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アリサのキセキ  作者: ししし
はじまり
5/27

004 ディータ

 時が止まったかと錯覚しそうなほど息苦しさを感じる大広間。



 ──コツン。



 木製の杖が大理石の床に小気味よい音を立てて接地する。同時に、その場にいた誰もがその音に対して恐怖、または畏怖とも取れる表情を浮かべた。


 杖の持ち主は、これでもかとひげを蓄えた老人だった。年齢による体の衰えからの死ももう遠くはないと予想されるほどの風貌だ。


 現にそれは間違いではなく、彼はもうすぐ百歳を迎える老体であった。


「して、ルカスよ」

「は、何でしょう。イズス騎士団長閣下」


 コツン、と再び杖を地面に打ち鳴らし、老体──イズスが重々しい雰囲気をまとって言葉を紡ぐ。それに呼応するように、イズスの目の前に跪いた男──ルカスが答えた。


 その場にはルカスの他に、五十にも及ぶ人間がひざまずいており、とても一般人の入り込むような空気はない。そして大きく広がった広間には、他に数百もの人間がまるで神を崇める信者の列のように広がっていた。


 それが大陸史で最も有名な『魔王封印』を期に設立された『王都騎士団』の集会だった。


「先日の出来事は理解しておるな?」

「もちろんです。閣下」

「うむ。では、後を任せる。騎士団の誇りを失くさぬよう」

「承知しました」


 ルカスは小さく頷いて答える。


 同じようにルカスの背後に控える何百人もの幹部たちも、同じように小さな挙動を見せた。


「閣下、こちらへ」

「うむ」


 イズスは広場の先に位置する玉座からゆっくりと立ち上がると、補佐と思しき者に連れられ屋敷の奥へと消える。


 それを合図に広場中に広がり渡った緊張感が一気にほころびを見せた。

 その場に集まり、居合わせた者の中には安堵の息を吐くものすらいる。つまりは、イズスはそれほどの人間だったということだった。


 それも無理はない。


 イズスこそ、『魔王封印』からの大陸黎明期、王都騎士団を打ち立てた本人だったからである。そしてそれと同時に、大陸でも指折りの魔術師だという事も起因していた。


「この場は閉会とする!」


 騎士団長の離席により、この場の指揮は王都騎士団第一号騎士の名を受けるルカスに渡されたも同義。ルカスの鶴の一声で、集まった騎士団幹部らは一斉に火の粉を散らすように去っていった。


「『ノイシュリー、ヨート、レドゥヌス』」


 去っていく幹部らを前に、ルカスはゆっくりと魔法を詠唱する。


 それは、『疎通』を意味する魔法。相手の精神に直接言葉を送りつける魔法だ。


「『ディータ、魔王の件で話したいことがある。私室に来てくれ』」


 それだけ言い、ルカスは精神の集中を解く。


 ぞろぞろと広場を出ていく騎士団員を背に、ルカスはマントを翻して闇へと消えた。



「ふぅ……ここの雰囲気は肌に合わないよ」


 白を貴重として動きやすく設計された布製の上着を纏った青年は、胸に手を当て落ち着かない様子で長い廊下を一人歩いていた。


 白いマントが歩くたび揺られ、派手すぎずその様相に対し実に映える見た目をしている青年だった。


「ここだ」


 青年──ディータは扉の前で立ち止まり、深く深呼吸を繰り返す。


 ディータは王都騎士団員だ。階級で言えば、第三号騎士にあたる。それはディータの年齢からすれば異例の出来事であり、また、ディータは第三号騎士称号を最年少で与えられた──俗にいう、期待の新人というやつである。


