…?」
男は拳を握り、前に突き出す。
目の前にいたアナリアが海斗に向けて飛んできた。
「ぐはっ!!」
海斗は受け止めたアナリアの勢いで後方へ飛ばされる。後ろの扉にぶつかった衝撃で海斗の身体から一気に空気が抜け出た。
「てめえ…誰だ…!?」
「おおすまんな少年。お前に当てるつもりはなかったんだがな」
「な…んだ?」
足の上に横たわるアナリアが声を漏らし、男に視線を向ける。
「なんであなたがここに……!」
「ヴァンス、随分と弱くなったんじゃないの? 結構前から後ろにいたのにわかってなかったろ?」
「女の子に手を出すとは失礼な奴だね…不意打ちでしてくるのもあなたたちのリーダーの方針かしら?」
よろよろとアナリアが立ち上がるのを黒滝が駆け寄って介抱する。
「んなもん関係ねえよ。さっき命令が出て、お前ら二人『パンドラの箱』を潰しにきたんだよ」
「なんですって…!?」
アナリアがぎょっとする。
「お前らが俺らより先にそいつの力を勝手に利用しようとしたんだろうが。分かってたはずだろ? 俺らが『原点』の力を持つ一条海斗を探していたことは」
「それで見つかったからついでにあたしたちも殺すって算段なのかしら?」
「そうだな。まあこういうことには最低五人は出てくるはずなんだが、こちらも忙しくてね。俺一人で大丈夫そうだからきてやったんだ」
「そんなこと、できると思ってんのか?」
黒滝はからかったのだろう。
だがそれは男には何の気持ちの揺さぶりにもならなかった。
「できる」
その一言だけだった。
「だって――」
アナリアと黒滝の視界から男が消えた。
「お前らなんか、こうしておけば何もできない」
いつの間にか男は二人の後ろにいた。
「っな!?」
黒滝が声を漏らした。
「これでお前らは何もできない」
黒とアナリアの両腕はねずみ色の岩石によって埋められていた。両腕が重くなり、体勢を崩したアナリアはその場に倒れる。起き上がろうとしても思うように腕を動かせないので立ち上がることすらできない。
くっ…、とアナリアが悔しそうに声を漏らす。
「さあさあ、行きますか一条海斗君」
海斗は身構えるが剣がない。どこかに消えてしまったのだ。
「…どこにいくんだよ」
「それは言えない」
男は冷たい目で海斗を睨む。
床に転がるアナリアがこちらを向いてきた。
「…この二人はどうなるんだよ」
「まあこのまま餓死するか俺たちに殺されることにはなるがな」
海斗の身体がピクリと痙攣した。
「カイト君! 絶対に言ったらダメ!!」
アナリアが叫んだ。
「そいつの属している『オーガ』ってのはとても卑劣なやり方で同じ同胞をたくさん殺してる結社なの! あなただってその一人になるのよ! その力はそんな邪悪なことに使うものではないわ!! だから信じて!!」
「そいつらの話は信用すなるな。別に俺らはお前を殺したりはしない。だから来い」
男の『来い』という言葉がとても海斗の心を揺らがせる。
どっちを信用したらいいのかわからない。
「……俺は」
「絶対にダメ!!」
海斗が口を動かすと、アナリアは海斗が述べる続きを遮った。
固められた両腕は前にいる海斗の顔を必死に見ようとするため、力が込められていてプルプルと震えている。アナリアがまたあの表情を表にだし、俯く。
「…本当は……本当はあなたを仲間に入れるつもりだったのよ…!」
「…え?」
隣で重い腕を前方にだらんとたらしながら立つ黒滝が話をつづける。
「さっきからアナリア言ってただろ? 『こっちに来ないか』って。あれは遠まわしに入ってください、って言ってたんだよ。本当は俺らはあんたに入ってほしいんだ。『パンドラの箱』に。だけどそれにはある程度強くないとこちらとしては足手まといだ。それにお前の『原点』の力がしっかり発動するのも条件になる。だから俺が相手をしたんだ」
