第一話 出会い
4月7日。
「……っし」
昨夜のうちに下ごしらえしていた鶏肉に小麦粉と片栗粉を合わせておいた粉をまぶし、しっかり形を整え、熱した油に慣れた手つきで入れていく。入れた瞬間にジュワッ、という気持ちのいい音が響き、気持ちを高ぶらせる。
揚げている間に他の準備もでき、ようやく今の自分とおさらばする準備が整った。
「よし、いただきま――」
「ぎゃあああ!! 遅刻だぁぁぁ~!!!」
その声が家の中全体に鳴り響いた瞬間、髪の毛ぼさぼさでパジャマ姿の小さい女の子が階段を駆け下り、洗面台に突っ込んでいった。
………はぁ、またか。そう思いながら海斗はしぶしぶ洗面台に向かう。
今二階から降りてきたのは妹の華夏。
「今日は何分遅刻するんだ~?」と、海斗が言うと、こちらを振り向かず鏡を見たまま、「うるさい! 大体なんでおこしてくれなかったんだよ!」と怒鳴られた。
相変わらず兄に対してその態度はなんなんだ! と言える位、口が悪い。
それに海斗は一度、華夏をドア越しではあるが起こしている。華夏が起きないから悪いのだ。だがこいつの寝坊癖は今に始まったものでもない。「一応起こしたぞ~?」と海斗が言うと何も言えなくなったのか、起きるまで起こせ! ということを訴えかける目で華夏に睨まれた。
「とりあえず、早く準備して行けよ。あと、多分こうなると思ってたから飯作ってないぞ」
「はあ!? なんで兄いの分は作っといて、わたしの分はないわけ!? てか、朝から唐揚げってなんでそんなに油っこいのよー、晩に食べたかったし!」
「うるさいなー、……しょうがないから一個ぐらいならやるぞ」と言いながら海斗は箸でひとつ唐揚げをとり、ふてくされている華夏の口に突き出す。なにか言いたげそうな顔をしていたが、時間がないことに気付き、差し出されていた唐揚げを口に頬張った。
「うまっ! なにこの味! どーやって作ったか帰ってきたら教えてね兄い!」
華夏は自分の部屋に着替えに戻り、速攻で部屋を出て、「行ってきまーす!」と言い残し、家を出て行った。
華夏が起きて出ていくまでの時間、約5分。
海斗が止めなかったらあと1分は早く家を出てただろう。
「……まあ、この時間なら大丈夫だろう」
華夏の部活が始まる時間は確か9時。入学式が始まる時間と同じだったから覚えている。家からダッシュしたら学校には10分くらい。足の速い華夏なら頑張れば5分で行くことも可能だ。
そして只今のお時間、7時55分。
そう。
華夏はよく寝坊するが、時々早く起きることがある。だが華夏は自分が遅刻していない時間帯に起きていると認識せずに焦って家を飛び出していくのだ。いつも遅刻ギリギリだから時計をしっかり見ていないのかもしれない。
簡潔にいうと華夏はバカだってことだ。
「なーんで時計見てるのに分からないんだろうなー、あいつ。短針みえてないのか?」と華夏のいなくなった玄関で独り言を言いながらリビングに戻り、何気なくテレビをつけてみた。チャンネルをニュース番組に合わせ、椅子に腰かけた。いつもなら華夏に占領されて、ほかのチャンネルを見ていたのでなんとなく新鮮さが増す。
報道されていたのは、「日本はこれから『超能力』とどうむきあえばいいのか」だった。
『超能力』別名『アルス』
「またこんなやつか~」
海斗は退屈そうにテレビを眺める。
とある科学研究チームが発表した研究結果が世界を震撼させた。「人は特殊な光を浴びることで『超能力』を得ることができる」というものである。
日本はこれを極秘裏に研究し続けた。すると一つ分かったことがあった。それは未成年には超能力は使えるが大人には使えないということである。そして大人は無理に超能力を手に入れようとすると身体に何らかの身体的障害が起こる、ということだった。
