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第十一話 友人は突然押しかけてくるものだ

「――――カイト、カイト!」

 どこからか誰かの声が聞こえる。

「――――兄い、兄い!!」


 ――はっ、と。


 目を開くと蛍光灯の眩しい光と二つの顔が両サイドに見えた。


「カイト!!」


 琴美が泣きそうな目でこちらを向いている。

「ここは…」

「カイトよかったぁ~~!! 死んだかと思ったんだよ! いやこれまじで!!」


 眼から涙があふれてきた琴美は海斗の頭を抱きしめる。当然、そんなことをされたら顔に胸が当たるのだが、琴美はそんなことは気にしていないのだろう。

 目を開けたらかわいい女の子に抱きしめられるという、男なら一度は体験してみたいものが目の前で自分に降りかかってきた海斗は鼻が伸びきっていて今度は別のベクトルで意識が飛びそうだ。


「兄い! …って、こら! 兄い!」


 隣で妹の華夏が騒いでいるがそんなものはどうでもいい。この至福のひと時を一秒たりとも無駄にしてはならんッ!

「カイトが倒れたときほんとにびっくりしたんだよ!? もうどうしたらいいかわかんなくなってきたら、だんだん怖くなってきてさ!! それで――」

 琴美が海斗の頭を抱きしめながら話しているところに華夏が怒った顔をして割り込んできた。


「兄い! ちょっと聞いてるの!?」

「ああ…ちょっと待っとけ華夏。お前には一生できないものをしてもらってるんだあッ!!」


 いい加減な態度で華夏をあしらおうとした海斗の横腹にボディーブローがえぐ

りこまれる。華夏の拳は左腹部をとらえていた。そこは不意打ちを食らった部分で痛みが何倍にも膨れ上がる。


 華夏が「ざまあみやがれ!!」という、もうすでに兄としては見ていないような冷たい目で海斗を見下していた。


「お前…そこはだめだ……」


 琴美は痛みで歪んだ海斗の顔をみて余計に心配した。




「――で? 大丈夫なのか華夏」


 痛みが治まり、検査をしにきた病院の先生が帰った後に海斗が言った。


「まあね。そこまでひどいことはされなかったし」


 確かに華夏は包帯を巻いていたり、松場杖をついてはいない。よかった、と安心する海斗は自分の身体を見回す。

 ほぼ全身を包帯で包まれており、頭にまで巻かれている。まるでゾンビだね、と一番ケガの少ない琴美がくすりと笑うが、自分でもその姿には共感できる。


「てかさ、なんで兄いは全身大やけどみたいな恰好をしてるわけ?」


 華夏は先程までの闘いのことを何も知らない。


「簡単に言うとだな、お前を襲った奴とドンパチやってきたって感じかな」

「はあ~っ!? なんでそんなことになってるのよ! 兄い正義のヒーロー気取りみたいなことしたことないのにどうしたの!?」

「うるせーな、お前らを守るでもあってやったことなんだぞ。お前と、お前を」


 海斗は琴美と華夏を指さして言った。


「…へえ~。それで? あのおっさんには勝てたの?」

「そうだよ! いつの間にか消えてたし、海斗は倒れるからどうなったのかわかんなかったし!」


 …あれは、勝ったといえるものなのかな? 少し疑問が残るがかっこつけて言うなら、一つしかないだろう。


「……ああ」

 おおー、と二人から歓声が上がる。

 だがその片一方が疑問をなげかけてきた。

「…殺したの?」

 言ったのは華夏だった。

「いや? 殺してないけど?」

「…ならよかった」

 妙なところを聞いてきたな、と海斗の気に障ったが特に気にすることでもないだろう。琴美が話題を変えてきた。


「てか華夏ちゃん今日で退院なんだ~! よかったね!」

「はい! こんなバカ兄いみたいにぼろぼろじゃないんで!」

 まるで『自分も一緒だったけど、全然攻撃こなくて超余裕だったわ』みたいな言い草だ。

「おいおい、俺も一応今日退院してもいいっていわれたぞ?」

 先程の検査で既にオーケーをもらえていた。けがは擦り傷程度なのだが、筋肉をものすごく痛めているらしく、包帯の中は湿布や塗り薬が施されている。まあ簡単に言えば筋肉痛のようなものらしい。あれだけでかい剣を振り回して筋肉痛じゃなかったら海斗はムキムキだろう。だがそのような筋力は海斗にはない。


