第15話
「ここが猩(せい)の都が誇る海だ」
ざざーん、と打ち寄せる波。
海の向こうには岸が見え、そこも猩の領地なのだという。
「海産物も美味いんだぞ」
「そう言われると……お寿司が食べたくなってきました」
これまでの旅路では干物といった保存食に近い食事を食べてきた。
無論、肉というのはこの世界で過ごしている中で殆どお目にかかったことはなく、朔良の中では既に高級食材と化しているほどだった。
「寿司か……。なんなら昼餉にでも出すように言ってやろうか?」
さらりとなんでもないことのように告げる和将(かずまさ)。
「え?! お寿司はあるんですか???!」
「まあな。寿司は新鮮な魚介類を使うからな」
この都の寿司は美味いぞ。
にっかと笑うとまるで太陽のように眩しく見えた。
「ちょっと待ってろ。城に式を送る」
言って懐から懐紙を取り出すと器用に折り鶴を折った。
それを空へ放つ。
すると折り鶴はすぐさま白い鳥に変化して城の方角へと飛び去った。
「そういえば都に入ってから暁とは連絡とってないんだろ?」
波打ち際を朔良とともに歩きながら問う。
「そんなので大丈夫なのか?」
「まあ……そこが心配といえば心配なんですけど」
晴れ渡った空を見上げ、困ったような表情でそう答えた。
「でもどこにいるのかっていうことだけはどうしてかわかるんですよね…」
「まるで陰陽師と式みたいな関係だな」
「そうなんですか?」
振り返る。
「一応、俺も斎と一緒に陰陽道を学んでたわけだしな」
「そういえば和将さんって斎さんと幼馴染だって言ってましたよね」
再び歩き始めた。
砂浜に二人分の足跡が後ろへと続いてゆく。
「途中で陰陽道の勉強を諦めなきゃならなかった理由って……家のことですよね」
その言葉に、和将の足が止まった。
「ここに来る途中で吉兼さんから聞きました」
「…………まあ、秘密にしなきゃならないことじゃない。娘さんが深刻に考える問題じゃないさ」
吐息をこぼし、笑みを浮かべてみせた。
「一応、それが大きな理由の内のひとつだ。なにせ将軍位を預かる父や次期将軍候補だった兄たちが妖の襲撃で一晩のうちに全員亡くなったんだからな」
当時のことを思い出したのか、その表情が重く沈む。
「俺は次期将軍候補とはほぼ無縁の、側室……しかも平民だった母との間にできた子どもだった」
「…………話しにくいことでしたら無理に話さなくても……」
彼の表情からわかる。
これは自分が、赤の他人である朔良が聞いていいものではない。
朔良はそう言うが、和将は首を横に振る。
「娘さんにだけは聞いてほしい。これは誰にも……斎にすら言ったことがない話なんだ」
「…………」
「出会って間もないのになぜだって顔してるな。まあ、俺もどうしてかはわからないが……ただ、娘さんだから話したくなるっていうか……」
だんだんと自分で言っていることがわからなくなっているのだろう。
和将があーでもないこーでもないと考えながら話しているのがわかった。
思わず苦笑を漏らす。
「どうした?」
「いえ……なんでも。ただ本当に私でいいなら話してください」
二人の行く手には防風林があった。
海からの風を適度に防ぐ役割を担っているそうだ。
その木陰にくると、朔良は座る。
「…………親兄弟の亡骸はすでに荼毘(だび)に付されていた。生き残った者の証言によれば襲撃した妖たちはみな獣の姿をしていたそうだ」
隣に座った和将がゆっくりと語り出す。
それは彼の身に起こった過去の話だった。
「俺は親兄弟の仇を討とうと決意したが、いかんせん人の力では到底妖にはかなわない」
その時のことを思い出すように目を閉じる。
「だが方法を一つだけ知っていた。俺が妖に勝てる唯一の方法が」
なんだと思う?
和将が朔良を見やり、問う。
「…………わかりません」
「方法はただひとつだけ。それは――――――」
自らを妖に変えること。
「それって……」
朔良は目を見開く。
「普通の人間が妖に体を変化させるには千体以上もの妖を殺し、その血を浴び続けるしかない。だが俺は違った」
「違った?」
「俺には妖の血が流れていることをその時気付いたんだ」
それは偶然だった。
一体の妖狼(ようろう)をその刃にかけた時だ。
血が沸騰するかのような感覚を覚え、気づいた時には周囲にいた妖狼たちは残らずすべて塵に帰っていた。
「この都の結界……その元となったものに土着の妖の力も含まれているってのは斎から聞いたよな。どうやら俺の血はその土着の妖由来のものらしい」
「…………和将さんは和将さんですよ」
なぜだか彼が自身の出自に引け目を感じているような気がしたため、思わず口をついてそんな言葉が出た。
「だってそうじゃないですか。今の将軍は和将さんですし、妖から都の人を守ってるじゃないですか」
「…………まあ、そうだな」
「それに私は怖くないですよ」
にっこりと笑みを浮かべて断言する。
「私を信用して話してくれてありがとうございました。とても嬉しかったです」
話は終わったのだろう。
朔良はそう判断して立ち上がる。
「あのさ……」
歩き出そうとした朔良の手を和将は掴んで引き留めた。
「はい?」
「…………これからは俺が娘さんを守ってやるから……だから―――」
言いかけて少し躊躇った。
それを朔良は根気よく待つ。
「だから………」
その時だった。
二人を呼ぶ声が聞こえた。
振り返ってその声の主を探すと、向こうの方に馬に乗った斎が駆けてくるのが見えた。
それに気付くと和将は朔良の手を離した。
「続きはまた今度な」
先ほどまでの真剣な表情ではなく、いつもの優しい笑顔に戻った和将が告げる。
「あ、はい」
手のぬくもりが離れて少し残念に思った自分に疑問を感じながらも、こちらへ駆けてくる斎を待つ朔良であった。




