第十話 そして魔術師は告げる
――――目を開くと海斗の目の前には刀身が菖蒲色に光る剣が見えた。
その剣は海斗の手に握られている。それはどこかの工場で作られたおもちゃのようなものではない。
本物の剣だ。
「うおっ!」
ずっしりと重みがあって両手で持っているが支えきれず、構えている状態が崩れて前方に剣先を降ろす。
「これは…」
よくよく見てみると邪悪そうな色だ。一五〇センチくらいだろうか。持っている柄の頭の部分には紫色の宝石みたいなものが埋め込まれている。
「て、てめえ、どこから…しかもその剣…!」
上のほうから声がした。頭を上げると黒滝が驚いた表情でこちらを見ている。
と、いうことはつまり――。
後ろを振り返り、下を見ると琴美が後ろで小さく丸くなっていた。目立った外傷はないようだ。
「よかった…」
海斗の表情に安堵が浮かぶ。
守れたのだ。
琴美を。
「おい琴美」
剣を持ったまま首だけを後ろにして海斗は琴美を呼ぶがうずくまったまま反応がない。
「おい琴美!」
「ひゃ、ひゃい! …………ってあれ、え、か、カイト!?」
ようやく気が付いたか、と思った海斗だが、琴美はものすごくあたふたしていて今の状況が整理できないでいる。
「カイト!? 海斗がここにいるってことはこれって夢!? それになにその剣!? とうとうわたしの頭の中はファンタジー世界になってきたの!?!?」
「ファンタジーじゃねえよ! 現実だよ!」
琴美は海斗がそう言うとはっ、として海斗に近づき背中を人差し指でつんつんと、そこに物体があるのかを触って確かめだした。
「だろ?」
「……うん」
琴美は海斗の姿は夢や幽霊などではなく、本物の海斗だとわかった。
「でも、あのとき確かに――」
「まあ、いろいろあってな」
説明するより先にこいつを倒さないと、前に進めない。黒滝を倒さないと。海斗は黒滝に目線を合わせ、告げる。
「またせたな、魔術師さんよぉ。さっきはこすいやり方でよくもブッ飛ばしてくれたなぁ。ちと、死後の世界を徘徊させてもらったよ」
「なぜ…てめえは力をつかえなかったはずじゃあ…それにその剣、まさか…魔剣『グラム』なのか? 一体どこから……」
驚いた表情で黒滝は剣を指さしながら言う。
(『グラム』? この剣のことか? まあどうでもいい。魔剣であろうが普通の剣であろうが、これで目の前にいるお前を『殺す』ことができるのだから)
黒滝の顔を見ていると、華夏のあの無理に笑う顔や琴美の顔が真っ青になっている表情が頭に浮かんできて、かっとなった。
「さあ闘えよ、魔術師さんよ!」
剣を強く握り、前に走り出す。走る速度は剣を持っていない時と変わらない。それに持っていない時のほうが遅く感じる気がする。剣も重くは感じない。
「黙れ! 初めて剣を握ったような奴に倒されるわけがあるか!」
黒滝は先程と同じように火球を地面に降り注ぐ。
確かに海斗は剣術を習ったことは一度もない。あったとすれば何年か前に授業で剣道の基礎を少しかじったぐらいだ。
だが、自然とわかるのだ。
剣から何かが流れ込んでいるような気がする。
「うおおおおおおお!!」
海斗は思いっきり地面を踏みつけ、火球の降り注ぐ空に大きくジャンプする。海斗の身体は高さ5メートルぐらいで浮遊する黒滝よりも身体一つ分高く上がった。
背中を反り、大きく振りかぶった大剣がブン!と空気を切って勢いよく下ろされる。
ガキィン! と甲高い衝撃音が鼓膜に響く。
「て、てめえ…!」
両手を伸ばして防御魔法を発動させた黒滝の表情に焦りが見えた。このままだと押し切られる、とでも思ったのだろうか。
海斗の握る剣の刀身が先程より強く光りだした。するとピキピキッッ!! と、まるでコンクリートにひびが入るような音がした。
「おおおおおああああああああ!!!!」
叫びながら海斗は先程以上に剣に力を加える。
「くっ!!」
バリン!! と厚い食器が割れた音がした瞬間、鈍い音を発して地面に魔術師の身体が叩きつけられる。
「え? お、うおあっ!!」
身体を空中で支えるものがなくなった海斗の身体に急に重力がかかり、地面に落下する。
なんとか両足で着地はできたものの落ちるときに焦ったせいか、今は片手で握れている大剣の色が少し薄くなってしまった。
黒滝が落ちた場所は砂埃が巻き上がっていて、中の様子が見えない。
これで、勝った…のか?