「じゃあ一緒に帰れるね!」


 琴美がにこっと笑いかけた。その顔を見て海斗の目にはなぜか、涙が漏れてきた。嬉しかったのだ。自分で、この手でこの笑顔を取り戻せたことが。


「ど、どうしたの兄い!?」


 急に泣き出す兄に驚いて華夏は動揺していた。


「いや…なんだかお前らを見ていると、生きててよかったなあって思えてきて」

「はあ!? 兄い死んでないじゃん!? 意味わかんないこと言うなよ!」

 ほんとは一度死んだんだ、という必要はないと思った海斗は間違いを訂正しなかった。

「とりあえず、帰って三人で飯でも食おう」




「ただいま~」


 日の暮れ始め、日が沈みかけて空が赤褐色に染まっているなか、両手にビニール袋を持った海斗は我が家に帰るのがとても久しぶりに感じた。ぼろぼろになっていた扉は何事もなかったかのように綺麗に直されている。きっと黒滝が何らかの魔法で直してくれたのだろう。

「あー、重かった」

 海斗は袋を玄関の端に置いて靴を脱ぐ。

「ほんとにまたご飯食べさせてもらっていいの?」

 琴美が玄関に入るなり、立ち止って呟いた。ここまできてもらったのだから、家に上がるつもりだったんじゃないのか? と思うが気をかけてくれているのだろう。靴を脱ぎながら海斗は言った。

「ああ! 昨日俺がぶっ倒れてからずっと隣で見守ってくれてたんだろ? そのお礼さ」


 病院の先生が言うには、海斗が病院に搬送されてからずっとそばにいてくれていたらしい。海斗が眼を覚ますまでずっと寄り添っていて、寝ていたのはほんの二、三時間だけだという。

 そこまで心配してくれていた人をなんの礼もせずに家に帰すのは少し気が引けるというか、海斗自身が酷い感じがするのだ。

「…ありがと」

 琴美は照れくさそうだった。

「さ、はいれはいれ!」

 海斗は立ち上がり琴美の手を引っ張って琴美を家の中に入れようとする。

 だがそれと同時に、伸ばした右腕にひびが入るような痛みがはしる。

「いって!」

「だ、大丈夫!? まだ完全には治ってないんだから気を付けてよ!」


 琴美の左手をつかむ海斗の腕をとり、温かい手でさする。その姿はまるでふんわりとした、優しい看護師に見える。いつも優しい琴美だが、今日はいつにもまして優しく思える。

「お、おう…」

 異性に腕をさすられることなど滅多にないので、なんだかとても照れくさくなってきた海斗は顔を赤らめてぼそっと呟いた。「あんなに闘ってたんだから…」ずっと海斗の右腕から目を離さずに、海斗が照れているのを琴美は分かっていない。


 …そろそろ終わってもいいのではないだろうか、そう思い海斗はよそ見をしながら言った。


「あ、あのさ、そろそろ飯の準備でもしようかな~、と思ってたりして…」


 この状況がものすごく恥ずかしい。多分、海斗の今の顔はものすごく赤いのだろう。緊張しているからか、額に汗が少し垂れる。琴美はよそ見をして顔を赤くした海斗をみて、自分が海斗に対してどのような思いをさせているのかをを理解した。