「入れ、ディータ」

「おっと」


 扉越しから名前を呼ぶ声が聞こえ、ぎくりとして体を震わせるディータ。


「失礼します」


 ディータはドアノブをゆっくりと回し、部屋へと足を踏み入れた。


 入った途端に目に飛び込む広々とした空間。


 第一号騎士となれば、部屋の大きさ、そして内装の質も極上のものに変わる。第三号騎士の称号でも一般的な騎士と比べれば十分な質を誇るが、第一号騎士はまた格別である。


 天井から吊られた照明も金銀の装飾が施され、壁も風情を感じさせる文様が刻み込まれていた。


「うわ……」

「適当に座れ」


 奥のソファに座ったルカスが重々しい声で誘導する。ディータはそそくさと対面の椅子に座った。腰を下ろした瞬間、やわらかな感触がディータを包んだ。


「ディータ。お前には機密の指令を頼みたい。そのためにわざわざここへ呼んだのだ」

「はい。承知しています」

「『魔王』の復活は──」

「知っています。あっ」


 ルカスの言葉を遮って自分の言葉を先行させてしまった事を後悔し、つい口を塞ぐディータ。


「……まぁいい。その任務、お前とお前の隊に任せたいのだ」

「はい……っ」


 ディータは息を飲む。


「了承してくれるなら、ありがたい。それでは任務の詳細を伝える」


 ルカスは深くソファに座りなおし、厳しい視線をディータに向けて続ける。


「魔王は先日、王都騎士団最重要不可侵領域である──ツェントゥルムから奪取された。幸いなことに、勇者の剣は無事だ。どうやら実行犯の目的は『魔王の復活』のみだったらしい」

「…………」

「更に幸いな事に、魔王は封印前、その力を王都騎士団によって分散させた。ということは今の魔王は完全ではない。つまり、再封印は前回に比べ容易だということだ」

「……はい」


 部屋の中の空気が一瞬で重苦しいものに変わる。重圧がディータの体にのしかかり、自然に冷や汗が流れだしていた。


 しかし、ルカスは依然態度を変えずに続ける。


「私もお前の素性については知っている。そしてどのようにしてお前が第三号騎士になったかも、な……」

「…………」


 ディータは口をつぐんだ。


「別に、王都騎士団は剣の流派にとやかくいうつもりはない。どんなものであれ、成り上がったものが正義だ。わかるか?」

「は、はい……」


 ディータは膝の上で強く拳を握った。


 王都騎士団には絶対の戒律がある。それは『罪を犯さぬこと』。


 つまり、その決まりに従い続ければ、事実上騎士団からの追放を受けることはまずありえない。『騎士』という名を冠しながら、多くの正義の心を統率する集団。


 それこそが『王都騎士団』だった。


 そして、騎士団内での幹部クラス、いわゆる第五号騎士以上の名誉を与えられるためには、いくつか方法があった。



 ──一つ、功績を残し、騎士団長の指名を受けること。

 ──二つ、王都に住まう民から数多くの推薦を受けること。

 ──三つ、該当する幹部騎士を決闘にて打ち負かし、殺害すること。



 その三つだ。


 しかし、幹部騎士にはそれぞれ人数による制限がある。つまり、どうあがいても決闘による成り上がりが、幹部になるために最も手っ取り早い方法だった。


 そしてそれは、ディータの場合も例外ではない。


 だがディータは、騎士団に入りたて、全くの無名であった頃に決闘でとある第三号騎士でを打ち負かし、第三号騎士へ最年少で指名を受けたのである。


「彼は私の友人だった。だが、まだ無名だったディータ──お前に敗北し、死んだ。私はお前を恨んだりしてはいない。ただ、彼を超えたお前の腕を買っているのだ」

「ありがとうございます……」

「『魔王討伐』はそう安々とこなせる任務ではない。ディータ、『勇者の剣』を持っていけ」

「えっ!? あ……えっ!!」


 ディータは目を丸くし、体を硬直させて声だけを荒げ立てた。


「そう取り乱すな。団長閣下からの許しも出ている」

「は、はいっ! でも……」


 声音を弱めてうつむくディータ。


 無理もない。勇者の剣は事実上、この世で最も偉大な剣だ。それだけでなく、刀身自体が魔力媒体となる、史上最高の魔剣でもある。人である身がその手に持つ事を許されるのか疑問に思う、それくらい名誉なことなのである。