その後、各国で研究が進められ、超能力の使用を認めている国では学校にその研究を取り入れ、として子供たちで研究するところもあった。
もちろん、ここ日本でも東京に開発学校が一つ去年から設立された。
最初は東京で一人暮らしをしながら能力開発の学校へ行きたかった。だがそのことを親に言ったら、「そんなお金ないわよ~。そんなことより次の旅行先どこがいいと思う? ね? ね?」と、母は話すら聞いてくれなかった。父は「お前が居なかったら、誰が家を守ってくれるんだ!」「――――。あの事件から2年が経ちました。これからの日本はどうなっていくのでしょうか。次のニュースです。先日――」というところでテレビの電源を落とした。
海斗は唐揚げがひとつ減った皿をみて、……はぁ。とため息をついた。と言われた。よく両親は海外旅行に行くので家に華夏一人では色々と危ないせいだとは思う。
まず、なぜ唐揚げなんだ、というはなしだ。別に、大の唐揚げ好きでもないのになぜ唐揚げなんかにしたんだろう。華夏の言う通りだ。晩飯にしたらよかった。
今更後悔しても仕方がないので、「いただきます」と一人寂しく、少し冷たくなった唐揚げを頬張った。
朝食を済ませて歯を磨き、新しい制服を着て誰もいない家の戸締りをし、これから同じ高校に通う友人を家の前で待ちながら、家の前にずらりと並んだ桜の木々の一本をぼーっと眺めている。
だが。
「…………………………………………………………………………………遅い。」
かれこれ家の前に出て三十分は経過した。なのに海斗の友人はまだ来ない。急いでくる姿すら見えない。
普通なら、こういう状況になったとき大抵の人の頭の中には二つの選択肢があるだあろう。
一つ目は『自分は遅刻したくないので、先に登校する』か、二つ目に『友達を信用し、遅刻ギリギリまでここで待つ』か、だ。
だが海斗を待たせている友人の場合、海斗には選択肢を選ばせる権利さえないのだ。
はっきり言うと、今遅れている友達は極度の方向音痴なのだ。
そんな友人は学校が変わると当然通学路も変わるので、誰かが一緒に行ってやらないといけない。他の友達は違う高校に通うので同じ高校に行くのは男子では俺だけだった。
それに海斗は先程から遅れている友人の携帯に電話をかけているのだが、一向にでる気配がない。
結論、先程の選択肢は強制的に後者を選択しなければならないのである。
そんなことを考えていると、
「お~カイト~。すまねえ道に迷ったわ~!」
という軽やかな声が海斗の耳に入る。
「遅すぎだろ!! いままでどこほっつき歩いてたんだよ!! それにお前なんで電話でねえんだよ!!」
入学式から遅刻しかけ、制服は着崩した海斗の友人とはこの方。早坂大河。相変わらずピンク色に染められた髪だけはきまっている。
「あれ? カイト俺に電話かけてくれたの?」
「まあいい! とりあえず急ぐぞ!」
「おっけ~」
桜が風のなかを舞い踊る。海斗と大河は急いで学校に走りはじめた。
「セーフ!」
と、大河が言いながらまるで体操選手が演技の最後にする着地のようなポーズをとりながら教室に飛び込んだ。遅れて私一条海斗も走り疲れてヘロヘロの中、教室にゴールインした。
教室に入ると、黒板には『入学式が始まるまで教室待機しててください」という、女性の先生が書いたような丸い文字が書かれていた。教室を見渡すと、女子のグループが3つぐらいあって男子は奥のほうで一つになっていた。人数を数えていないが多分男子と女子の比率は7:3ぐらいだろうか。いや8:2かもしれない。
なぜこんなにも女子率が高いのか?