「…はっ! ごめん! なにしてるんだろわたし! あははっ! あははー…」


 照れていることを誤魔化すような嘘っぽい笑い方をしながら琴美はそっと手を

離した。

 海斗の手は擦り傷や筋肉痛の痛みではないが、なぜかさすられたところが温かくなってジンジンしていた。

 少し沈黙が続いた後に海斗が口を開く。


「……あのさ、俺――」

「兄い~、今日のご飯なに~!?」


 華夏の不愛想な声が耳に響く。先にリビングに入ってテレビでも見ているのだろう。

 そして、何というタイミングの悪さ。


 海斗は華夏の割り込みに少しイラッときて、「~~~~っ!」と声にならない唸り声をあげていた。

 話そうとしていたこともすっかりどこかへ飛んで行ってしまった海斗は大きくため息をついてから琴美に話す。


「……まあ、ありがとな。ほんと」

「え?」


 自分が何をしたのかわからない琴美は驚いた表情をしていた。

 海斗自身も何に対して『ありがとう』と言いたかったのかはわからない。だけど、今ここにいるのは琴美や華夏のおかげだと思っているからかもしれないから、その言葉が出たのだろう。


『あの時』だ。

 あの時琴美の顔が思い出してなかったら多分海斗は今ここにはいないだろう。あの時後悔できたから、やり直したいと思えたからここにいるのだ。


「まあ、いろいろだよ。大切なことにも気づけたし」

「そうなんだ」と琴美が呟くと、また両者共黙ってしまった。

 すると琴美がぼそり、と呟く。

「…よかった、ほんとに」

「え?」

 今度は海斗から声が漏れた。

「なんでもない!」

 琴美はそういうと、作り笑いではなく本当に明るく笑った顔を見せた。


「兄い~腹減った~」


 リビングから駄々をこねる華夏の声が聞こえる。これ以上華夏をほったらかしにしたらうるさいな、と思った海斗は「今から作るから待っとけ~」とリビングに聞こえるように言った。

「それじゃあ飯作るわ! 琴美も上がって待っとけ!」

「おっけ~!」


 靴を脱いで琴美は先にリビングに入る。「お? 華夏ちゃん何見てるの~?」「ワントリガー。昨日見れてなかったから~」「ワントリガー?何それどんなの!?」最近わかってきたが、琴美はところどころぬけているというか、天然なのかということと何にでも興味を示すことが分かってきた。あとお金持ちということも分かる。

「さあて、作るか」

 玄関に一人残されていた海斗は先程スーパーで買ってきた食材が入っているビニール袋を手に取り、リビングから琴美と華夏がテレビを見ているのを確認してからキッチンに入る。




 日も沈み、夕食を今から食べようと台所で盛り付けをしていり、机に皿を並べて準備をしているとインターホンが鳴った。


「おーい華夏…って聞いてないか」


 アニメをものすごく真剣な顔で見ている華夏はテレビの前できっちりと正座をしている。その集中力を他に回してくれたら嬉しいのだが。

 琴美はさっき「ちょっと電話するからベランダ借りるね!」と言ったきりまだ戻ってきていない。急かすようにもう一度鳴らされてので海斗は濡れた手を拭いてエプロンを脱ぎ、そそくさとカメラの先にいる人物を見る。


「あれ? 大河?」


 画面の先にはピンクに染められた短い頭髪をした男が立っていた。

 こいつが一人でこの時間にくるのははじめてだ。


『おう大河。こんな時間にどうしたんだ?』

『おおカイト! お前入院したんだって? ド~ンマイ!』

『お前それどっから聞いたんだ?』

 誰かに他言したつもりはない。

『え? 琴美ちゃんがツイッターで、お前の画像付きで呟いてたけど?』

『はあああ!?』

 海斗は急いでポケットから携帯を取り出してツイッターを開き、タイムラインを下のほうへスクロールする。

 数時間前のあたりでそれらしいのがあった。そこには琴美と華夏が笑顔で写るほかに、医師からけがの具合を言われている海斗の横顔も写った写真が載せられていた。「カイト病院なう! 今から帰る笑」という文字付きで。


『……まじかよ』

 流石ネットの世界は広まるのが早いな、と海斗は改めて思った。

『そんでもって退院祝いってわけできたんだ!』

『でもなんでこんな遅いんだ?』

『いや~、道に迷ってさ』

 まさか…とは思っていたが、やはりそうであったか。

『まあ入れよ、開けるから』

 そういうと海斗は隣にある門のスイッチを押して、玄関の鍵を開ける。


「おじゃましまーす」

「んで? なにしにきたんだ?」

 大河はなにか粗品を持ってきてくれたわけでもなく、手ぶらで入ってきた。

「まあちょっと暇になっただけさ」

「俺んちは店じゃねえ!」

「まあいいじゃん、あがらせてくれよ。腹も出来てそうだし」

「お前の飯はねえ!」


 えーなんでだよー、と大河が子供みたいにぶーぶー言っていると琴美が電話をし終えたのか、廊下の奥から帰ってきた。


「…あれ? 琴美ちゃん?」


(やばっ…!)