「カイト~! 大丈夫~?」琴美が横から駆けてくる。
「ああ、大丈夫だ。琴美のケガは大丈夫なのか?」
目の前まで来た琴美の制服は汚れていて、ところどころ端が焦げている。
「大丈夫!」
こんな時でも琴美は笑顔を見せる。
すこし横風が吹き、砂埃の霧が晴れる。そこには、ただ倒れたままの黒滝の姿が見えた。
「ちょっとまってろ」
海斗は琴美に言うと、黒滝のほうへ剣をガリガリと引きずりながらゆっくりと歩きはじめた。
近づいてみると黒滝は動けないのか、大の字になって地面に伸びている。口元には血がついていたから吐血でもしたのだろう。海斗は黒滝の顔を見下ろせる位置で立ち止った。海斗は軽蔑するような目で黒滝を見下ろす。
「…どうだ、痛いか」
黒滝はそれを聞くと鼻で笑い、瞼を閉じてこう言った。
「……殺すなら殺せ」
諦めがついたのか、黒滝はただ呟いただけだった。
だが話は続く。
「だがな、お前は生きている限り、永遠に俺の仲間や殺し屋に命を狙われるだろうがな」
(殺せるもんなら殺してみろ、俺は死んでも構わない、殺されても俺はその誰かが殺してくれる、……か)
「なら終わらせてやるよ」
時が止まったかのような静かな空間で海斗は剣の柄を両手で持ち、ゆっくりと大きく振りかぶる。
だが。
突然黒滝の右側が光る。
吹っ飛ばされた海斗は受け身も取れず地面にぶつかり、身体がボールのように跳ねながら転がる。
「あっっっっっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはぁぁああーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!!!!」
黒滝の嘲笑う声がかすかに聞こえる。
「ざまあみやがれええ!!!! だぁれがてめえなんかにやられるかよぉぉお!!!!!」
「て…め……」
「さっきはよくもやってくれたなああ!!!! だからそれなりに俺からのお礼をしてやるよおっ!!!!」
ズバババ! と、先程よりも大きいサイズの火球が飛んでくる。
ゆっくり、ゆっくりと身体がいうことを聞くようになってきた。
海斗は手に力を入れて四つん這いの状態になる。そして隣に転がっているグラムを手に取り、火球が飛んでくる前方向に剣を立てて飛んでくる炎をガードする。
(くそったれが…! 絶対に、殺す!)
飛んでくる火球が剣に当たると炎はかき消される。魔法を消す力でもあるのだろう。だがそんなことを分析する間もなく次々と空から降り注ぐ。剣を地面に刺し、ようやくの思いで立つことができた。
海斗は剣を前に構え、飛んでくる火球を防ぐ。
「ひゃっひゃっひゃぁぁぁあ!!!!」
休ませる暇もなく、炎が海斗を襲う。
黒滝の表情は、狂っていた。
裂けそうなぐらい大きく口を開けて笑い叫んでいる。
海斗はその表情に恐怖を感じた。
背中に冷たい冷気がふきかけられて身震いする。
「カイトぉ!!」
琴美が海斗の身の危険に気付いたのか、火の玉が飛び交っているこちらに向かって走ってくる。
「くるな!!!」
海斗は怒鳴る。海斗からの威圧を感じたのか、琴美はすぐに止まった。
「これは俺が招いたことだ! だから琴美は黙ってろ!! 絶対に何もするな!!」
ここまできつく言う必要はなかったのだが、聞いてもらわなければ困る。もし琴美を守ることができなかったら、この世界に舞い戻ってきた意味がなくなる。それにこいつは絶対に自分の手で裁きたい。
琴美は棒になってこちらを心配そうな目で見続けたまま、黙っている。海斗のことを心配してくれているのだろう。海斗はそう思い、笑いかけながら言った。
「大丈夫だよ。これが終わったら、また一緒に飯でも食べよう」
「うおおおおお!!!!」
普段の生活でここまで身体を痛めつけることはまずないだろう。火球をもろに当てられた右腹部は熱を帯びていて熱くなっており、地面に打ち付けられた身体が悲鳴をあげている。身体のどこかが一センチでも動くと、そこから電撃がはしるように筋肉にギチギチとえぐられるようなような痛みが広がる。
海斗は一歩だけしか足を出すのが限界だった。左足が前に出ない。動けという信号を脳から送っているのに『痛み』が信号の伝達を邪魔する。
(うご…け…!)