理由はここ、桜翔学園はもともと女子校だったからだ。
私立桜翔学園。
もともとは女子校で中等部と高等部がある。共学になったのは今年からだ。だから先輩の2年生、3年生は全員女子となる。そんなハーレム状態な俺ら男子一期生はそういうよこしまな気持ちをもった変態さんか、ふつうにこの学校で勉強をしにきた人で構成されているのだろう。
共学一年目となれば、すぐに男子が増えると考えられているが、実際は違うと海斗は思っている。女子が苦手な男子や友達と一緒に決めた高校に通うもの、元女子校というのが嫌で入らない、私立だからお金が高いという理由の人もいるだろう。
これだけ女子がいれば海斗自身がが好きな女性を見つけることもできるだろう。大河はもうすでに男子たちの輪に入り込んでいる。大河は人付き合いがいいからどんなやつとでも仲良くなるっことができるという能力を持っている。大河と奥にいる男子達の話の輪に入るため、近くに寄って話しかけようとした瞬間――――。
「……………………………………………………………、あっ」
目の前にいる、綺麗な茶髪のロングヘアー、スタイル抜群、そして……美乳。
まるで海斗のの理想のタイプををそのままそっくり人形にしたかのような、その場所で一条海斗が死んでもいいと思えるぐらいの女の子が目の前の女子グループのなかできゃっきゃと喋っていた。
少年一条海斗は身体が硬直していた。そしてある思いが芽生える。
『ここでしゃべりかけて、あの子の気をひくんだ!』と。
だがその行動をするには、ひとつの難題があった。
『…………何をしゃべればいいんだ?(汗)』
たしかに、名も知らない男に急に話しかけられたら、誰でも警戒するだろう。だが、それではこれからの学園生活に支障をきたすかもしれない。それではまったく意味がない。だからこういう時はやはり慎重になり、考えなければならない。
高まる鼓動を抑え、冷静になり、目を閉じ、静かに自分の中の自分と葛藤し、ようやくどのような話をするか整理がついた。
(まずは挨拶でもして、あの子の名前でも聞いてみよう)
そして、彼女に近づく。
……あと5メートル。
………3。
…………2。
……………1。
「こんにちは。俺一条かい――」
「はーい! それじゃあ入学式が始まるのでぇ~講堂に移動しまぁ~す!」
教室の前の扉のほうから聞こえた女性の声によって、クラスのみんなはぞろぞろと廊下にでて講堂に向かう。目の前の彼女も。
一瞬なにが起こったのかわからなかった。一条海斗はクラスのみんながでていったあともただ立ち尽くしていた。
ようやく首が動き、壊れた機械のように横を見る。そこにはゆるふわ系のとても優しそうな二〇代くらいの先生が立っていた。
まだ教室から出ようとしない自分をみて、心配になったのかそのゆるふわ系先生が近づいてきた。自分よりかは頭一つ分くらい背が少し小さい。
「あの~、入学式はじまっちゃいますよ…?」
まるで心にぽっかり穴が空いたようだ。
目の前にいるこの先生は悪くない。目の前でさっきから「あの早くしないと―」と早く講堂に行ってほしそうな顔をしているこの人は高校教師で今から始まる入学式に新入生を誘導しているだけだ。タイミングが悪かったとかではない。だからこの人は悪くない。なのになぜだろう、とてもこの先生には文句を言ってやりたい。ただ何と言ってやればいいのか。そうだ、やはりこの先生が――と、気持ちの整理がつかぬまま仁王立ちしていると、
「おいこら、なに無視してんだよ」
(……?)