 大河が不思議そうに声を漏らす。

「お~! 大河君こんにちわ! じゃないかこんばんわ! 何しに来たの?」

 大河に何と説明したらよいのかわからず、大河と琴美の間に立って「こ、これはだなあ!まあいろいろとお世話になったから…」とあたふたとしながら言葉足らずに話す。


「琴美ちゃん? なんでカイトの家にいるの?」

 海斗の横から顔を出す大河に、琴美は何事も隠さずに話した。

「これからカイトと一緒にご飯食べるの! カイトの作る料理物凄く美味しいんだよ!」

「……ほお」

 大河の視線がこちらに向けられる。

「随分と、仲良くなられましたなぁ? それに対して? 俺にはお米一粒もくれないのか~、へ~」

 右肩をがっしりとつかまれて皮肉をたっぷりと込められた言葉に、「あはは~」と誤魔化しきれない現状に笑うことしかできなくなり、全身から謎の汗が噴き出てくる。


(お前が連絡もなしに来るから悪いんだろッ…!)


 これから(大河を)どうしようかと考えているとまたインターホンが鳴った。

「は、はいはーい!」

 海斗は大河の手を退けて急いでその場から逃げるようにインターホンに向かう。誰だろうこんな時間に、そう思いながら海斗は画面を覗く。


「……あー」

 海斗は大河のほうを向いて話す。

「なんだ? 新聞の勧誘か?」

「とりあえずお前は入れ。琴美は先に華夏と飯食っといてくれないか。あと大河! 俺の飯は食うなよ! 後でなんか準備するから!」

 テキパキと仕事をこなすように言う。少し心配だが、琴美が止めてくれるだろう。大河に後でなにか一品食わせてやってから帰らせるか。そう思い大河をリビングに誘導する。

「お、おう!」

「誰が来たの!?」

 琴美がいかにも興味あります! というオーラを放っているが、あいつらに会わせると面倒だ。


「ちょっとした友達だよ! あと騒ぐなよ! 絶対にだ!」

 琴美も会いたいよ~、と言うが少し無理矢理に琴美の背中を押してリビングに詰め込む。

「……よし」

 玄関と廊下に誰もいなくなったのを確認し、海斗は改めてインターホンに急いで向かう。

 一息ついた後に通話ボタンを押して急いだ感じの声をだす。

『す、すまん! いろいろとあってな、まあ開けるよ!』

 そう言って、門の扉のスイッチを押す。

 するとおよそ一秒後に玄関の扉が外れるぐらいの勢いで開いた。


「やっほ~海斗! ひっさしっぶりー!!」


 とても元気な声が玄関中に響く。この声の大きさならリビングにも聞こえているのではないだろうか。

「どうしたんですか慧璃先輩。こんな夜遅くに」

 元気よく飛び込んできた金髪ロングの女性で海斗より少し背の高い人はこの家の隣に住んでいる。

「まず先に高校合格おめでと! それと、あれらしいな! 入院したんやって!? やから退院祝いにケーキ買ってきたってん!」

 この人も知っていたのか、と海斗はため息をつく。

「それならそうと連絡ぐらいしてくださいよ」


 ちなみに海斗がなぜ敬語を使っているのかというと、この人は一応同じ高校での先輩にあたる人なのだ。家が隣ということもあってか、仲良くさせてもらっている。

「連絡した」

 慧璃の横からひょっこりと出てきて口をはさんだのは慧璃の妹だ。少し細身で背が小さく、こいつも金髪ではあるが長さは肩にかかる程度なので慧璃よりかは短い。後から入ってきた瑠璃は少しむすっとした顔で海斗の顔を睨む。


