第16話
「山に行くと言っておきながら反対の海に行っているとは……」
どこまで天邪鬼なんですか。
あきれ半分に文句を述べながら、斎は馬から降りてきた。
「薬草が足りないと言っていたのはあなたですよね」
「あ~~……」
和将を見上げると、彼の視線が泳いでいた。
「薬草……ですか?」
言っている意味がわからず、斎に尋ねる。
「これは昔から薬草の知識が陰陽の知識よりも豊富でして、この都で流通している薬の殆どはこれが初めに調合したと言っても過言ではありません」
「おい、俺をこれ呼ばわりするなよ」
苦言を呈する和将であったが、それを斎は完全に無視している。
「まあ、薬草なので薬にもなったり毒にもなったりしますので、気に入らない者がいれば毒殺したり―――」
「してない!!!」
「とこれは言っていますが、これに批判的な者たちからは恐れられていることは間違いありません」
「…………」
それはそうだろう。
朔良は頭の中でそう思ったが流石に口に出すことははばかられた。
「斎。………まさかとは思うが、俺と娘さんの逢瀬を邪魔しにきたわけじゃないよな?」
いい加減、このやりとりに嫌気が差した和将が問う。
そんな和将に、斎はにっこりと極上の笑みを浮かべてみせる。
「ええもちろん。邪魔しにきました」
「今すぐ、とっとと城へ戻れ! しかも用事を途中で放り出してきただろ!!」
びっ、と城の方角を指し示す。
朔良はその先を見て言葉をなくした。
和服姿の……おそらくは城で働いている人たちだろう……男たちが手に書類の束を掲げつつこちらに押し寄せてくる姿が見えた。
「斎さん。先に仕事を終わらせてきてください。なんかあの人たちが可哀想です」
彼らの必死の形相を見る限り、かなり急ぎの仕事なのだろうことがわかった朔良が訴える。
その朔良を見、斎は困ったような表情で告げた。
「朔良様がそうおっしゃるのであれば仕方ありませんね。すぐに終わらせてきます」
どうやら朔良には甘いようだ。
そう確信する和将。
斎はすぐさま馬に乗り、城へと戻ってゆく。
同じように駆けてきていた者たちもそれを追いかけて戻ってゆく。
そんな光景を見ながら、朔良はホッと吐息をこぼした。
「本当、あいつ一体なにしに来たんだ?」
ぼりぼりと頭を掻きながらぼやく和将だったが、朔良へと向き直った。
「とりあえずあいつが戻ってこないうちに当初の目的通りに山に行くぞ」
こうして二人は馬に乗って、薬草が採れるという山へと入った。
結局、斎とは会うことなく、二人は薬草を採取して城へと戻ってきた。
薬草を調合するという和将と別れ、自分に用意されている部屋へと戻ってくると、既に昼餉の用意が整っていた。
「うわぁああ」
目を輝かせて昼餉を見つめる。
そこには新鮮な海の幸が……しかも夢にまで見た寿司がそこにはあった。
いそいそと膳の前に座り、手を合わせる。
「いただきます!」
礼儀正しく告げると早速、箸を伸ばした。
口に入れて咀嚼する……
「んううううううっっ……美味しいぃ~」
思わず頬に手を添えてうっとりとしてしまった。
それほどまでに美味しいのだ。
「やっぱり寿司はこれでなくちゃ」
そうこうしている間にすべて食べてしまった。
「ごちそうさまでした」
手を合わせて告げる。
「さて、と」
何をしておこうかな…と考えながら縁側へと足を向ける。
その時だった。
脳裏に一瞬、何かが過(よぎ)った。
それは本当に刹那のことだったが、背筋に冷たいものが走るのが分かった。
嫌な予感。
本当にそれがふさわしい言葉だった。
「………暁じゃない…よね」
封印を解いた直後から彼の気配がわかるようになっていたため、その気配を捜す。
「…………いた…」
結界の近くにその気配はあった。
その気配は揺れることはない。
予感は彼のことではないようだ。
では一体…………
朔良は嫌な予感に不安を感じながら、誰かが訪ねてくるのを部屋で待っているしかなかった。