もう後には引けない。
琴美を守る。
神様との約束を果たす。
そう分かっているのに足がピクリとも動かない。
「はっは~ん? もしかして、殺される覚悟でもできたのかなぁ~~?」
黒滝はまるでこれから殺される豚をみるような冷たい目で見ながら叫んだ。海斗はうつろにその声が聞こえたが、声を大きくだす力もなく、足を動かすことに精一杯だった。
「動け…よ……!」
ますます攻撃が強くなってきた。剣だけで防ぎきってはいるものの、剣にあたったときの衝撃は身体に響く。剣を持つ腕だけじゃなく、背骨や腰にも負担がかかってきて背骨に関してはぐにゃりと折れ曲がっている感じがした。
「くっ……そ…!」
届かない。足も、自分の心も。
前に進むことすらできない。
悔しい。何もできない自分が悔しい。
やり直すために戻ってきたのに、これじゃあ意味がない。
変わらなきゃ。
自分はここで立ち止ってたらいけない。
前に、進まなきゃ。
「うおおおおあああああああ!!!!」
心の接着剤でくっついていた海斗の左足が地面から離れた。海斗は立ち止らず、前を突っ切る。
先程まで薄く光っていた刀身が元の明るさまでもどる。――いや、それ以上だ。菖蒲色から紫色まで明るくなった光はまさに魔剣を象徴しているような姿だ。
海斗は大剣を軽々と振るい、次々に飛んでくる炎を全て真っ二つに切り落としながら走り抜ける。
「おお? やる気か?なら俺だって――!」
前方に両手を出していた黒滝はまるで侍が抜刀するような体勢をとり、何かを唱える。
「我は炎 燃える身体に宿るもの 力の限りせよ! 灼熱の剣 『ヘリオス』!!」
黒滝の手の内側にテニスボールの直径ぐらいの一つの赤い魔法陣が現れた。その魔方陣を基準にして十数個の魔法陣が横に展開されていく。広がりきった一秒後、黒滝の手元には日本刀が現れた。
「はあっ!!」
剣を魔法陣から勢いよく抜くと、先程までは何の変哲もなかった刀身に炎が装飾されていた。
その剣はとても美しかった。きらりと光る冷たい色をした刀身の周りに煌びや
かに燃える炎。剣は熱を帯びて曲がったり赤くなって溶け出したりはしない。
黒滝は炎の球体を投げるのを止め、真っ正面から海斗に切りかかってくる。
海斗と黒滝の剣が組み合う度に火花が散る。どちらも引けを取らないが、動きがいいのは黒滝だった。海斗はあいつ以上にダメージを受けている。特に先程の不意打ちが一番効いている。それのせいなのか、先程から左腕の感覚がない。海斗は己を信じて剣をふるう。
「なあ? もっと俺を楽しませてくれよぉ~! ほらほら~!」
黒滝はテンポを変えて剣を早く振り回す。海斗は防ぐには防げたが、反動で重心が後ろに傾く。「死ね!!」と、黒滝は飛び上がって炎の剣を海斗の脳天めがけて思いっきり振り下ろす。
「カイト危ない!」
琴美の声が聞こえた。身の危険を感じた海斗はすかさず両手を使って剣で攻撃を防ぐ。
剣と剣が当たった瞬間、辺り一帯にギャイン!! と裂くような金属音が耳に
当たる。危機一髪で防いだ。目の前十センチにある炎の剣の熱気が額に伝わる。この状態だと額が火傷しそうだ。海斗は腹筋と腕に力を入れてブリッジ状態になりかけている身体を黒滝ごと吹き飛ばして起き上がる。
黒滝は軽やかに宙を一回転して、十数メートル先の地面に着地した。
「おまえら魔術師の世界の勝手な都合で、死ぬわけにはいかねえって気づいたんだよ!」
「はっ! じゃあお前はこの世の全ての魔術師を敵に回してまでして生きるっていうのかよ!」