「あれ? 電話なんかかかってきてたっけ…」

「今」

「今かよ!?」

 ちなみに瑠璃とは同い年なので敬語は使わない。

「別にええやろ~? 今日も親いてなさそうだし」

「そういう問題じゃないんですよ!」

「はよ入れろ」

「お前は黙れ」


 元々関西に住んでいたらしく、瑠璃が中学に上がるときに引っ越ししてきた。それのせいかほぼ関西弁で話しかけてくる。

「え~入れてよぉ~」

「今日はだめですよ、今友達来てるんで明日にしてもらえません? 慧璃先輩」

 海斗は中学では部活動は行っていなかったので先輩といえる人がいなかったから初めて「先輩」と言った気がする。

「そんなんええやん! あとうちには敬語使わんでええ! めんどくさいし、先輩とかなんか固いからいややねん!」

「いやいや、そんなことは…」

「うちには?」

 瑠璃がまた口を挟む。

「お前は先輩じゃねえよ」

(ああああああこの人らの相手疲れる!)という心情を表にださないようにしながら海斗はにこやかな顔を表に出す。


「とりあえず、入れさせてーや!」

 今日はお帰りください、と言うが慧璃は全然言うことを聞いてくれない。どうしたものかと思っていると、瑠璃が「誰がいてんの?」と聞いてきた。

「そ、っれはだな、華夏と中学の男友達だよ」

 一瞬言葉に詰まったのを瑠璃は見逃さなかった。瑠璃は玄関に出ている靴を見て指さした。

「ローファーだけど」

「え?」

「しかも女子の」


 瑠璃が指さす方向には琴美の靴があった。高校の制靴は男子が黒で女子がこげ茶色みたいな色をしている。そういえばずっと制服だったな、と今更思い出した。

「なんやって!? 海斗女連れ込んでんの!?」

 ひゅーっ! 流石漢だね! と慧璃がからかう。

「そういう変な言い方はやめてください、っておい! 入るな!」

 玄関で遮っていたのに妹の瑠璃がするりと海斗の間を通り、廊下を走り抜けていく。

「は?」

 リビングの戸を開けて瑠璃が声を漏らした。そこには大河が寝ころんでテレビを見ている姿が見えた。

「ぅげっ! なんでお前がここに…!」

 大河は立ち上がって見構える。

「それはこっちが言いたいわ」

 瑠璃は大河に対して冷たく言い放った。

「おい瑠璃、入るなって…!」

「あれ? カイトの友達?」

 女の声が聞こえた。瑠璃と海斗からして右側にある机に座って夕食を食べている。


「あんたは…」

「あああ! こっちはクラスメイトの琴美! んで、こいつは隣に住んでいる幼馴染の瑠璃だ!」

 海斗が二人の間に入って紹介をする。瑠璃は琴美の顔を「へえ~」と声を漏らしながら眺め、急に振り返って言い放った。


「…なにあんたら付き合ってんの?」

「………………今なんて言った?」

「あんたら付き合ってんの?」

「…………………………………………………………………………はぁ!?!?」


 海斗は頬を赤らめて叫んだ。

 無論、そんなことはない。

「いやだから付き合ってんのかって」

 琴美は海斗以上に湯気が出てきそうなくらい顔を赤くしている。

「つ、つ、付き合ってるだなんてそんな――」

「そ、そうだぞ! 変なこと言うなよ!」

「まあありえないか」

「『ありえない』ってなんだよ瑠璃!!」

「うるさい兄い」

 華夏は怪訝そうな顔で海斗を見ていて、瑠璃は鼻で笑ったような顔をしてこちらを向いている。

「でもさ~、あんたら二人とも顔赤くしてるってことはまんざらでもないんとちゃうの~?」

 勝手に家に上がり込んでソファーに座り、テレビを見ながらくつろいでいる慧璃がこちらを向いてにやにやしながら言う。海斗は誤解を解こうと必死に口実を述べる。


「そんなんじゃないって言ってるでしょう! 琴美はただのクラスメイトであって友達というかなんというか、その、別にそんな気持ちで飯を作ったわけじゃなくて、だから琴美は普通に友達なんですよ! な! 琴美!」


