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第1話

「お待ちしておりました」


自分の身に何が起こったのかわからなかった。

呆然と立ち尽くす朔良の前に忽然と現れた青年が恭しく膝をつき叩頭する。


「あなたのことは占(せん)ですべて存じてあげておりました」


この時に降臨されるということも併せて。


「しかしもう時間が惜しいのです。あなたにはここに記した岩屋へと赴き、封じられている妖に助力を請うていただきたいのです」


立ち上がり、自分の手をそっと握った青年がにっこりと笑みを浮かべながら何かを握らせてきた。

何かと思って視線を手元に落とすとそこにあったのは紙片に書きつけられた地図のようなもの。


「案内はこの者がいたします。早速ではございますが、ご出発を」

「…………はい?」


ご出発を、て…何それ。

ご案内を、と言われて前に進み出たのはいかにも武士という格好の青年だった。


「出発の準備はとうに済ませてあります。早速参りましょう」


そう言われてしまってはもう仕方がなかった。

仕方なく言われるがまま出発することとなった。






「私は陰陽師・賀茂家に仕える者で平吉兼(たいらのよしかね)と申します」


馬に相乗りになりながらも器用な手綱さばきを見せる吉兼と名乗った青年武士。


「主はああ見えて政(まつりごと)の機能しなくなった都を取り仕切るだけで手一杯なのです。ご容赦のほどを」


朔良はそれを聞いてはいたが、声を出すことはできなかった。

馬はかなりの速度を出しており、口を開くと舌を噛む恐れがあったからだ。

舌は噛みたくない。

だがいろいろとツッコミやら文句は言いたい。

朔良の表情が全く見えない状態の吉兼はそうとは知らず話を続けている。


「先ほどあなたさまに挨拶をされておりましたのは賀茂斎(かものいつき)様です。都では大陰陽師と呼ばれ、様々な物事に精通しておられます」


一度言葉を切った。


「しかしながら様々な雑事に追われすぎて、たまに重要なことをうっかり話し忘れてしまわれることがありまして」


彼の表情は見えないが、絶対に遠い目をしていると確信した。

彼の主筋なのだろうけれど、従者が主をそこまで言うのは少しどうかと思われる。


「まあ、その残念なところも私にとっては身近で愛おしいと思えるのですけれど」


え? 惚気た??

思わず振り返ろうとしたが、振り返ることはできなかった。


「……申し訳ございません。失言でしたのでどうかお忘れください」


最初見たときの印象はどちらかというと忠実で真面目だと感じていたが、その考えを改めようと決めた。

その時、ようやく馬の速度が落ちた。


「地方と都を隔てる関(せき)です」


遠目に関所のような門が見えていた。

その門は閉じられている。


「少し前まで往来は多かったのですが、歪みによって妖たちが狂暴化し始めてから往来を制限するようになったのです」


話によると、都と地方とをつなぐ道に関が設けられており、それを境に都側は内、地方は外と分けられていた。

また関は結界の役割を果たし、悪意ある妖を内に入らせないためのものでもあった。


「数日前、関を通り抜けたと思しき妖が、都の中枢で官人たちを喰らうという事件が起こりました」


下馬し、手綱を握って馬を誘導しながら吉兼は続ける。


「その妖は大事に至る前に主が調伏しましたが、その後調べてみるとその妖は人の皮をかぶっていたそうです」


現在、内に元から住まう妖たちには歪みの影響は全くない。

そこから導き出されるのは、外から侵入した妖の仕業だということ。

木造の門の傍らに建っていた木造のこじんまりとした建物から武装した男が一人出てきたのが見えた。

恐らくは門衛。

門衛もこちらが近づいてくるのが見えていたのだろう。

ゆっくりとした足取りで近づいてくる。


「私は大陰陽師・賀茂斎様の命で外に所用を言い遣った平吉兼である」


懐の書状を門衛へと差し出す。

受け取った門衛はその中身を確認し、再び吉兼へと差し戻す。


「賀茂斎様より命は承っております。どうぞお通りください」


意外とあっさり通行の許可を得た。

拍子抜けする朔良であったが、あっさり許可が出たのは大陰陽師直筆の通行証だったからだと思い至る。

門が開かれ、二人は外へと出た。

と、空気が変わったのが感じ取られた。

表現するのが難しいが、体が重くなるような……そんな空気だ。

顔をしかめる朔良に気づき、吉兼が口を開く。


「結界を出たからでしょう。大丈夫です、すぐに慣れます」

「…………それはいいんですけど」


長時間、馬に揺られ続けていたせいで、頭がふらふらする。

それに加えて結界の外の空気が重い。


「ちょっとは強制的に連れてこられた私の意見も聞いてほしいんですが」


何の了解もなくこんな変な世界に連れてこられ、そして半ば強制的に馬に乗せられ……。

温厚な人でもこれだけのことをされれば一言文句は言いたいだろう。


「…………承知いたしました。では一日目の宿にてお聞きいたしましょう」


ようやくわかってくれたのかとホッとしたのもつかの間、再び馬を走らされ、一日目の宿場町に着く頃には馬の背から動くこともできなくなっていた。

吉兼にゆっくりと抱き下ろされ、そのまま宿へと上がる。

あとで聞いた話によると、宿場町は都を中心として各都市に延びる街道に沿って発展しているそうだ。

いわゆる旅人の宿泊所ではあるが、その他に娯楽施設や食事処が並び、旅人たちの目や舌を楽しませている。

ぐったりとした朔良を気遣ってか、宿屋の女将が気を利かせて食事を消化の良い粥にしてくれた。

しばらく布団に入って調子が戻ってきた朔良は起き上がると温かい粥を少しずつ口に運んだ。

人心地着いた頃、廊下から声がかけられ襖がゆっくりと開く。


「失礼いたします」


吉兼はそう言って部屋に入ると襖を閉める。

そして居住まいを正すといきなり平伏した。


「まずは主の非礼に対してお詫び申し上げますっ」


ぎょっとしたのは朔良の方だった。


「しかしながらこの世界は危機に瀕しており、もうあまり時間が残されていないのです!!」


それだけはご承知いただきたい!

平伏したままはっきりとそう告げる。


《時間がない》


という言葉は出発前に賀茂斎から直接聞いた。

だが、何が原因でこの世界が危機に瀕しているのだろうか。

そしてその期限はいつなのだろうか。

そもそもこの世界はなんなのだろうか。

矢継ぎ早に聞きたくなるのを必死にこらえ、まずは自分の頭の整理をしていった方がいいと方向性を定めた。


「……ええと……平吉兼さん、でしたよね」

「吉兼、とお呼び下さい」


吉兼は言う。


「それと、改まった言葉遣いはおやめください。本来、私はあなた様と言葉を交わすことはできない身分なのですから」

「身分とかそんなのは私には関係ないです」


身分制度が存在する世界。

やはりここは自分がいた世界ではないのだと確信した。

ということは、だ。


「わかりました。でも“吉兼さん”とだけは呼ばせてくださいね」


身分に固執する者にはそれを改めさせる手段はない。

こちらが折れるしかないのだ。

そう割り切り、朔良は言葉遣いを改めることに決めた。


「承知いたしました」

「………じゃあ、吉兼さん」


まずは、何を聞くべきかと考えながら吉兼に問う朔良であった。

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