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第4話

翌日、二人は太陽が山の向こうから顔を出す頃に宿場町を出発した。

ひたすら街道を進み、太陽が天頂に差し掛かった頃にようやく川に到着した。

そこから川を遡る。

川はゆっくりと蛇行しながらも大きな川幅を保っていたが、次第に川幅が狭まってくるのがわかった。

そして渓谷となり、眼下に急流と化した川が見え始めた。

なおも馬は崖の上、森を避けるようにを駆けてゆく。


「朔良様」


不意に声がかけられた。


「このまま馬を駆けさせれば正面に大きな鳥居が見えてきます。今のままの速度を維持しながら駆け抜けてください」


そう言いながら手綱を朔良へと渡す。


「すぐに追いつきますので、それまで馬を頼みます」


次の瞬間。

吉兼の身体が朔良から離れたのがわかった。


「ちょっ……」


慌てて後ろを振り返ろうとしたが、馬の速度が速すぎて鬣(たてがみ)にしがみついたままの状態だ。

何も出来ぬまま、声もかけられぬまま朔良は馬が自然と止まってくれるのを待つしかなかった。

朔良を乗せた馬が駆けてゆくのを見送った吉兼は、太刀を抜いて構える。


「先ほどから我らをつけてきているのはわかっている。出てこい!」


すると突然、森の暗がりから男が白刃をかざして襲い掛かってきた。

吉兼はそれを冷静に見極めてかわすと、横なぎに太刀を払う。

太刀を腹に受けた男は叫び声を上げぬまま崩れ落ち、ぐずぐずと溶け始めた。


「やはり妖か」


念のために頭部へととどめをさすと、再び視線を森へと向ける。


(何体残っている?)


それも一体や二体ではないのは確かだ。


(それにしても、やけに統制が取れているな……。知恵のある妖がいるのか?)


太刀を握り直し、気配を探るように目を閉じる。

討伐隊にいた頃に培った経験から、吉兼は目に頼ることをせずに心の目で見るようにしていた。

そうすることで妖だけの気配を感じるとることができるからだ。


(…………十体……それに……)


何体かは移動しているのが感じられた。

その向かう先には……


「まさか……」


己の失策に思わず朔良が馬に乗って駆けていった川の上流を見た。

その隙を突いて人の皮をかぶった妖たちが吉兼へと殺到する。






巨大な鳥居が森の奥に見えた。

朔良の視線がそちらに向くのを感じ取ったのか、馬が鳥居の方向へと向きを変えてなおも走る。

だが、もうすぐというところで急に馬の進路上に人が数人飛び出してきた。

馬は嘶(いなな)き声をあげて後ろ脚で立ち上がって朔良を馬上から振り落とした。

背中から地面に落ち、一瞬意識が飛ぶ。

朔良を振り落した馬はそのままあらぬ方向へと駆け出してしまった。


「痛々…」


背中をさすりながら起き上がった朔良は、周囲を人が取り囲んでいるのに気づく。

一人ひとりそれぞれ太刀や鍬、鋤といった武器になるものを持って、じっと朔良を見つめているのだ。

見つめる瞳は白く濁り、それが到底生きている人の瞳ではないことがわかった。


「…………」


このままでは殺される。

そんな嫌な予感が脳裏をかすめる。

一人がゆっくりと太刀を振りかざした。

その瞳は喜悦に彩られ、唇は弧を描いた。

満面の笑みを浮かべているのだ。

それにしたがって他の人々も各々の武器を振りかざす。

その時だった。

一陣の風が烈風となって吹き荒れたのだ。

風は朔良の周囲を取り囲んでいた人間に襲い掛かり、次々に鎌鼬によって切り刻まれてゆく。

あっという間の出来事だった。

風が収まり、朔良が顔を上げたときにはもう周囲には塵一つ残っていなかった。


「大丈夫か? 娘さん」


低く静かな声がし、ついで頭に大きなものが乗せられた。

手だ。

手は乱暴に頭を撫でて離れた。

ゆっくりと振り返ると、そこにいたのはまだ若い男だった。

和服のようだが、どちらかというと都で見た賀茂斎と同じような服装だった。

だがその服装に不釣り合いな程の巨大な長刀のような武器を肩にかけ、朔良を見下ろしている。


「ここは妖が出るって有名な場所なんだ。知らなかったじゃすまされないぞ」


叱る声は優しい。

思わず朔良はその男に魅入ってしまった。


「おい、聞いてるのか?」

「あ、はい」


一応、我に返った朔良は大きく頷いた。


「助けていただいてありがとうございました」


立ち上がって礼を述べる。


「私は響朔良といいます。この先の社に用事があって来たんですが、連れの者とはぐれてしまったようで」


言いながら川の下流へと視線を向ける。

男はその視線の先を追いながら、問うた。


「連れは男か?」

「はい」

「腕が立つっていうのなら大丈夫だ。だが娘さんは早く神域の中に入った方がいい。そこなら妖はもう襲ってこない」


と鳥居の向こうを指し示す。


「わかりました。えっと……」

「俺か? 俺は朝比奈和将(かずまさ)だ。和将って呼んでくれ」


男…和将は笑みを浮かべてそう名乗った。


「で、朔良はこの社が何を祀っているのか知っていて詣でようとしたのか?」


ともに鳥居をくぐり神域へと入った後、和将が問う。


「いえ……全然」

「だろうな」

「ところで和将さんはここに住んでいるんですか?」


旅装でもなく、ましてや旅の荷物も持っていない。

そこから導き出されるのは、ここに住んでいるということ。

和将はその問いかけに目を丸くしたが、すぐに笑みを浮かべる。


「ここは俺の実家のような場所だ。今は別のところに住んでいるが、少し用事があって戻ってきたってわけだ」

「そうなんですか」


ふんふん、と頷く。


「あ」


馬の声が聞こえた。

しばらくして馬に乗った吉兼がこちらに向かって来るのが見えた。

朔良を振り落した馬はどうやら吉兼を迎えに行ったようだ。


「ご無事でしたか」


鳥居の前で下馬した吉兼が馬を引いて神域へと入ってくる。


「俺が駆けつけるのがもう少し遅かったらやばかったがな」


吉兼の言葉に、和将が答える。


「朔良様、こちらは?」

「朝比奈和将さんです」

「あんたは見たところ、朔良の護衛といったところか。女ひとり先に行かせて危険な目に遭わせるとは笑わせてくれる」


何もかも見通していたということなのだろう。

小首を傾げる朔良とは対照的に、吉兼は苦虫を噛み潰した時のような表情を見せる。


「朔良様をお助けいただき、誠に感謝します」

「じゃあ、本題に入ろうか」


和将が朔良を振り返った。


「娘さん。あんたはこれから俺と一緒に窟屋(いわや)に入って妖の封印を解く」


その表情は先ほどまでの柔らかなものではなく、朔良の中の何かを見定めるような真剣なものだった。

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