「ああそうだ!」
海斗ははっきりと言った。
「くるならこいよ魔術師ども!! 俺にはやることがある! したいことがある! それを邪魔する奴らはいくらでも闘ってやる! だから俺は逃げも隠れもしない!」
逃げたって追いかけてくるし、もし逃げても今日みたいに家を襲われたらおしまいだ。それに海斗が死なないといけない理由はないはずだ。海斗がそちらの世界に迷惑をかけなかったらいいだけの話なのに殺処分まですることはないだろう。
だから今ははっきりと言える。
自分は生きてもいいのだ、と。
「攻撃してきたのはお前らだ! だから俺は闘う! すべての魔術師が俺に立ち向かうってんならそれでいい! かかってくるならこいよ魔術師ども!!」
真っ直ぐな瞳で黒滝を見る。
嘘などついていない。
こんなことを言ったら、こいつよりもっとレベルの高い強者がくるかもしれない。もしかしたらハエを指先でつぶすような感覚で一瞬にして海斗の息の根を止める奴が目の前に現れるかもしれない。だがそれでも、闘わなければならない。
海斗の身がそこにある限り、絶対にこの生活を壊したくない。
「やれるのもならやってみろ初心者ぁ!」
黒滝は剣で何もない空気を横に切りつけると、それにあわせて炎の刃が飛んできた。
バチバチ!! と海斗の剣と黒滝が飛ばした刃がぶつかるが炎はすぐに消えた。海斗の剣がかき消したのだろう。だがそれと同時に黒滝の姿は先程の距離から半分まで進んできていた。
日本刀を持った男が自分めがけて猛突進してくると、普通なら焦るだろう。だが、今の海斗は大剣を前に構えるとなぜか自然と落ち着いていた。
深呼吸をする暇もなく、海斗は自分を信じて心に身を委ねる。
海斗は右足を後ろに出して体勢を低くし、上体を誰もいない正反対のほうに向けた。
しっかりと、重い剣の柄を握って身体全身に力を入れて真横に振るう。遠心力で肩が抜けそうな勢いだがそれでも剣を離さない。
半円を描くぐらいの時点で剣には勢いがついていた。
この時、海斗自身でも何をしたいのかわからなかった。
「これで終わりだぁ!」
既に間合いに入っている黒滝が背を向けている海斗にに燃える日本刀を振り降ろす。
「いっっっっっっっけえええぇぇぇぇぇぇぇぇぇえええええええ!!!!!!」
左足を前に踏ん張り、勢いにのっている剣にさらに力を加える。身体の上体が一周した時点で海斗のおよそ三歩前には黒滝が剣を振り下ろしにはいっていた。
力を入れる剣にさらに上に引っ張る力を加える。先程までの勢いのまま海斗の魔剣『グラム』は黒滝の炎剣『ヘリオス』の刀身をとらえる。
ヴン! という風を切る音が轟くとともに、バギィ!! という剣が折れる音が聞こえた。
勢いが強すぎて離してしまった海斗の剣は遠心力でそのまま真横に飛んで行ってしまった。空中でブンブンブン空気を切りつつ回転しながら少し先の地面に落下して剣が突き刺さる。地面に手をついて座り込んだ海斗の目の前には目を見開いて自分の剣をまじまじと見る黒滝がいた。海斗に届くはずだった剣先は既に目の前の地面に鉄くずとなって散らばっている。
自分の状況を何秒か後に把握した黒滝は震える手から折れた剣をぽろりと落として、地面にしりもちをついた。
炎はもうまとっていない。
「…っあ、あ、あ、」
黒滝は先程までとは真逆の、今にも泣きそうでこれからどうしたらいいのかわからないような表情をしていた。
海斗がゆっくりと立ち上がるのをみると、黒滝は恐怖を感じたのか、顔が真っ青になっていた。