ものすごく口調のきつい一言を浴びせられた気がする。
……は? と、また一瞬なにが起きたのかわからなかった。周りを見渡してもほかに人はいない。もう全員講堂に向かっているんだろう。
…………まさか。と思い目の前にいるゆるふわ系の先生が一言。
「さっさと動けつっっっっっってんだろうがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」
先生が握った拳が海斗の腹に直撃。
続いて後方にあった机に背中が激突。
「いっっっ、てぇぇぇええええ!!!!!! なにしやがるんだよ!」
「てめぇが無視するから悪いんだよ!!! さっさと動けやゴラァァァァァァァァ!!!」
もうそこにいた先生はゆるふわなどではなかった。
そして、海斗ははじめて思った。
ここまで人には表裏があるのかと。
起き上がろうとする海斗の前で先生は獣のような目をして手をパキパキと鳴らしている。
恐ろしくなった海斗はこけそうになりながら「ひぃぃぃーーー!!」という、いかにも正義の味方にやられる敵が逃げ出すような、そんな声を出しながら講堂へ逃げていった。
講堂に到着すると、既に全員が座席に座っていた。おそらく海斗が一番最後だろう。海斗はそそくさと自分の席に座る。
「カイトどこいってたんだ?」
隣に座っていた大河に聞かれた。
「ちょっと、トイレ行ってた」
さっき教室にきたゆるふわ系先生にグーパン入れられた、なんてことを言っても訳がわからんだろう。
「ほーん。てかさ、さっき教室にきた先生めっちゃ可愛くね~?」
周りの女子や男子も「先生可愛かったねー」などと、表の顔しか知らない彼らは言っている。
誰にも言わないと約束できるというなら大河にはさっきのこと話してもいいかもしれない。
「あー、あの人にはあんま失礼のないようにしとけよー。マジでやばいから」
「は? なにがやばいんだ?」
「いやさ、さっき―――」
チクリ、となにか真後ろから刺さるような視線を感じ、後ろを振り返るとそこには先程まで一緒だった先生がたっていた。
そして先生はにこやかな顔をしながら海斗の耳元まで顔を近づけ、「てめえ、さっきのこと誰かに言ったらブチ殺すぞ?」と耳打ちをされる。
この状況で『何も答えないか無言』か『それは無理だな、と答える』という選択肢はなかった。むしろそのようなことをこの先生に言える奴にあってみたいものだ。
笑顔で海斗の顔を見つめる腹黒先生にビビりまくりな海斗は「…はい」としか答えようがなかった。
何がどうなっているのかさっぱりわかっていない大河の頭の上には、おそらくはてなマークが3つくらいついているだろう。
「どうしたんだ、カイト? 先生となにかあったのか?」
「い、いや…なんでもねえよ! さっきトイレの場所教えてもらっただけだよ! まあ、大河も先生には失礼のないようにな! あはははー!!」
海斗は、ただ口からでまかせしか言えなかった。
それを聞いて、先生は職員用の座席に戻っていった。
……やばい。こんな先生に目を付けられたら今後の学園生活は終わりだ。せめて担任でなければッ……! と、海斗が思い悩んでいると、「おっ、そろそろ始まるっぽいぞ」と大河が言う。
大きなカーテンがゆっくりと上がり、一番上まであがるとそこに見えたのは『桜翔学園 入学式』という文字と校長先生らしき人物が前でマイクを持ってい
るのが見える。
「只今より、桜翔学園入学式を始めます。最初に校長先生からのお話です」
アナウンスが入り、拍手で迎えられた校長先生は少しぽっちゃりしていて、歳は40代半ばだろうか。拍手がやむとその校長先生は低い声で話し始めた。
「えー、みなさん。ご入学おめでとうございます。とてもね、綺麗な桜と青空のなか入学式をできてね、私は光栄です―――――」
こういう校長先生のはなしはたいてい生徒は聞いていないものだ。だから既に隣で寝ている大河と同様、海斗自身も先程の腹黒先生に殴られた下腹部が少し痛むので、校長の世間話など耳に入ってこない。
「――――東京にある東京超能力開発学校では――――――」
ああそういえばさっきの子はどこに座っているのかなと、ふと話しかけることができなかった女の子を思い出し、あたりを見渡そうとするがまだ腹が痛む。
「いてて…あの先生、本気で殴りやがって……俺そんな悪いことしましたか~?」などと天井を仰ぎながら独り言を呟く。ざわざわと周りの生徒達の話声が大きくなってきた。校長先生はまだ話を続ける。
すると――――。
「――――――えーとね、なので今年からここ桜翔学園高等学校は名前を変え、桜翔学園超能力開発学校となります」
校長の一言から数秒、時が止まったように感じた。先程まで騒がしかった空間はがらりと変わり、一つの物音さえも聞こえなくなってしまった。
「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………っえ?」
そして講堂にいる全員がその意味をようやくとらえることができたとき、
「ええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええっっっ!!」という声が講堂内に響いた。