 振り返って見ると琴美は下を俯いていて、身体は小刻みに震えている。


「あの~、琴美さん?」

 聞き返すが返事がない。

「……との…か」

「え?」

「カイトのバカッ!!」

 あれ…これ前にも…、琴美の手のひらが海斗の頬にクリティカルヒットした。

「なぜ…だ…」

 後ろであぐらをかいてテレビを見ている大河のことも知らずに海斗は後方に倒れこむ。




「――と言われまして…」

「それで逃げてきたのか」

「ほんとさーせん! でも俺はあいつには敵わないって思ったんすよ!」

 とある高級マンションの一室で黒滝は額が床につけて必死に土下座をする。

「だからこの私に闘え、と?」


 女は椅子に座っていて、窓の外の夜景を見ている。高層ビルの立ち並ぶ景色は日本の風景とは比べ物にならないくらい煌びやかに光り輝いている。

「…はい」

「そいつも面白いことを言いよるな、ましてやこの私に喧嘩を売ってくるとは…」

「で、ですよね! あんな奴ぱぱっとやっつけちゃってくださいよ~」


 土下座をしていた黒滝は顔をあげ、この凍り付くような場から逃げるために円滑に話を進めようとするが、女の冷たい目に恐怖を感じて思わず「ひっ! …さーせん」と謝ってしまった。

 女は大きくため息をついてから言った。


「まああんたより私のほうが強いのは分かってるし、負けると思ってたから当然の結果なのかもね。仕方ないけど行ってやるわ」

(な、なんか絶望的に見放されている気がするのだが、まあ今は何を言っても仕方ないだろう)

「あ、ありがとうございます!」

 そう言うと女は別の部屋に行ってしまった。彼女が部屋を出て行った後、これでよかったのだな、そうだよな、と黒滝は自分に自問自答していた。




「だからぁ!! 早く帰れって言ってるだろうが!!」


 海斗は人口密度が一気に高くなった一階で、目の前で騒ぐ全員に聞こえるように叫ぶ。慧璃はソファーに横になっていて、華夏は夕食を食べ終わって瑠璃とテレビの前で仲良く騒いでいる。大河はその輪から少し離れてソファーに座らず、床に三角座りしてテレビを見ている。

「え?」

 大河が声を漏らすと続くように慧璃と瑠璃も言う。


「なんで?」

「めんどい」

「おい、一人おかしいやついるぞ」


 なぜ同じ時間帯に人が一気に集まったのかはわからないが、家が隣の慧璃と瑠璃には早く帰っていただきたい。この二人がいるとこっちが疲れる。

「別ににぎやかなほうがいいじゃん兄い! あ、瑠璃ゲームしよ」

「いいよ」

 華夏がごそごそとテレビのしたにあるゲーム機を取り出し始める。


「いいなぁ、華夏ちゃん俺にもやらせてよオゴッ!!」

「帰れ、そして死ね。うっとおしい」


 這いよろうとする大河の顔面にゲームの棒状のリモコンが衝突する。

 実は大河と瑠璃は仲が悪いのだ。瑠璃は少し冷たいところがあって、それが大河には気に食わないらしい。だが、瑠璃からしたら大河は鬱陶しいらしい。なぜかはわからないが。


「はあ!? なんでお前がここにきてるのかなあ!? さっさと帰れよ!」

「お前が居るから悪い」

「お前が後から来たんじゃねえか!」

「はいはいはい、人の家で喧嘩すんなよ~。瑠璃だって子供じゃないし、後から入ってきたんやからそんなん言うたりなや。そんなんなるから海斗が止めてくれてたんやろ?」

 まさしくその通りです、と頷きながら海斗は言った。


 にらみ合う両者だが、慧璃に止められたため「…ちっ」と舌打ちをして大河が目を離した。一度だけ、口喧嘩ではなく殴り合いのほうの喧嘩があったのだ。その時は止めるので精一杯だったので止めてもらったことには感謝している。