「でもお前本気で殺そうとしてなかったか…?」
「それを止めることができなかったら無理だろーが」
まあ確かに、と海斗は納得する。
「あの女の子が来ることは予想外だったが、まあそれでお前は俺に一応勝った。それで俺はアナリアにこのことを報告する。お前の宣戦布告付きでな。そして今に至る」
さっきから『さん』付けにしていないのはなぜなのかと海斗は思ったが、そんなことを言ってられる余裕はない。
「じゃあなんで俺は殺させる必要があるんだよ?」
「お前の能力を取り込むためだよ」
黒滝の次には男が話し始めた。
「魔術を知らねえお前がどうやってその力を手に入れたのかは知らんが、『原点』ほどの力は誰でも使えるものではない。だからその力を持つものを喰うんだよ」
「喰う…?」
「簡単に言えば殺すんだよ。それで力を奪う。お前みたいなやつは完璧に喰われると思ったんだがな。俺と会えたのが奇跡としか言いようがないな」
だから殺さなければならないとか言っていたのか、と海斗はほんのひとつの疑問が解かれた。
「それにしても――」
男が幼い女の子の身体を一掴みする。
「随分と見え見えな嘘をつくなぁ。アナリア。どうせ俺らとおんなじことするつもりだったんだろぉ?」
「きゃっ!!」
女の子らしい叫び声が耳に響く。男のバカでかい手がぎちぎちとアナリアの身体を締め付ける。
「お、おい、やめとけって」
男の様子が一変し、声を荒げて脅すように話しかけてくる。
「お前はこいつを信用するのかぁ!? こいつらはお前を殺そうとしたんだぞ!! こんな奴の命どうだってことないだろうがぁ!!」
海斗の身体がまた反応する。
「た、たすけて…」
「やめろ!!」
叫んだのは黒滝だった。腕を封じられながらも黒滝は勇敢に突っ込んでいく。
だが。
「邪魔だぁ!!」
男は突っ込んできた黒滝を一蹴りであしらうように吹っ飛ばした。
黒滝は冷たいコンクリートに肩から激突し、その勢いのまま転がってフェンスにぶつかる。
「くっ…そ」
「おい! くろた――」
その光景を見て海斗は足が前に出る。
だが。
「お前はどうしたいんだ?」
男の声で身体が動かなくなってしまった。
「こんな感じで握り潰されたいか?」
海斗の前に大きな拳を差し出す。そこには涙をまぶたに溜めて苦しそうなアナリアがこちらを向いている。海斗はその顔を見ると、胸がざわついた。
「てめえ…」
海斗は男を睨みつける。
「それか一瞬で楽にするほうがいいかぁ?」
坊主頭を近づけて男がにやりと笑いながら言った。それはもう脅しなどではなく、そう言わないといけなくなるように仕向けられているようだ。二人の言う通り、この男の属するところがとんでもなく卑劣なのが分かる気がする。
なぜ。
こんなことに巻き込まれなければいけないのだろうか。それしか海斗の頭にはなかった。こんな争い事は望んではいない。人の命が自分のせいで簡単に壊される、なんてことは望んでいない。
「…………わかったよ」
ぼそりと。
海斗は俯いて口から漏らした。
「物分かりがよくて助かるよ」
不気味な笑顔を浮かべて男はアナリアをごみを捨てるように投げた。
「そん…な…」
物理的な圧力から解放されたアナリアは地面に手をついて海斗を見たまま動かない。黒滝は吹き飛ばされてからピクリとも動かず、気を失っているのか死んでいるのかすらわからない。アナリアは鼻をすすって泣いていた。その姿はまるで帰り道に転んで擦り傷をした小学生のようだ。
「じゃあ行こうか、海斗君」
男はその場を離れようとする。
だが。
「おいおい、ちょっと待てよおっさん」
口を開いたのは海斗だった。
「…あん?」
男の動きが止まる。
「誰がお前と一緒に行くって言ったんだよ」
…え? とアナリアが涙で濡れた顔を上げる。海斗はアナリアに接近して、立てるか? と手を差し伸べてきた。
アナリアは腕を持ち上げられ、海斗に立たされる。