「…よお。さっきまでの威勢のいい態度はどこにいったんだよ」
「ひいいっ!!」
身体を後ろにひきずりながら逃げようとする。恐怖で腰が抜けたのだろう。
「悪かった、俺が悪かった! だから殺さないでくれ! 慰謝料も家の弁償金も払う! だから頼む!」
「そんなんで許されると思ってんのかよ!!!」
動けない黒滝に詰め寄って海斗は叫んだ。
金では頭の中に焼き付けられている華夏や琴美の傷ついた姿を消すことはできない。
「だ、だったら、何でもする! 今すぐに戻ってお前を殺すことを止めるように言ってきてやる!」
「黙れ」
その一言で周りの空気が凍りつく。
海斗は足元に落ちてあった黒滝の剣を拾う。折れてはいるが、人の喉をかき切ることぐらいの長さの刀身はある。
海斗は黒滝の喉元に折れた剣先をつけて「動くな」と言い放つ。
「ま、待て! 俺を生かしてくれたらこれからでてくる奴らと闘ってやる! だから頼む! 殺さないでくれぇ!!」
黒滝は目をつぶって口だけを動かす。死に物狂いで助かるための理由を探しているのだろう。だがそんな言葉は海斗の耳には入ってこない。
右手を横に動かすだけでこいつは死ぬ。
だが、海斗はなぜか動かさなかった。
海斗の心のどこかに迷いがあった。
(…もしかして、ここで殺してしまったらこいつらと一緒なんじゃないか?)
黒滝を殺すことをためらったのではなく、自分が魔術師を殺したらそれは黒滝がやっていることと同じなんじゃないか? と、殺しをしたら自分もほかの魔術師と一緒になるのではないかということものだ。
こんな奴、殺してやりたい、と思う自分が右手に力を入れ、震えさせる。
欠けた剣の先に当たった皮膚から、赤い液体がたらりと喉をつたう。
「……はあ」
海斗はため息をして右腕から力を抜いた。
「おい立てよ」
ゆっくりと目を開いた黒滝はすぐに立ち上がった。助けてくれると思ったのだろう。
だが、海斗にはそんなことなど微塵にも思っていなかった。
「お前、さっき何でもするって言ったよな?」
「ああ! 助けてくれるんだろ! もちろんだ!」
随分とへこへこした態度になったな、と海斗は呆れるがもうそんなのどうでもいい。
「じゃあ、帰れ」
え? と黒滝は声が漏れた。
「ただし、お前らの一番お偉いさんに言ってくれ。『俺は逃げない。だからお前が一人でかかってこい』って――」
「ちょ、ちょっと待て! 本気で喧嘩売るつもりか!? 俺の何十倍も強いんだぞ!?」
「そんなこたぁ、わかってるよ」
海斗は意識が朦朧としながら答える。
だけど、冗談なんかで言ってはいない。
しないといけないことなんだ。
みんなを守るためでもあり、自分の命を守るためにも。
「……わかった」
黒滝は少し考えてから言った。
「だけど、死ぬな! 俺を倒したからには勝て!」
「??? あ、ああ」
海斗は憔悴し切っていて今にも倒れそうだ。今も黒滝の顔ががぼんやりとくぐもっている感じがする。
「じゃあな!」
黒滝は何かを唱えると地面に魔法陣が展開された。その上に乗ると、黒滝は姿を消した。
「カイトぉー!」
琴美の声が聞こえた。終わったのが分かったのだろう。琴美の声を聞くと少し気が抜けた。
海斗は後ろを振り返り、返事をする。
「おーい琴美! もう大丈夫だ…よ……」
視界が暗くなり、前にばたりと倒れる。
「カイト!? 大丈夫!! しっかりして!!」
身体に力が入らない。
先程よりも早く意識が遠のいていく。
自分の身に何があったのかわからず、一条海斗はまた意識が途絶えた。