「不安か?」

「あ……いえ。はい……」

「そう案ずるな。お前なら出来る。勇者の剣と共にいけ」

「はいっ! 第三号騎士ディータ、只今をもって『魔王討伐』の指令を開始します!」


 ディータは我知らず立ち上がり、ガチガチに固まった体で精一杯の敬礼をしてみせた。


「その意気だ。もう行っていいぞ」

「はい! 失礼します!」


 ルカスが頬に笑みを携えて言うと、ディータはぎこちない歩行で扉へ近づき、部屋を出た。


 室内には愉快そうな雰囲気の残滓が漂っていたかと思うと、それらは一瞬で凍りついて消える。


「ふん、猫被りめ……」


 小さく吐いたルカスの声は、広い室内に溶けて消えた。



「アッハ! アッハハハハハッ!!」


 第一号騎士宿舎を出た瞬間、広場に甲高い奇声が響き渡る。


 しかし、その声に足を止めるものはおらず、制止の声を挙げるものもいなかった。なぜなら、幹部騎士たちは非常時や訓練時でもない限り外を出歩くことは少ない。


 すなわち、彼を止めることの出来る人間がいないことが理由の一つとしてあった。彼が一般騎士だったなら、どんな人にでも止めることはできただろう。


 だが、一般騎士程度が第一号騎士宿舎から出てくるわけもない。


 つまりは彼が──


「クハッ! ハハハハッ! アーッハッハッハッハ!!」


 第三号騎士ディータにほかならないということだった。


「……ハハハハハハッ……ハァ、ハァ……」


 ディータはひとしきりわらい終えると、口角を上げ、凶悪な笑みを浮かべる。


「面白い旅になりそうだ……」


 拳を握り、その手に通う熱い血の滾りを感じながら、自らの隊舎に向け歩き出した。



「おかえり、ディータ」

「あっ……エイラか。びっくりした」


 まっすぐに隊舎へ向かうと、その入口の外で声をかけられる。ディータは弱々しい声で答えた。


 王都騎士団では、幹部騎士に隊を率いる権利が与えられる。隊を構成する人間は必ず騎士団の人間である必要があった。どこの隊にも組み込まれない騎士は、必然的に騎士団長直属部隊に配属されるシステムだ。


 多くの幹部騎士が各々の見知った間柄の中から信頼出来る仲間を隊に組み入れているのに対し、ディータだけは違った。


 ディータが率いる部隊にはただ一人、部外者であるはずの人間がいた。


「みんな中で待ってるわ」


 それが彼女、エイラだ。


 エイラは騎士団員ではなかった。


 剣を持つには両腕と、それ相応の力が必須である。女性という身、力のない彼女は戦うための力を魔法に求めた。


 さらに言えば、彼女はもともと町娘だった。客寄せのために自らの魔法を披露していただけのこと。そこをディータにスカウトされ、彼の隊へと正式に配属されたのだ。


 今でも彼女は剣の訓練などしない。せずとも、彼女には何人もの私兵がいる。


 それは──幻世からの喚ばれ人。永遠の従属者。


 つまり彼女は、召喚術師なのだ。


「こ……これからの話をしたいんだ。君も一緒に聞いて欲しい、エイラ」


 たどたどしい口ぶりでディータは告げる。


「もちろんいいわ」


 エイラは太陽のような眩しい笑顔でウインクしてみせる。


「これは隊長。お待ちしておりました。それで、ルカス殿はなんと?」

「あーそれジーシーも興味あるー」


 隊舎に入るとすぐ、王都騎士団正装でびっしりと身を固めた大男と、私服──本人にとっては正装だろう──をだらしなく着る少女の姿が目に飛び込んでくる。大男は扉の横に立っていたようで、ディータを見下ろす格好で敬意を表すかのように頭を垂れた。


「やぁ、戻ってきたよ。ダギムさん、ジーシー」


 二人の目を交互に見て先に挨拶を述べるディータ。


 ディータは、その時視界に入ったジーシーの無防備でだらしない様子に、あらぬものが見えてしまわないかヒヤヒヤしていた。


「こらジーシー、パンツが見えるわよ。貴方のことだから下着を履いていないかもしれないけど、それだったらなおさら──」

「あー! あーあー! それ以上言わなくてもいいから!」


 エイラは率直に告げ、それを聞いて様々なことを考えてしまったディータは図らずも赤面するハメになった。その様子を見ていたダギムは「やれやれ」と首を振って笑い、ジーシーは、ちぇっ、と口を尖らせて座り直した。