「ちょっと腕上げとけよ」
そう言いながら海斗はねずみ色の岩石に固められたアナリアの両腕を持ち上げ、ここでキープしといて、と告げる。
「な、何をするの…?」
男はこちらを睨んだまま、何もしてこない。
海斗は左右の拳を組み合わせ、頭上に振り上げる。
「こうするんだよッ!!」
ビキビキッッ!! とアナリアの腕を封じていた岩にひびが入り、崩れ落ちた。
アナリアは海斗の行動に驚きを隠せなかった。
「ど、どうして?」
助けてくれたお礼よりもなぜ海斗がこんな行動に出たのかが気になって仕方がなかったのだろう。海斗は軽くため息をついて答えた。
「……なんとなく、お前が俺の妹に似ていたからだよ」
「…………………はぁ?」
その一言で張りつめていた空気が少し柔らかくなった気がした。
「なんとなく、だからな? なんでか知らないけどお前を見ているとなんだか華夏に似てるなーと思ったし、そう考えると入ってほしいって言ったらいいのに遠まわしに言ってくるところとかすぐに泣きそうになったりするところも似てるなー、と思ってさ。それにお前、最初から俺を入れるつもりだったんだろ? 俺が断ったとき、ものすごく残念そうな顔してたし」
恐らくアナリア・ヴァンスは「なぜお前の妹が入ってくるんだ」と思っているだろう。
アナリアが顔を赤らめて怒りだした。
「んなっ、そんなことないわよ!! なんであなたの妹に似てるなんて言われないといけないのよ! それに悲しそうな顔なんてしてませんっ!!」
そういうところが似ているんだがな、と海斗はくすりと笑う。
「――おいてめえ」
男の一言によって、またその場の空気が変わろうとする。まるでぬるい湯が一瞬にして凍ってしまうかのように。
だが海斗はそんな空気には動じない。
「この通りさ」
海斗はアナリアの頭にぽん、と手を置く。
「俺はあんたが気に食わないわけじゃねえ。むしろあんたらがどんなことしているのかなんて興味ない。だけどな。こいつの顔を見て分かったよ。こいつらが助けてほしいって頼んでいることが。もしあんたがこいつらを殺そうとするなら俺が――」
海斗は身長の差で下に見られていることに顔を赤らめ、拗ねて下を俯いているアナリアに視線を向ける。海斗のが話を止めたのに違和感を感じたのか視線に気付いたのか、アナリアが振り返ってきた。ツインテールがゆらゆらと揺れる。
目が合うと海斗がにこっと微笑んだ。
そして。
「俺が、守る」
アナリアは童顔をさらに赤らめながらぼーっとして動かない。その顔は大好きな男子に告白されて嬉しすぎて泣きそうになっているそのものだ。はっ、と動かなくなくなっていたアナリアが息を吹き返す。
なぜかアナリアがあたふたし始めて「え!? え、えっ、えーっと、その、あの…」と騒ぎ始めた。
「……ありがとう」
小さく、息を漏らした。
「どういたしまして」
海斗はアナリアの頭にのせていた手をそっと退けた。
「っざけんなよ…」
男の大きな身体が力む。
「っざけんなよ餓鬼が!!」
その咆哮は海斗とアナリアの身体をこわばらせた。
緊張が体の隅々までに染み込む。
「さっきから勝手なことばっか言いやがってよぉ、たかが『原点』だからって調子に乗るなよ糞餓鬼!! この場で消してくれるわ!!」
巨体には似合わないような速さで海斗との間を詰め、右拳が風を切りながら懐に入る。その岩のような拳は海斗の目が捉えた。だが今の海斗には攻撃を防げる鋼の筋肉があるわけでもないし、男を切り刻む剣もない。
海斗の身体が大きく後ろに飛ばされる
――――はずだった。
「なっ!?」
男は分かっていた。拳は確実に海斗の身体を捉えている。
なのに、海斗の身体はピクリとも動かない。
その上、
押し返されているのだ。
男がさらに力を込めても動かない。
(バカな…! この俺が力で押されているだとッ…!)