 だが、帰る気配は全くない。

 海斗はなぜか物凄く疲れていた。近くにあった椅子に腰かけて一息つく。

「カイト~、お皿洗い終わったよ~」

 この三人を帰らせようとしている間に食器を洗ってくれていた琴美が台所から戻ってくる。

「すまないな琴美」

「いえいえ! あとご飯ありがと! 美味しかったよ!」

 そういい、琴美は椅子に座る。

「急に騒がしくなったね」

 少し笑いながら琴美が言った。

「まあな。大体こいつらが集まればいつもこんな感じだよ」


「でもにぎやかでいいじゃん。なんか『お泊り会』って感じで」


 その時、慧璃の身体がピクリと何かに反応したように動いた。


「…琴美ちゃん、やっけ? 今なんて言った?」

 慧璃がソファーから立ち上がり、すました顔で琴美を見る。

「さっき? にぎやかでいいですねって…」

「ちゃうちゃう! それの次や!」

「え? 確か、お泊り会って感じでって…」

「それや!!」

 慧璃が突然大きく叫んだ。

「お泊り会したらいいやん、今から! 明日はなんでかはしらんけど学校休みらしいし別にええやろ! なあ海斗!」

 慧璃の目はキラキラと輝いている。

 だが隣に家があるのにここで止まる意味がないと思うのだが。


「はあ!? だめですよそんなの! まず準備もしていないのにどうやってするんですか! それに大河だっているし琴美もいるし!」

 すると大河がにやにやしながら発言をする。

「俺は別にいいよ、楽しそうだし、って言っておいてちょっと琴美ちゃんとお近づきになった璃と華は考えてはいないですよ? そんなやましいことなど全く…」

「お前は何が目的でうちに来たんだよ!」

 この流れだと本当にお泊り会が始まってしまいそうだと思った海斗は半ば強引に帰らせようときつく発言をする。


「とりあえず、今日はもう帰ってくれ! もう時間も遅いから大河は特にだ! ケーキは明日にでも来てください! はい出口はこっちですよ!」

 えーいいじゃん兄い、と華夏が口を尖らせて言うがそんなことは海斗は気にもしなかった。

「ほら! 早く出ろ瑠璃! 大河と慧璃先輩も!」

 廊下に繋がる扉を開けて催促する。「しょーがない、帰るで~瑠璃」と慧璃が言うと素直に全員が動き出した。こういう時に慧璃さんのちょっとまじめさが助かる、と海斗は心の中で少しほっとしていた。


 一人が動き出すと残りの二人も動き出し、仕方なさそうに大河が廊下に出て「飯くれるんじゃなかったのかよ~」と文句ありげに言ってきた。だが早く帰ってほしいと思っている海斗は「またなんか奢ってやるから」と言い、玄関まで背中を押す。

「じゃあ慧璃先輩と瑠璃はまた明日! ケーキは後で美味しくいただくので!」

 海斗はそう言って玄関の戸を閉めた。

「……は~ぁ」

 疲弊しきった海斗は大きくため息をついてリビングに戻る。


「みんな帰ったの?」

 琴美が少し残念そうに聞いてきた。

「ああ。琴美も帰るか?夜遅いし何なら送るけど」

「そうだね、そろそろ帰らないと」

「えーっ! 琴美ちゃんも帰っちゃうの!」

 華夏が振り向いて言ってきた。

「ごめんね華夏ちゃん、ばたばたしてたからなんにもできなかったけどまた今度ね」


 申し訳なさそうに言いながら琴美は部屋を出た。

「じゃあ、俺は琴美送っていくから、寝るなら戸締りよろしくな、華夏」

「え、兄いも出てっちゃうの?」

「こんな夜遅くに女の子を一人で歩かせるわけにはいかないだろ?じゃ!」

「ちょ、ちょっと! 兄いが行くならわたしも…」

 バタン、と扉が閉められた。

 家に残っているのは華夏ただひとり。

 人口密度が一気に下がった空間で華夏は一人、叫んだ。



「なんでみんな一気に出てっちゃうのよぉぉぉぉぉ!!」

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