 ディータの隊を形成するのは四人だけだ。


 ディータ・シグル三号騎士、召喚士エイラ、フレック・ダギム第七号騎士、そして暗殺者ジーシー・ランダーベルの四人だ。


 ジーシーはエイラと同じく、ディータのスカウトで隊に入った。違うところを挙げるとすれば、エイラは部外者であるが、その点ジーシーは正式な騎士団員だということだ。


 しかし、ジーシーは騎士ではない。


 あくまで暗殺の手段を持った刺客程度にしか組織からは思われておらず、騎士としての剣術を会得していないため周囲から嫌煙されがちだった。そうして組織からあぶれていたところをディータにスカウトされたというわけだ。


「話を戻しましょう、隊長」

「あぁ、そうだね」


 丁寧な口調でダギムは言う。


 促されるまま、ディータは続けた。


「イズス騎士団長、及び、ルカス第一号騎士の勅命により、ディータ第三号騎士、及びそれに属する部隊の『魔王討伐』指令が出た」

「ちょ、本気!?」

「…………」

「ジーシーはなんでもいいよー」


 静かにディータは告げる。帰ってくる思い思いの言葉。


 騎士団の中にいれば、自然と悪報は耳に入ってしまうものだ。つい先日起きた『魔王復活』は当然のごとく、知れ渡っていた。


「ちょっとちょっと! ディータ! あなたまさか……受けたんじゃないでしょうね!?」


 隣に立っていたエイラがディータの肩を掴んで喚く。


「うん。受けたよ」

「あなたって人は……」


 平然と首を縦に振ったディータに対し、エイラは諦めるような声を出した。


「魔王は今、全快じゃないんだ。あの時とは違う。僕達にだって倒せるはずさ」

「そうは言ってもね……」

「出立はいつです?」

 ダギムは腕を組み、騎士らしく動じる様子もなく言う。

「ごめん。そこまではわからない。けど、急ぎの用だと──」

「来たよ」


 うっかり言葉に出た謝罪をさえぎって、ジーシーが目を細めながら言った。その声にしたがってディータとエイラが扉に目をやると、


「伝令です! ディータ第三号騎士閣下はいらっしゃいますか!」


 戸が開いて伝令係の男が飛び込んでくる。


 ディータ達の出発時刻を報告に来たのだ。




「これはっ! 騎士団長閣下!」

「よい」


 魔導車の荷台に乗ろうとしたダギムが突然、胸に手を当て敬礼する。先に乗り込んでいたディータは、ダギムの声を聞いて慌てて飛び降りようとするが、その直前でイズスの声に止められる。


 王都騎士団の最重要任務とも言える『魔王討伐』。その出立の儀となれば、王都騎士団長直々にその様子を見届けることはディータも予想していた。それであったとしてもやはり胸が締め付けられるように苦しいのは、イズスが故意に周囲へ垂れ流している甚大な量の魔力のせいだった。


「下げてよいぞ」


 イズスの厳正な声が響き、周囲に一瞬の安堵が生まれる。それと同時にイズスから発せられる魔力の流れがピタリと止まる。


「第三号騎士ディータ」

「は、ひゃいっ!?」


 ほっと息をなでおろした瞬間、名前を呼ばれ軽いパニックに陥るディータ。


 すぐさま自分の頬をピシャリとはたいて、魔導車の窓から顔を出した。


「あの、このような格好はやはり失礼なので──」

「ディータよ。これが勇者の剣『血を追うもの(ブラッドチェイサー)』。魔王を封じた──この世で最も偉大な剣だ」


 ディータの言葉を無視し、イズスは手を差し出す。彼の手には、かの伝説の剣と、その鞘があった。派手過ぎない装飾に、禍々しいような妖気をはらんだくすみのない刀身。その切っ先は決して欠けることなく眩しく輝いている。


「あっ……」


 その迫力に気圧されるディータ。


 そもそもを言えば、王都の最重要任務を第三号騎士に任せることはない。剣の腕前も人望もある、第二号騎士やその更に上である第一号騎士に任せればいいのだ。それにも関わらず第三号騎士であるディータを任命した騎士団長の意志に、ディータが答えない理由はなかった。


「必ずやこの任務、全うしてみせます。騎士団長閣下」


 勇者の剣を手に取ったディータの目に迷いなど無く、ただ一つの志だけが灯っていた。

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