男は本当に拳が海斗にぶつかっているのか確かめるために視線を向けた。見ると確かに拳は海斗に向けられている。
だがある一部の変化に気付いた男の顔色がさらに変わる。
海斗はその拳を両手と体全身をつかって相撲のような形で受け止めている。「ぬうッ!」男はこれでもかと力を込めて海斗を押し出した。
海斗の足がコンクリートの床を滑る。数十メートル程後ろに移動すると海斗の身体は動きを止めた。
「…お?」
海斗は自身の身体の異変に気付いた。それは見た目ですぐにわかるようなものだった。男の拳を受け止める前までは何もなかった腕の甲に光り輝く丸い円が刻まれている。その円から五指にかけて光が続く。袖をめくってみるとその光は身体の中心に向けて伸びていた。
「あなたそれ…神印《スティグマ》じゃないの!?」
空からアナリアが接近してきて叫んだ。腕に刻まれているそれを見て海斗は厨二病心をくすぐられながらもこれは何ですか、と問いかける。
「その光っているのが神印《スティグマ》っていって神が負った傷よ。なんであなたがそんな大きなもの持っているのかは知らないけど」
「へぇ…」海斗は光る部分を眺めている。
「それは魔術師にとっては力の証って感じになるのよ。…まあその話はまた後でしましょうか」
そう言ってアナリアが身構える。海斗は男の動きに対応できるように集中する。だが男は立ち尽くしたまま、何もしてこない。
「なぜ…なぜお前が…」
男はただ茫然としたまま、ぶつぶつと何か文句を言っている。
「おいアナリア」
「なんですか?」
両者共、男から目を離さずに話し始めた。
「あいつのこと、知ってそうな感じだったけど誰なんだ?」
「あいつはオーウェンス。アラモ・オーウェンス。ちょっとだけあいつとは縁があってさ、少しならあいつのこと知ってるよ。あいつは大抵――」
少しの間、目をあわさずに話が続いた。その時間は不思議なものだった。話が終わるまでの間ずっと男は何もしてこない上に、さっきまで敵同士だった年齢不詳ロリ少女と話しているのだから。
「――じゃあ行くぞ!!」
海斗のかけ声で二人は一斉に走り出した。
「足引っ張んないでよ!」
「そういうお前もな!」
アナリアは軽く空に飛びあがった。重力に逆って軽々と空を飛ぶ小さな姿は鳥のようだ。
(…俺も空飛べたらいいのになぁ)
前方上を飛んでいくアナリアの姿を見て海斗は思った。まあこの力があればできるのだろうが、まだそんな高度なことはできないだろう。
ぶつぶつと何かものを言っていたオーウェンスが海斗に気付く。
「…っ、くっそおお!」
先程よりもオーウェンスの拳が速くなる。だが先程までの余裕綽々だった様子はもうなかった。
海斗はぶんぶんと振り回される拳を避け自身の拳を強く握ってオーウェンスとの間を詰める。
『いい? オーウェンスはわたしが最後に仕留める。だからあなたは何とかしてあいつの隙をつくって!』という話し合いの結果の末、海斗は何とかしてオーウェンスからどうにかして一本取らなければならないのだ。だが体格の割に素早い動き、一発の攻撃の大きさが海斗と比べて桁違いなオーウェンスからどのようにして隙を突かなければならないのか。
「ごほっ!」
海斗の拳がオーウェンスの腹部にねじ込まれる。効いているのか、少し動きが硬直した。海斗は次の攻撃に備えて後ろに少し下がる。空から様子を伺うアナリアに視線を向けるが、アナリアは何もしない。これじゃあまだ隙を作ったとは言えないのだろう。
「ならッ…!」
動きが止まっているオーウェンスとの間合いを詰める。「…っ!」それに気づいたオーウェンスが地面に拳を打ち付ける。ズドドド!! と拳が打ち付けられた地点から海斗に向けて地面から高さ約一メートルの円錐形でねずみ色の岩石が飛び出してきた。恐らくアナリア達の腕を拘束していたものの応用版なのだろう。ビル全体が唸るような音をあげて振動している。
海斗は直線上に突き出して接近する岩石を身を翻して避けた。
だが、岩石の波は避けた海斗を追尾するように急旋回してきた。「うおお!?」海斗はどうすればいいかもわからず、屋上を走り回っていると空からたくさんの棒が雨のように降ってきた。
屋上をぐちゃぐちゃにしていた岩に降ってきた棒があたるとそれらはすべて消えてしまった。海斗はまた浮遊しているアナリアに目を向け、「サンキュー!」と聞こえるぐらいの声量で言った。
「くっそ、ヴァンスの野郎…!」
オーウェンスが空を見上げ、アナリアを探す。だが星輝く空を見て目にはいったのはアナリアではなく、海斗だった。
「オーウェンス!!」
飛びかかる海斗の右拳がオーウェンスの顔面に刺さる。
「てめッ…、ああぁぁっっっぁぁぁあああ!!」
オーウェンスも負けじと拳をふるうが、頭に血が上っているせいか海斗に全て避けられてしまう。
『いい? オーウェンスの得意な戦術はなで押し切ることなの! 一発のダメ―ジが大きいし、防御もままならないけどあいつにもそれなりに弱点があるからそこを突きなさい!』というアナリアの助言を思い出す。
(一撃が大きいならそれなりに動きは遅い!)
海斗はまた懐に潜り込み、強く握った拳を突き出す。
「ごほっ!」
オーウェンスの口から空気が漏れ、巨体が後方に吹っ飛ばされる。
「――――いまだアナリア!!」
海斗が叫ぶ。
アナリアの前に魔法で作られた虹がかかり、真っ黒に塗られた空を明るく照らす。
「『ヴィルゴット』!!」
その一言で空が真っ白になり、海斗は目を開けていられなくなった。